273:第二王子と広がる恵み
王子とミルリルを連れて地面効果翼機のハッチから出ると、艦影を確認する。
「旗艦に乗ってるのは人質か黒幕か不明、って状況なわけ?」
見送りに顔を出したリンコが俺に訊いてくる。
「いまんとこキューイチで、黒幕説優勢ってとこだ」
“そうなの?”って顔でリンコが王子を振り返る。
「……はい。おそらく、帝国による侵攻を呼び込んだ元王族の売国奴かと思われます」
「念のために、そやつかどうかを確かめてからじゃ。国を滅ぼした元凶となれば、吠え面を拝むのも悪くはなかろう」
「迎えか支援攻撃が必要なら呼んでね。お手製対艦ミサイルも、あと二発あるし」
「“たいかんみさいる”……というのは、船に大穴開けた筒じゃな?」
「そう。弾頭は試作した黒色火薬の爆弾なんだけど、燃焼性能がイマイチだったから全部突っ込んじゃった。魔力による推進装置は、ドローンや地面効果翼機を造るときの副産物だね」
推進・誘導・起爆に小型魔獣の魔珠を三つ使うとかで、コストパフォーマンスも実用に向かないのだとか。そら、この世界じゃ、そうだろな。
「ああ、いざというときは頼む」
こちらに向かってきているのは、大型砲艦二隻と接舷戦闘用の中型艦が四隻だけ。残りの小型艦艇はリンコの対艦ミサイルを喰らって沈みつつある砲艦に群がり、乗員の救助を行なっている。
お前らも、みんな海の藻屑になるんだけどな。
俺はミルリルと王子を抱えて旗艦の甲板に転移で飛ぶ。ロープや砲座で作業中だった水兵たちが、いきなり現れた俺たちを見て固まった。
「てき、しゅ……」
立ち上がった兵の胸板を王子のPPShが撃ち抜き、後ろの数人ごと崩折れる。異変を察して集まってくる水兵を、王子は冷静に単射で仕留めて行く。
ミルリルさんはといえば、油断なく周囲を見渡して遠距離から攻撃を仕掛けようとしていた弓持ちや槍持ちを淡々と仕留めている。UZIが発射されるたびに目玉を撃ち抜かれた水兵が甲板の奥で倒れ、帆桁の上から転げ落ちてくる。射撃の得意でない俺は、王子の身を守りながら見てるだけしかできん。
「王子、ミアンとやらはどこじゃ」
「船の後ろ、あの箱のなかです」
王子が船尾の高い位置に見えている小屋のような場所を指す。帆船の構造には詳しくないが、無駄に飾りの多いところから見てそこが高級船室なのだろう。距離は三十メートルほど。警戒しつつ近付くと、小屋の奥からワラワラと甲冑付きの兵士が五人ほど金属の盾を抱えて姿を見せる。海に落ちたときのことを考えてか、海軍に金属甲冑を身に着けた兵士はいなかった。帝国軍の護衛なのだろうが、海軍とは所属が違うのかもしれない。
「あれは、こっちで引き受けるよ」
「任せるのじゃ」
少しくらいは働かないと、とAKMで狙う。まだ二十五メートルほどあるが、どうにかなりそうだ。的が大きいし動きも鈍い。
「どこから現れた、魔族の死に損ないが!」
重装歩兵のひとりが、嘲笑うように叫ぶ。たぶん挑発のつもりなんだろうけど、数十人の兵士を一方的に殺された現状では何の効果もない。良く狙って、盾ごと撃ち抜く。
「がッ!」
「陣形を、おぉ、お……」
「へぶッ」
単射で一発ずつ、確実に倒す。即死していない者もいるようだが、7.62ミリが被弾したのなら死は時間の問題でしかない。盾には魔導防壁でも掛けられていたのか青白い光が飛び散ったが、アサルトライフル弾を止めるほどのものではなかったらしく残りもバタバタと倒れて動かなくなった。
「脅威排除」
「待て、弾倉交換じゃ。階下から突っ込んできよるぞ」
両舷の出入口を確認して、柱の陰で構える。
「右手を王子、俺が支援する」
「了解じゃ、左手は任せておけ」
ミルリルがいうと同時に数十名の水兵が突貫を掛けてきた。武器は手槍と曲刀、身体は剥き身のままで向かってきた。その蛮勇は恐るべきものではあったが、全自動射撃で放たれた弾丸は男たちを一瞬で薙ぎ払い無力化してしまった。よろめきながら仲間の死体を踏み越えてくる大男をAKMで仕留めて、襲撃は排除された。
「脅威排除」
「こちらも脅威排除じゃ」
移動の邪魔になる甲板上の死体や貨物を全部収納してしまう。射界を塞ぐロープやマストも丸ごと収納した。これで航行できない。
どういうわけか船舶は収納と相性が悪いので、すぐ海に捨てる。用途もないしな。
「出てこい、ミアン!」
俺は船室の天井部分にあった飾りを撃ち抜く。万一、なかにいるのが売国王子でなかった場合を考えてのことだが、それは杞憂に終わる。弓を手にした若い男が姿を現したからだ。
ハイダル王子より少し年長、十代後半といったところか。成長期に入りかけているのか、少し耳が長くエルフの特徴を備えている。無個性な美形で、均整の取れた長身。高価そうな服を身に着け堂々たる態度を見せてはいたが、その表情はひどく醜い。怒りと憎しみと悔しさを露わにして、ハイダル王子を睨みつける。
「……カイエンホルト……あの無能が!」
忌々しげに呟く声でわかった。ハイダル王子やソルベシアの民を北の大陸に売り飛ばした偽魔王の悪行を知っていた、もしくは加担していたのだろう。度し難いとは思うが、驚きはしない。俗物というのはそういうものだと、もう何度も思い知らされたから。
