285:西領府ケイオール
雪原で目に付いた死体を収納しながら、周囲に隠れた敵がいないかを確認する。ヒエルマーとの戦闘で放たれた炎弾が森の端を燃やしていたが、しょせんは生木だ。煙こそ多かったものの、雪と風ですぐに鎮火した。
「敵影なし、じゃな。ここに残っておったのは領府に向かった部隊の殿か伏兵のようじゃ」
「……にしては、ちょっと多かったけどな」
「樹木質ゴーレムとの戦闘でも見て足止めを置いたのかもしれんの。何にせよ本隊を見付けんことには何が目的かも読めんのじゃ」
グリフォンを発進させた俺たちは東へ向かう。西領府というのがどの辺りかは知らんので、リンコの航空地図とミルリルのナビゲートが頼りだ。
「ヒエルマー、エクラさんにいわれただろ。お前はもう魔導窟に戻れ」
「そんな訳にいかないだろ。ケイオールが皇国軍に襲われてるんだったら、ぼくも……」
「いうては悪いが、いまのおぬしでは足手纏いじゃ。相手が歩兵ならばともかく、ただでさえ厄介な魔導師が百近くも残っておる現状で、弱者を守りながらは戦えん」
のじゃロリさんは彼女なりに気を使ってはいるのだろうが、ストレートな戦力外通告に子エルフはヘニョッと眉尻を下げる。
「……アンタたちもか」
「ぬ?」
「“サルズの魔女”も、そういうんだ。いつも。お前は半人前なのを自覚しろ、ひとりで勝手に動くな地道に経験を積め、そして信用できる仲間を作れって」
「道理じゃな。その歳にしては才もあり能もある、五年も経てば一人前になるであろう。しかし生き物はどれもそうじゃが、強者の多くは若くして潰される。弱者には邪魔じゃからの」
「でも」
「気持ちは、わからんでもないがの。今回はダメじゃ。わらわたちの戦いは、常にふたりでひとつ……といえば聞こえは良いがの。その実、戦力としてはかなり歪なんじゃ。速度と火力を生かして翻弄しておるうちは良いが、互いに支え守り合わねば驚くほど脆い。機敏に動けなくなれば死ぬのはこちらの方じゃ」
ミルリルは俺から予備弾薬の箱型弾帯を受け取って、銃座に戻ってゆく。
「……わかった」
ヒエルマーは沈んだ顔でサイドデッキに出ると魔術短杖を振って雪原に飛び立った。
「……あの、阿呆が。なんぞ余計なことを考えておるぞ」
「なんでわかる」
「わかるに決まっておろうが。……ヨシュアと会う前のわらわが、あんな鬱々としたガキであったからの」
「え?」
銃座を見上げるが、操縦席からは不機嫌そうにプラプラと揺れる足しか見えない。
「誰にでもあんな時分はあるじゃろうが。どうしようもないモニョモニョしたものを肚の裡に抱え込んで、自分で作った壁に取り囲まれて唸っておるんじゃ」
ああ、うん。そうね。俺にもあったよ、たぶん。もう昔のこと過ぎて覚えてないけど。
「その壁を越えられるかどうかは時の運でしかないが……いまは時勢が悪いのう」
小一時間も進むと、遮蔽のない平原に戦闘の痕跡が見え始めた。正確には、戦闘に巻き込まれた避難民や馬橇の残骸、馬や衛兵の死体だ。さすがに避難民を守ろうとして死んだのだと思いたいが、西領の衛兵には悪い印象しかないのであまり同情する気にはなれない。なかにはまともな兵士もいたのかもしれないので、せめて心のなかでは冥福を祈っておく。
「彼らの死因はわかるか?」
「風魔法かのう。兵は首を切り裂かれておる。民の方は、魔法で焼かれた者と、切られた者、そこの偉丈夫は鈍器で背中をひと突きじゃな」
「やっぱり、魔導師が通ったんだな」
「傷が無い者もおるが、あれは力尽きて凍え死にか……ヨシュア!」
俺がグリフォンを停止させるより早く、ミルリルが屋根から飛び降りて折り重なる避難民の死体に駆け寄っていった。
「息がある。おい、しっかりせい!」
「何人だ」
「子供が、ふたりじゃ。母親も……いや、拙いのう、血が止まらん」
「ああクソッ、治癒魔法を覚えておくんだったな。聖女かエルフでもいれば」
「いるよ」
憮然とした表情で、馬橇の陰からヒエルマーが姿を現す。隠れて俺たちを待ってた、とかではない。見たところ、負傷者の治療を行っていたようだ。子エルフも別のグッタリした避難民を抱えていた。
「負傷者はこっちに任せて。アンタたちは、やれることをやれば良い」
「わかった、後ろに乗れ」
その後、速度を落として進みながらミルリルの指示で停止すること数回。その場に散らばった死体のなかから発見された生存者は十一名。幼児が五名に、中年女性がふたりと少年少女がふたりずつ。子供の割合が高いのは単に、親が我が身を犠牲にして守った結果だ。生存者たちは子エルフの治癒魔法で一命は取り留めたものの、まだ意識がない。俺はあるだけの毛布と包帯と消毒用の蒸留酒を出して、船内の暖房を強めに掛ける。
彼らを連れて戦場になっているケイオールに向かいたくはないが、かといってここに留まってもいられない。治療が一段落したところで、グリフォンを発進させる。
「……ヒエルマー」
「ん?」
「ようやったのう。わらわが間違うておったわ。おぬしは、もう一人前の男じゃ」
銃座のミルリルに褒められた子エルフの顔がクシャッと一瞬だけ歪み、すぐに不貞腐れた表情に戻る。色々と、複雑なお年頃のようだ。
なだらかな稜線を越えると、ケイオールが見えてきた。というよりも、その残骸が。仮にも領府というのだから数百名が暮らす都市だったはずだが、城壁は崩れ視界に入る建物は半壊して煙を上げている。どこかで戦闘音らしい怒声と金属音が上がっているものの、あまりひと気は感じられない。
もうほとんどが死んだのか? 戦闘が始まってそう時間が経っているとも思えないんだが、さすがに早過ぎないだろうか。
銃座のミルリルも射撃を行ってはいない、ということは敵が視界に入っていないのだろう。どうにも違和感があった。城壁から半哩ほど距離を置いて停止すると、俺は転移でケイオールに向かう。危なくなったらすぐに戻るといって、ミルリルにはグリフォンの護衛を頼んだ。
「無茶はするでないぞ」
「了解」
ひとりで戦場に踏み込むのは久しぶりで、何か服を着ずに外へ出たような不安を覚える。ずっとひとりで生きてきたつもりの俺は、いつの間にか随分と変わってしまったようだ。
半ば崩れた城壁の上に立つと、ほとんど廃墟のような町並みが見えた。まだ遠くで戦闘音は響いているが、動く者の姿は見えない。
「……魔王、こっちだよ」
押し殺したような声で、俺を呼ぶのが聞こえた。近くで燃えている衛兵詰所のような建物の陰。俺はそこに、見慣れたひとの見慣れない姿を見る。
黒装束の男たちが折り重なるなかに、“サルズの魔女”エクラさんが血塗れで倒れていた。




