284:戦火
グリフォンはフルスロットルで雪の平原を疾走する。自分でも、おかしなことをしている自覚はあるのだ。深入りしすぎだと大人の顔で突き放しておいて、ガキがひとりで危機に陥っているからとまた手を差し伸べる。俺は矛盾だらけだ、いつも。
これ、皇国と共和国の二国間戦争に介入しちゃってるよね。まあ、あの虫みたいなゴーレム倒してる時点で介入もクソもないのかもしれんが。でもあれは、ほら、止むを得ず自衛のために……っていうか、わしら自衛隊みたいな葛藤を抱えてますな。
「失敗したのう!」
銃座で、ミルリルが弾んだ声を上げる。
「あやつの名前を聞いてしまったことじゃ! あれでもう、あの小坊主は“そこらの誰か”ではなくなってしもうた!」
笑いながら撃ち出された弾丸が、遙か彼方で何かを捉え血飛沫と肉片を飛び散らせる。
でも、そういうことなんだと思う。俺は……俺たちは、理由を探していただけだ。自分の手が届く範囲で、誰も傷付いて欲しくない。でも、それはたぶん悲惨な結果になった後で罪悪感を抱えたくないという自分たちの都合として。他人のことなんかどうでもいい。ミルリルとふたりで楽しく生きて行きたいだけなのに、変な重荷を背負うのが嫌だから。
その程度のことなのだ。最初から。ケースマイアンでミルリルとの別れを拒絶したあのときから、ずっとだ。
「ああ、これも魔王の業である! 我が妃となったからには共に背負ってもらおう!」
開き直って、俺は笑う。雪煙を巻き上げて、グリフォンをさらに加速させる。
「ぷははは! それでこそ我が魔王じゃ! 雑魚どもが来よるぞ!」
魔導防壁らしい青白い光を纏って、黒装束の集団が十数名、こちらに突進してくるのが見えた。手には魔術短杖らしき短い棒を持っただけで、雪上を高速で飛来する。低く構えた姿勢は、艦艇を狙う雷撃機のようだ。
「いいぞミルリル、薙ぎ払え!」
「おう!」
散開して向かって来る魔導師たちは空中で血飛沫を吹き上げ、墜落すると周囲に雪煙と朱の色をぶち撒ける。覚悟を決めているのか、仲間の死にも怯む者はいない。
点射される7.62ミリNATO弾が魔導防壁ごと着実に身体を撃ち抜き、敵攻撃部隊は一瞬のうちに無惨な死骸となって雪原に転がる。
「ヒエルマー!」
窓から叫んだ俺の声を聞いて、森の陰から飛び上がった子エルフがこちらに向かって飛んでくる。追い縋る敵魔導師は光弾や炎弾を放ってくるが、自称“魔導学術特区の新鋭”だけあって器用に躱して数人を返り討ちにした。とはいえ多勢に無勢。数を恃んだ魔導師たちは盾役がヒエルマーの攻撃を弾き、フォーメーションで翻弄しながら次々に飛び掛かってくる。手が掛かるかと思ったとき、魔導師は蜂の巣になって叩き落される。
「何をボサッとしておる! さっさと来んか!」
追撃者たちはようやく、こちらの存在に気付いたようだ。向かって来ようとした者たちが呆気なく射殺され、遮蔽に入ろうとした数人もミルリルの銃弾に撃ち抜かれて果てた。
「な、なんだよ! た、助けてくれなんて、いってないぞ!?」
サイドデッキに降り立ったヒエルマーが脚をプルプルさせながら威張る。銃座からミルリルの呆れた声が聞こえた。
「盛大に鼻水を垂らしながらいうても説得力に欠けるのう」
「は、ハナなんて垂らしてない!」
ズビム、と外套の端で鼻をかんで子エルフのヒエルマーは地団太を踏む。垂らしてんじゃん。
「まあ、よいわ。これも行きがかり上ではあるがの。おぬしを送ってやるのじゃ」
「送る?」
「西領府ケイオール経由で首都ハーグワイだな。エクラ女史に頼まれてな」
「え、エクラ……ッ!? “サルズの魔女”か!?」
ホントは頼まれた訳でもないけど、面倒臭いのでそういうことにしておく。実務と関係なさそうな厄介ごとは大勢巻き込んだ方が結果が曖昧になって責任逃れがしやすいのだ。ブラック企業で培われた社会人の知恵である。
残敵確認のため周囲を旋回しているところで、通信機が鳴っているのに気付いた。
「はい、こちらヨシュア」
“ああ、取り込み中だったらすまないね。無事だったかい?”
「ああ、エクラさん。噂をすればなんとやら。俺たちは無事ですよ」
“そりゃアンタたちは、そうだろうさね。アタシが訊きたいのはヒエルマー・マーキスだよ”
俺の後ろで、子エルフがヒュンと小さく息を呑んだ。
「あ、あの。はい。無事、です! ご心配お掛けしました!」
なんだ、その畏まった良い子ちゃん的なコメントは。直立不動になってるけど、別に画像は送られないっての。
“ああヒエルマー、悪魔だか小悪魔だかの探索は切り上げてこっちに帰ってきな。魔導窟の爺さんどもはドヤしつけておいたからね”
「いえ、はい。ええと……セーグスリンコフは、ケースマイアンに匿われて」
“知ってるよ。南領で会ったからね”
「え」
“攫うも匿うも、あの子は自由に出歩いてるよ。自由過ぎて南大陸まで飛んでってるくらいだ。そこの魔王から聞いてなかったのかい?”
子エルフは恨みがましい目でこちらを見るが、そんなん俺にいわれても困る。魔女裁判だか悪魔狩りだか知らんけど、エクラさんが関与してるなんて聞いてないし。
「エクラ殿、今回の侵攻にはリンコが関係しておるのかのう?」
“そのようだね。共和国内に放たれてた皇国の専属監視者と潜伏監視者がアンタたちと接触していたリンコフを目撃したことで奪還を図った、ってとこだろうね”
「エクラさん、ストーカーはわかりますけど、スリーパーというのは?」
“共和国市民として暮らす皇国の内通者さ。面倒な話だよ。大半は炙り出して始末したんだが、生き残りがいたのさ”
なにやら物騒な話になっているが、要するにまた(結果的に、だが)俺たちが引き起こした事態のようだ。
「侵入した皇国の魔導師の何人かは、こちらで仕留めましたが……」
「わらわが倒したのが二十三じゃ」
「ぼくは七」
「三十ですね。まだ半分、いえケースマイアン侵攻部隊の魔導師を含めば七割以上が行方不明です。各都市に警戒を呼び掛けてください」
“それには及ばないようだね。すまないが、ケイオールで合流してもらえるかい?”
警戒には及ばない、か。無事に解決したから、なんて話じゃないことはエクラさんの口調からわかった。
「占領されたのじゃな」
“ああ。ケイオールからの救難信号を最後に、キルゲライから連絡が途絶えたようだね”




