282:皇国の悪魔
「……見つけ、たッ!」
背後で軽い足音とともに青白い魔力光が弾ける。凄い勢いで吹っ飛ばされた何かが、倒木に弾かれて転がった。
「きゅう」
目を回して倒れているのは、赤い外套を身にまとったエルフ。北領の生き残りかとも思ったが、赤の色味が違うしセイレーンの紋もない。
「というかこいつ、どっかで見たことあるような」
「……ふむ。撃たんで半分正解だったようじゃの」
振り向きざま、のじゃロリフックでぶん殴られたが魔導防壁でダメージを軽減したようだ。まだ立ち上がれないところを見ると、完全には防ぎきれなかったか。
「いきなり何すんだ!」
「それをいうのは、こちらじゃ阿呆。こんなところで何をしておる」
ええと。やっぱりそうだ。ぶっ飛ばされてピヨッてる感じに見覚えがある。共和国の首都近郊で会った子エルフ。もしかして失敗からは学ばんタイプか。
「ミルリルに伸された“魔導窟”の若いのだろ。ええと……名前、なんだっけ」
「そもそも訊いておらんな。下っ端そのイチじゃ」
「下っ端とは失礼だな! ぼくは“魔導学術特区”の新鋭だぞ⁉︎」
「ああ、前もそんな感じだったな。お前、名前は」
「ヒエルマーだ。“灼熱”のヒエルマー」
熱いのに冷えるまーって、親父ギャグの誘い受けみたいな名前だな。この世界じゃ通じないんだろうけど。
「そのヒエルマーが何をしておる。危うく殺すところだったのじゃ」
「特区の爺さんたちから依頼されて、お前らを探してたんだよ。“皇国の悪魔”を攫ったという噂が事実か、見極めるためにな」
皇国の悪魔ってのが何者か知らんけど、話の流れから推測するに……それ、調査対象である俺たちにいっちゃダメなのでは?
ミルリルさんに目配せするが、“こやつらの都合など知らぬ”とばかりに首を振ってヒエルマーの襟首を持ち引きずり起こす。
「悪魔か魔物か知らんが、皇国に知り合いはおらん。ケースマイアンの魔王は殲滅が専門なのでの」
いや、悪魔を攫った覚えもないけど、殲滅を専門にした覚えもないです。
「嘘つくな! ずっと一緒だったじゃないか。セーグスリンコフだ!」
「誰じゃそれは」
「ああ……うん。なんとなくわかった」
ヒエルマーは、眼下でウロウロと俺たちを探す樹木質ゴーレムを指した。
「あれの魔導兵装を開発した者だ。皇国には聖女として召喚されたようだが、その記録は抹消されている」
「……ヨシュア、もしかしてリンコのことか?」
「そうみたいね」
俺とミルリルは顔を見合わせ、思わず吹き出す。
「何がおかしい!」
「いや、すまん。随分と迫力のない悪魔だと思っただけだ」
「たしかに一緒におったがの。攫うも何も、リンコ自身が皇国に見切りを付けて逃げてきよったのじゃ」
「嘘だ」
「信じなくてもいいけど、知りたいことがあるなら本人に訊けよ。いまケースマイアンにいるからさ」
「そうじゃ。わらわたちは、いま取り込み中でな。おぬしに構っておる暇はないのじゃ」
「そんな、のわッ⁉︎」
何か主張しようと立ち上がったヒエルマーの後ろで倒木が吹き飛ばされる。魔力光が飛び散ったところを見ると、子エルフ魔導防壁がなければダメージを食らっていたようだ。
「ほら見ろ、危ないからどっか行ってろ」
「冗談じゃ、にゃーッ⁉︎」
樹木質ゴーレムからの追撃が降り注いで、子エルフのヒエルマーは傾斜をコロコロと転がって行く。
「まったく、やかましいやつじゃ。わらわたちを危機に晒すのが目的か?」
「そんなわけないだろ⁉︎」
樹木質ゴーレムからの攻撃が次々に突き刺さり、倒木どころか丘の地形まで変わって行く。
「そうだヒエルマー、お前は飛べるんだったよな?」
「え、ああ……それが?」
「ミルリル、戦車の弱点は上面だ」
「了解じゃ!」
「え? ちょっと待て、何をするつもり……」
怪訝そうな顔の子エルフを無理くり引っ掴んで抱え込んだ。ミルリルをKPV重機関銃の前に立たせて丸っとホールドすると、転移で上空数百メートルまで飛ぶ。下を見ると円陣を組んだ木製戦車が喪失した目標を探して動き出そうとしていところだった。
「……ぎゃあああああああぁッ!」
「やかましい!」
「ヒエルマー、飛べ! 落下速度を調整するだけでいい!」
落ちる速さがわずかに緩んだ気はするが、いまのところ誤差程度のようだ。その間にもミルリルはKPVを発射し続け、ドンドンと14.5×114ミリの焼夷徹甲弾が樹木質ゴーレムの上面に叩き込まれる。
