276:砦への帰還
わずかな月明かりのなか、器用に障害物を避けながら地上効果翼機は順調に距離を稼ぐ。ケースマイアン技術チームの作った自動操縦モード、見様見真似とかいってたけど、かなり優秀。
俺たちは携行食を齧りミネラルウォーターを飲んで、ちょっとゆったりした時間を過ごしていた。王子も軽い食事をして気持ちが落ち着いたら不安もなくなったらしく、双子と一緒に後部座席で静かになった。
「最悪の場合でもエルフは食われんのじゃろ。おぬしらは、わらわたちが逃げる時間を稼いでくれれば良い」
「「……それくらいなら、なんとか」」
「いざとなったら海に降りて、さっさと“ほばーくらふと”に逃げるだけじゃ。死にはせんわ」
えらく楽観的なミルリルさんのコメントで俺も開き直る。まあ、どうにかなるだろ。怖いけど。
「ところでリンコ、これ俺でも操縦できる?」
「できるよ。操作系はスロットルと操縦桿とラダーペダルくらいだし、飛行機のゲームやったことあるなら大丈夫じゃないかな」
「げーむ、って何じゃ?」
「元いたところには、これに似た遊びがあるんだよ」
念のため少し高度を上げて、自動操縦装置をオフにする。操縦席で少し飛ばしてみたが、飛行特性が極端な安定志向なので、そう難しいものでもなかった。
そりゃそうか。別に戦闘機動を行うわけでもないしな。
飛行機の操縦で難しいのは離着陸、特に着陸らしいけど、そこは地上効果翼機の場合スロットルを戻せば静かに着水するだけだ。
「王子たちも、やってみるか?」
「「……え」」
「良いんですか!?」
「わらわもやってみたいのじゃ」
眠気覚ましにミルリルや王子や双子たちも少しだけ操縦を試してもらった。意外にもノリノリで操縦桿を握り目を輝かせたのがエアル。風魔法の適性が高いとかで、彼女が操縦するとスロットルを開かなくてもグングンと速度が伸びた。計器を見ていたハイマン爺さんが目を輝かせる。
「ほう、いまが対地速度で五百二十くらい出ておるの。魔力を空気抵抗の低減に注ぎ込めば、もう少し伸びそうじゃ」
「良いね良いね、それじゃ音速を……」
「試さんって。戯れに限界アタックすんのやめろ」
「「「ちぇ」」」
ケースマイアンの技術マニアどもは不満そうだが、そういうのは乗客がいないときにしてくれ。
ちなみに双子の片割れであるフェルは水魔法と治癒魔法の適性が高く、一応は触ってみたものの操縦にはさほど興味がなさそうだった。
「魔王陛下、ケースマイアンでは、こんな凄まじい技術が日常的に作られているのですか?」
エルフには珍しく新しいものに目がないらしい王子が興味津々で見ていた。ドワーフ爺さんズやリンコがその言葉にフンカフンカと鼻息荒く胸を張る。
「そうじゃな」
「おう。あそこは、もう名実ともに魔都じゃな。“えれべーたー”付きの高層ビルが立ち並んで、防衛用の自律稼働ゴーレムが巡回しておる」
「いまや魔力装置が通信・照明・暖房・移動・防衛・製造・娯楽と暮らしの隅々まで行き渡っているからね」
「ちょっと……俺たちがいない間に何してんの、お前ら」
「だって、ケースマイアンの冬って雪ばっかで退屈なんだよね。暗黒の森を開墾するのに魔物退治してたから、魔珠だけは潤沢にあるしさ」
どんだけ切り拓いたんだ、こいつら。そしてどれだけ魔物を狩ったんだ。ひとのことはいえんが、ケースマイアンの皆もなかなかワイルドな冬休みを過ごしているようだ。
「退屈しのぎに物騒なもんとか作ってないだろうな」
「大丈夫じゃヨシュア、わしらは“たいりょうはかいへいき”は作らんと決めておるからの」
「当たり前だろ、これ以上の虐殺なんかしたら大陸から人間がいなくなるっつうの!」
「うん、“虐殺の魔王”がいうと、リアリティあるね」
「「本当じゃの」」
リンコと爺さんズに呆れられてしまった。振り返ると、王子と双子もウンウンと頷いている。ミルリルさんは笑っているだけだが、なんか納得いかん。
「左手前方に照明。……あれは、船じゃな」
ナビシートに座っていたミルリルさんが進路を伝え、操縦席のエアルに高度を下げさせる。俺の視力ではまだ何も見えないが、大型の帆船だという。
「どこの船?」
「特に印は見えんのう」
「大型の帆船だとしたら、南大陸との交易船じゃないかな。来るときにも、何隻か見かけたよ」
敵対してこなければ、そのまま通過しよう。変な問題でも起こらなければいいけど、いまのところ嫌な予感とかはない。そもそも、こちらの世界で飛行中の航空機に届くほどの武器は思い当たらない。
「エルフの奴隷を積んでたりはしないよね?」
「「そういう気配はない」」
しばらくすると、航行する大型帆船が視界に入ってきた。
「ミルリル、どう?」
「特に印はないのじゃ。帆柱の上で見張りがこちらを見ておるが、攻撃する意思はなさそうじゃの」
俺たちは進路をそのままに上空を通過する。トラブルにならないのが珍しいと思ってしまうあたり、俺もかなり毒されている気がする。
「王子、大荒れの海域を挟んで七千キロを行き来するのって、それだけの利益が見込めるからなんだろ? 彼らは何を扱ってるんだ?」
