283:魔女からの便り
風邪でダウンしてた……
「とはいうものの……」
「そうね、ちょっと待ってて」
ミルリルにケースマイアンの様子を聞いてもらおうと思ったが、よく考えたら通信機はホバークラフトごと収納してしまっていた。もう一度グリフォンを雪原に出すと、ミルリルはヒョイと操縦席に乗り込み、コンソールに置きっ放しだった通信機を取る。
「ミルリルじゃ、誰ぞ居るかの?」
“はい、ルヴィアです。妃陛下、ご無事ですか”
「無論じゃ。樹木質ゴーレムは仕留めたがの、魔導師どもは会敵前にどこぞへと散らばったようじゃ。ルヴィアはいま、どこに居るのじゃ?」
“ケースマイアン上空で警戒待機中です”
「……ん?」
ケースマイアンから共和国西領となると最低でも五百哩、八百キロとかあるはずだけど。こんなハンディ通信機の電波が届く距離じゃないだろ。ドローンでテレビ中継みたいなことしてたから、リンコがドローンの機能で転送してるのか。技術的な話はわからんが……まあ、いまはどうでもいいか。
「ルヴィアさん、そちらの状況は?」
“住民や街への被害はありません。鉱石質・粘土質とも全ゴーレムの排除を完了しました、が……”
が? おい、何があったんだ。ルヴィアさんの口ごもる声を聞いて俺は不安になる。
「どうしたんですか?」
“リンコさんたちが開発した新兵器の威力が大き過ぎて、鉱石質ゴーレムの部品が回収できないと困っています”
「……ああ、うん。わかった。いや、わからんけど。みんなが無事なら良いんだ」
「なんじゃ、新兵器というのは」
「知らん。きっと、またなんか訳のわからんもんを作ったんだろ。でもまあ、排除できたんなら……」
いや、待てよ? ゴーレムを破壊したのはわかったけど。
「そちらに向かった魔導師たちは?」
“皇国領との国境近くで姿を消しました。有翼族とドローンの監視下で反応消失、その後も発見できません”
「俺たちも、そっちに向かった方が良いかな?」
“いえ、警戒監視も対応兵力も配置しておりますので、それには及びません。それより、リンコさんから――”
“はいはーい”
ポンコツ聖女の能天気な声が割り込んできた。
“ヨシュアに魔女さんから伝言で、首都まで来て欲しいそうなんだけど”
「魔女? エクラさん? まさか、そっちにいるのか?」
“ううん、共和国の首都。ぼくが浮かべてた自律稼働の七号ちゃんが捕まっちゃって”
意味がわからん。七号ちゃんて、あれか。
「もしかして、俺に伝言があるからって飛んでるドローンをひっ捕まえたんか?」
“そうだよ。上空千二百メートルだよ? いきなりカメラに顔がアップで映ってさ、信じられないよね⁉︎”
「あ、ああ、うん」
何がどう信じられないのか、もう俺にもよくわからんのだが。
「まあ、やろうと思えばヨシュアにもできるからのう?」
“あー、あー、聞こえるかい!”
デカい、声がデカい! 音声割れてるし、何これエクラさんの声か?
「聞こえます。けど、もう少し声を落としてください。ハウリングしてる……」
“アタシゃ魔道具は苦手なんだよ!”
「わかりましたから、声を落として」
エルフの魔女とかいって“知の賢者”っぽい感じなのに……プライベートでは意外とビデオの予約録画ができないお年寄りみたいね。
“魔王、陛下? いま、なんぞおかしなことを考えなかったかい?”
「か、考えてないでしゅ。それで、ご、ご用件は」
“ヒエルマー・マーキスとは会ったかい。チンチクリンのチビっこい跳ねっ返りのエルフだよ”
やっぱ知り合いかよ。弟子とかじゃないだろうな。
「……ええ、まあ。樹木質ゴーレムを倒すのに手を貸してもらいましたよ」
“やっぱり、アンタたちだったのかい。七騎が共和国に入ったとこまでは斥候が確認してるんだがね。見失った上に行方が分からなくなっちまって往生してたんだよ”
「それは失礼、襲ってきたもので止むを得ず」
“いいや、倒してくれたことは大変ありがたいんだよ。しかし今度はヒエルマーの小坊主が消えちまったのさ”
俺はミルリルと顔を見合わせる。子供を見捨てたようで、微妙に気拙い。
「俺たちはいま西領の山岳部ですが、ここで別れて彼は西領府に向かったはずです」
“ケイオール? キルゲライから報告は入ってないねえ”
魔導窟から派遣されたグループのリーダーかなんかか。子エルフによれば政治と築城のエキスパートみたいな話だったけど。
「敵の魔導師部隊が行方不明になっているのはご存知ですか。共和国に向かった六十名とケースマイアンに向かった六十名、いまのところ全員を見失っています」
“いいや。……ふん、なるほどね。ゴーレムは囮ってわけだ。でも、あの子坊主じゃ相手できるのはせいぜいが十てとこだね”
おう、それでも魔導師を十人くらいなら相手できると思われてるのか、あの子エルフ。
グリフォンの銃座に着いていたミルリルが屋根をノックし、不満そうな声で唸る。
「ヨシュア、前進じゃ」
俺は通信を続けたままでホバークラフトを始動させる。フラットな路面を選んで西領府ケイオール方向に移動して小高い丘の稜線まで出ると、見下ろす平野の奥にいくつか煙が上がっているのが見えた。地平線の彼方に煙っていて地ベタの状況までは見えん。
「ミルリル、あれはケイオールか?」
「いや、さすがに西領府にしては近過ぎるのう。数はハッキリせんが、左手奥の森で魔力光が見えたのじゃ。あのちっこいのが襲撃を受けているのではないかの」
俺はグリフォンを加速させる。森までの距離は五キロやそこらだ。襲われているのがヒエルマーだとしたら、俺たちと別れてすぐに会敵したことになる。
あいつ、運が良いんだか悪いんだか。
「エクラさん、西領府と……そのキルゲライってひとと連絡は維持していますか」
“いや、定時連絡だけだね。どうしたんだい”
「念のため警戒を呼び掛けてください。ケイオールの西側で、ヒエルマーが敵の攻撃を受けているようです」
「まったく、世話の焼けるチビじゃ!」
体格では子エルフとあんまり変わらないミルリルさんは、なんでか嬉しそうにそういってMAG汎用機関銃の薬室に弾薬を送り込んだ。




