28:石礫の力
王城の上層階、軍議を行う円卓の間で、俺は苛々と机を指で叩き続けていた。周りには手持無沙汰な顔をしたロートルの将軍がひとりと、俺に付けられた従兵がひとりだけ。
他はみな、それぞれに自分たちの軍勢を整えるのに忙しく走り回っているのだろう。たぶん。仕事がないのは馬鹿と能なしと、蚊帳の外にいる召喚者の俺たちだけ。
「……おい、斥候からの連絡は」
「申し訳ありません、勇者様。帰還者は、まだ」
「くそッ」
帰ってこない。
誰も。
数波に渡る斥候も、総勢80を超える先遣隊も、教導魔導師小隊も、脱走を疑って送り込んだ督戦部隊も、連絡途絶の理由を考えて手を変え品を変え送り出した十数名の伝令兵も、誰ひとりだ。
王国軍にとってみれば、もはや戦端は開かれている。
油断している亜人どもに、電光石火の一撃を与える。そのために斥候を出し、騎兵・歩兵で編成した先遣隊を送った。そのどれもから連絡が途絶え、行方も知れない。
おまけに独断で討伐に出たという第3王子もどこで何をしているのやら消息不明のままだ。王国軍魔導師団の最精鋭、教導魔導師小隊と称してはいるが、実態は分隊、要は身の程を知らない魔導師王子とそのお守りだ。
誰のいうことも聞かず、誰の指揮にも従わない。地位だけは無駄に高く戦力としては凡庸極まりない、そんな鬼札を欲しがる者などいない。勝手に出て行ったと聞いたときには王城の誰もが胸を撫で下ろしたものだが、いざ帰ってこないとなると面倒なことこの上ない。
なにせあの馬鹿が消えたのは、これから戦場になる場所なのだ。死んでいるなら、まだいい。生死不明のままとなれば、大規模な攻撃魔法を放つ際の障害になる。万が一にでも王子が巻き込まれたときには指揮官の責任が問われるのは間違いない。
「……いっそのこと、すべて焼き払ってしまえばいい」
「勇者様、なにか」
「なんでもない。我々は、いつ出るんだ」
「国王陛下から、主力部隊の先陣を務めていただくようにと……」
「そんなことは、わかってる! その主力部隊の出発はいつかと訊いているんだ!」
怒鳴ってしまってから、そんなことが従兵にわかるはずなどないと思い至る。国王は派兵を決めたが、その準備は遅々として進まない。貴族軍の遅参が相次いでいるからだ。苛立ちと不安が蔓延している。
気持ちに余裕がなくなっているのが、自分でもわかる。
「報告です!」
その言葉に顔を上げたが、駆け込んできた兵を見て失望に変わる。あいつは城内の衛兵だ。つまり前線からの報告ではなく、新たな問題の発生を告げるものなのだ。
「輜重部隊が、消えました」
いうまでもなく、補給物資は戦線維持のカギだ。足が遅い上に前乗りして設営を行う必要から出発は早いが、十分な数と練度の兵を護衛に付けて送り出したはずだ。それが、消えた?
いままで消息を絶ったのは、兵種こそ様々だが戦闘部隊だ。だが輜重は支援部隊、前線までは行かない。……はずだ。
「奪われたということか? なぜ輜重がいまの段階で前線まで突出した」
「いえ。護衛の兵によると、会戦予定地から十数哩の位置で停止し、野営していたとのことです」
「正確に報告せよ。消えたというのは、どういうことだ」
「物資を積載した馬車が、朝になると消えており、裸の兵士の死体が10、生きたままの兵士が2名、これも裸で残されていたと」
「その生存者から報告は……いや、それが報告か?」
「はい。馬車や服は急に消え、兵は急に死んだといっています」
怒鳴りつけそうになるが、その前に確認すべきことがある。
「死体の傷は。銃創……ああ、身体のどこかに丸い穴が開いて、もう一方が醜く食い千切られてはいなかったか」
「……は、はい。なぜ、それを」
まさかとは思ったが、やはりあの男か。亜人側に付いたのは確定だな。
ということは、物資を奪ったのも白亜の間で見せたおかしな魔法だ。魔法による瞬間移動と強奪、そして銃撃。こちらには……少なくとも王国軍の兵士には、対抗手段がない。手をこまねいていては被害ばかりが増える。そして、奪った物資は着実に奴らを肥え太らせるのだ。
「出陣する、馬を用意しろ」
「いけません! 国王陛下からは別命あるまで待機と」
「ふざけるな! いつまでも待っていられるか! 戦力を小出しにするのは愚の骨頂だと何度もいったではないか! それを無視した結果がこれだ! このままでは開戦前に潰されるぞ!?」
俺の剣幕に怯みつつも、兵たちはちらちらと目を見合わせる。
「気に入らんな。お前ら、なにを隠している」
「隠して、などは……」
「話したくないなら構わん。俺を信用出来ないというなら、仕方がないことだからな。ただしその場合は、戦場で貴様らを見捨てるぞ」
城に残るであろう衛兵なら気にしないのかもしれないが、いまの状況では根こそぎ動員になる可能性が高い。耐え切れなくなったのは、俺に付き従って最前線に向かうことになる従兵だった。
「まだ理由や原因がわかっておりませんので、報告は非公式なものなのですが」
「構わん、話せ」
「先遣隊の一部は、会戦予定地の手前、侵攻ルートから外れた場所で、幕営しております」
「接敵前に戦力の温存か。それは愚策だと何度も……」
「彼らは、戦力ではありません。それどころか、その場から動けないのです。報告によれば……疫病が発生したようだと」
◇ ◇
ひとつ、ミルリルにも俺にも、想定外だったことがある。
というか、忘れていたのだ。王都とケースマイアンとの進路上に放置したままの、射殺死体を。
全裸で道端に転がされたままガスで膨らんだ腐乱死体を誰も自国の王子だとは認識せず、異臭を嫌って足早に通過しようとしていた兵のひとりが死体に罵りながら石を投げた。
破裂し腐肉を撒き散らした王子様は、無礼な臣下にくまなく病原菌を下賜したようだ。
それがどういう病なのかは不明だが、王国軍の陣営は高熱と下痢・嘔吐の症状を訴える将兵が続出し、開戦直前に高位攻撃魔導師という貴重なアセットを、非効率な解毒治療のために浪費することになるが……
それはまた、別の話だ。