「脅威排除じゃ!」
再転移で丘の上に戻ると、数十発の重機関銃弾を叩き込まれた樹木質ゴーレムは七騎全てがクタリと脚を折ってハッチから煙を吹き始めていた。
「こッ……殺す気か⁉︎」
「何をいうか、あれこそ生き延びるために必要な対処だったんじゃ」
炎上し始めたハッチから逃れ出てきた兵士は四人。彼らの身体も炎に包まれていて、転げ落ちた後は身悶えしながら動かなくなる。
ヒエルマーは、それを見て顔を顰めた。
「何者だ、こいつら。皇国は軍の損耗が大き過ぎて戦力を立て直せていない。内政に集中する方針に切り替えたはずだぞ」
「わらわたちも、それは聞いておったがのう。現実は見ての通りじゃ」
「こいつらの他に魔導師部隊が六十名ほど、共和国に侵入している。俺たちが接触した頃には姿を消していたが、報復のための虐殺でも計画しているんじゃないかと思ってる」
「魔導師が六十名で、何をする……?」
子エルフのヒエルマーは、困惑した顔で首を傾げる。
社会経験がないからわからないか、魔導師の基準値が一般と違うか。いや、そもそもエルフにしても魔導師にしても協同するイメージがないので六十人の魔導師が起こす騒動は想像しにくいのかもしれない。
「俺の聞いた話じゃ、いまの共和国は……少なくとも西領は軍事的空白地帯なんだろ? 徒党を組んだ皇国軍魔導師が何をするせよ、共和国側に対抗手段を持った兵力はないんじゃないのか?」
「そんなもん、ハーグワイ政府だって承知の上だ。各領府には“魔導学術特区”から精鋭が派遣されている。ちょっとやそっとの敵くらい鎧袖一触で焼き払って……」
おい子エルフ、なんでそこで黙る。
「……拙いぞ、西領府に派遣されたのは、たしかキルゲライのグループだ」
「名前をいわれても、わらわたちは知らんぞ。“魔導窟”には行ってもおらんからの」
「政務と城塞構築と治癒魔法の専門家たちだ。戦闘向きじゃない」
「築城ができるなら籠城くらい可能じゃないのか」
「馬鹿いうな、城塞の構築は数ヶ月から数年で行うものだぞ⁉︎ まだ赴任して一週間やそこらだ。領主不在じゃ、きっと再生計画さえ決まってない!」
そんなもんか。気付けば完成してるケースマイアンを基準にしちゃイカンのは理解していたけど、要するに丸腰で烏合の衆がいるだけの西領府ケイオールは切り取り放題の攻め放題なわけだ。
「ここで問題は原点に戻ったのう?」
「そうみたいね」
「何の話だよ」
俺とミルリルは顔を見合わせる。
「正直にいえば、俺たちは守るべき相手を決めかねている。ケイオールの住民は、俺たちが救うべき対象なのかをだ。南領で世話になった、愛着も面識もあるサルズやラファンの住人とは違う」
「まして、いまはケースマイアンにも皇国軍の侵攻が行われているのだからのう。駆け付けるならむしろ、そちらじゃ」
「お前ら、もしかして襲われているかもしれない町を見捨てる気か?」
「逆に訊きたいんじゃ。おぬしは、わらわたちにケースマイアンを見捨ててまで縁もゆかりもない町のために命を懸けろというのか?」
「でも、中央領キャスマイアや首都ハーグワイを……」
「救ったのは行き掛かり上じゃ。後付けの理由とはいえマッキン殿から依頼を受けた仕事でもあったしのう。しかし、これは何なのじゃ? わらわたちは、何のためにそこまでしてやらんといかんのじゃ。そもそも他国の人間が、そこまで干渉して良いものか?」
ヒエルマーは、ぐぬぬとばかりに口を噤む。こいつも直情径行とはいえ馬鹿ではないのだ。
たしかに、目の前で弱者が襲われていたり困っていたりしたら、助ける義理もないのに手を貸したこともあった。でも、他国の問題に干渉し過ぎた結果がこれだ。今後も無駄な恨みを買い無益な争いに巻き込まれる。俺の能力からするとそれを回避するには敵対勢力を皆殺しにし続けるしかない。
「……そうだな。その通りだ」
ヒエルマーは顔を伏せたまま丘を降りるとひらりと舞い上がり、ひとりで東へと飛んで行った。
振り向かず消え去った子エルフを見送り、俺はKPVや炎上中の樹木質ゴーレムを収納する。外に転げた兵たちの死体を確認してみたが、目立った特徴はない。皇国軍の黒衣を身に着けた、まだ若い兵士。外套はなく、制服に階級章も徽章も何もない。それが逆に、何かの覚悟のようにも思えた。
「ミルリル、ケースマイアンの状況を確認してくれるかな」
「了解じゃ」