「それは、奴隷の他に、ということですか?」
「うん」
「わかりません。ソルベシアの民は船を持たないので」
そうか。魚も食わないっていってたっけ。漁もしない貿易もしないとなれば、たしかに船は必要ないだろう。大きな河川も見かけなかったら――砂漠化して雨が降らんだけで、元々はあったのかもしれんけど――水運も発展していないのだろう。
「俺が知る限り、南の大陸で造船が盛んなのは帝国くらいですね。外海に出て無事に戻る船乗りは少ないそうですが、生き延びられたら一生遊んで暮らせるほどの金塊を持ち帰ると聞いています」
「やっぱり、そんなとこか」
貿易の目的が北大陸の安い金というのは何となく予想がついていたが、南大陸の産物については具体的な情報が得られなかった。
「熱帯でしか手に入らない高価値のものって、なんだろ」
俺が尋ねると、リンコも首を傾げる。
「元いた世界の基準でいうと、思い付くのは香料とか香辛料かな。あと、コーヒーとか、タバコ?」
「タバコを吸う奴は見たことがないな。コーヒーは王国の南領で流通してるっていうから輸入はしてるんだろうけど、まだ値段は聞いてない。高価いのかな」
「さあ」
「スパイスや香草は料理に使われてたけど、特に貴重なものという感じはなかったな。トマト……も似たような味の野菜が料理に使われてたし……」
「内燃機関がないから石油ってこともないだろうし……ああ、ジャガイモは?」
「あれアジア原産の芋だっけ。でも似たような根菜は、もう共和国にある。たぶん安い」
「アジア貿易の例でいうなら絹織物……は、似たようなのがケースマイアンにあったね。後は、なんだろ」
「ソルベシアは馬が名産ですけど、たぶん運べないです」
結局、思い付くものはなかった。船乗りも命懸けで海を渡るんだし、一生遊んで暮らせるだけの金塊を持ち帰るんだから、それなりに高付加価値の産物があると思うんだけどね。
風魔法の加護があったせいか後半はかなりの追い風で、空が明るくなってくる頃には前方に島影が見え始めていた。ドローンからの情報を元にリンコたちが起こした地図によれば、あと数百キロで北大陸の沿岸だ。陸地が雪を被っているのを見て、北大陸に戻った実感が湧いてくる。
「ヨシュアたちの目的地は、共和国の南東だっけ?」
「そうじゃ。南領の東海岸から、沖に三哩くらいじゃの」
「海賊砦のあたりは環礁になってるから、いっぺん降りた方がいいな」
比較的波が静かな場所で地上効果翼機を着水させると、俺は機体の横にグリフォンを出す。ハッチを開けると、昨日までとはまるで違う厳しい冷気が入り込んできた。
「うわ、さぶッ!」
「王子たちの上着、ほら」
「大丈夫ですよ、島に戻れば“恵みの通貨”で温暖ですから」
「そこまでが寒いんだってば。しばらく海の上を行くから、着ておきな。ミルリルも、ちゃんと着なさいよ」
「ヨシュア、お母さんみたいだね」
短距離転移で全員をホバークラフトに移してからイカを収納、エンジンを始動して海賊砦を目指す。距離は、概算で百キロやそこらだ。
「ほぇー、初めて乗ったけど案外うるさいもんだね、ホバークラフト」
「静かさと速さだけでいえば、“えくらのぷらん”の方が優れておるかもしれんの。しかし、こやつは多少の問題など全く気にならんほど頼りになる乗り物なのじゃ。“ほばーくらふと”のお陰で、どれだけの命が救われたかわからん」
「我々も、そのなかに含まれます」
王子の言葉にフェルとエアルも頷く。
「ごめんごめん、悪くいう気はないんだ。乗ったことなかったから音に驚いただけでね」
「しかし実際、久しぶりに乗ると凄まじい音じゃの」
ミルリルさん、そこは上げるか落とすかハッキリしてください。まあ、うるさいのは事実だけど。魔力主体で回してたからほとんどタービン音しかしてなかった地上効果翼機から乗り換えると、会話が自然と大声になる。
海上を進むこと小一時間、海賊砦のある島は遠くからでもすぐにわかった。雪に覆われた陸地のなかでそこだけこんもりと緑の木々が見えていたからだ。
「「戻ってきた……」」
「みんな疲れただろ。向こうに着いたら火を焚いて、ちゃんとしたご飯を食べようか」
「わらわは、肉を食いたいのじゃ」
「いいね、肉。鍋なんかも良いかも」
南東側から回り込むと、内湾になった海賊砦の入り江に中型の船が停泊していた。白地に赤で南領の旗印が見えている。
「あれは、マッキン殿のお出迎えかの」
「南領主、自らのお出まし……となると、もしかしてエクラ女史もか?」
「エクラ、って前にミルリルから聞いた“サルズの魔女”? うわ、ぼく本人に会うの初めてだ」
なんでか嬉しそうなポンコツ聖女の盛り上がりをスルーして、俺はミルリルを振り返った。
「また何かあったんじゃないだろうな」
「それは、“ふらぐ”とかいうやつではないかの?」
「やめて……」
なにやら船着き場で集まっている人影を見て、俺は早くもドンヨリした気分になっていた。