ハイダル王子はPPShを構えたまま、首を振る。
「無能は、お前だミアン。元は王族に名を連ねていたというのに、ここまで愚かだったとは」
「抜かせ!」
ミアンが弓を引き絞りかけたところで、ミルリルがスター拳銃で左手を撃つ。拳が弾けていくつか指が飛んだ。もう弓は引けない。抵抗の意思が残っているとしたら、だが。
「ああぁ、あッ!」
身を守ってくれたミルリルに頭を下げて、ハイダル王子はミアンに近付く。
転げ回るミアンを見下ろし、ミルリルは誰にともなくいう。
「愚かなエルフというのは、わらわの経験には馴染まんのう」
まあ、そうかな。偉そうだったり不愛想だったりはしても、エルフを見て頭が悪そうと思ったことはあまりない。せいぜいが、最後に会った村人たちくらいか。
そんな俺たちを見て、ハイダル王子は笑う。
「……エルフは、愚かですよ。愚かさの種類が違うだけです」
無知蒙昧な愚かさ、私欲に塗れた愚かさ、周りが見えぬ愚かさ、身の程を知らぬ愚かさ。色々あるが、と王子は続けた。
「エルフは、みな器に合わない理想を謳う。そして自らの無能を認めることができない。なまじ長寿なだけに、まだ達成していないだけと、浅慮を省みることもなく傲慢に破滅への道を進む」
目の前に立つハイダル王子を見て、ミアンは無事な右手を腰の後ろに回した。そして、そのまま動かなくなる。硬直した表情が、恐怖に歪んだ。
「くだらない理想で国まで滅ぼしたソルベシアの王族が、その最たるものでしょう」
気付けばハイダル王子の背中から、緑色の光が立ち上っていた。
「これが“恵みの通貨”とはよくいったものです。ソルベシアを滅びに誘ったのは、繁栄への対価なんですよ。無限でもなければ、無償でもない。何を求めて、何を差し出すのか、天は見ているのです」
動けなくなったミアンは、振り返ってもがき始める。船体から伸びたツタが、彼の右手を縛っていた。それは次第に伸びて、腕を、腰を、足を、身体中を拘束し始める。
「行きましょう、陛下」
「ま、待て! お前は、自分がソルベシアの王になれるとでも!」
「まだ、そんな戯言をいうのか。そんなものは、ない。王座も、王宮も、王都も、すべてが森に沈んだ。民は森に生き、森に死ぬ。恵みは巡り、ソルベシアは永遠に続く。王族など、要らんのだ。俺も、お前も、この地にはもう、必要ない」
「許さん……ソルベシア王家の血は、俺が……俺だけが……」
ミアンは全身を緑の触手に絡みつかれ、体内も浸食され始めているようだ。ハイダル王子の声も、彼の耳には届いていない。広がるツタは草花を纏いながらミアンの身体を埋め、甲板を広がってゆく。後退りして舷側から海面に目をやって、ハイダル王子の怒りが凄まじい勢いで溢れ出していたことを知った。
「おい、冗談だろ」
緑のツタが船体を覆い、藻のようなものが海面を埋めながら広がってゆく。俺が捨てたマストも絡みついた緑色に埋め尽くされ、周囲にいた大小の艦艇も草花で埋まって水上プランターのようになっていた。
「いやに静かだと思うたが、兵たちは食われたようじゃの」
海上に出現した浮きプランタは、船の原型も留めていない。マストが変貌した姿なのか異常に高い樹冠の重みで傾きかけ、船体も木の板がバラバラと剥離・分解していまにも沈みそうだ。ということはつまり、いまいる船も同じことになるわけだ。
「王子、行くぞ」
「はい。お願いします」
ミルリルとハイダル王子を抱えて、海上の地面効果翼機を探す。
「あれじゃ。ずいぶんと離れておるのう?」
水平線近くを航行中の機体の上まで、転移で飛ぶ。羽根の上に降りたりしたら構造的に問題かとは思ったが、なんとか指定されていた青い線上に着地することができた。
「お待たせ」
ハッチから機内に入ると、操縦席でリンコが振り返る。
「おかえりー、どうだった?」
「済んだのじゃ、もう帰還して構わんぞ」
「了解。爺ちゃんたち、浮上航行用意」
「「了解じゃ」」
ミルリルは機内の窓から、キョロキョロと海面を見渡す。
「リンコ、こっちに向かってきとった船がおらんが、沈めたのか?」
「それなんだけどね」
「ヨシュアたちが旗艦の旗竿を引っこ抜いたのを見て、慌てて引き返しおったんじゃ」
マストを捨てたとき? でも旗艦に引き返してきたという砲艦やら移乗戦闘艦を見た覚えはないんだが。
出力が高まり、機体が浮く。凪の海から離水させ、リンコは旋回しながら少し高度を上げた。
「ほら」
「「うぇッ!!?」」
上空から見下ろした海面には、びっしりと緑に覆われた巨大プランターのようなものが点々と浮かんでいた。そこから広がった網目状の緑――おそらく藻かなにか――が水面を伝って陸地へと向かって伸びてゆくところだった。海岸線近くを必死で逃げている手漕ぎ船やら小型船舶が藻に追いつかれ、絡め取られると緑のポップコーンのように弾けた。
なにそれ、怖い。
俺は思わずミルリルと顔を見合わせ、王子に目をやる。
「……す、すみません。……あの、ここまで、するつもりでは」
マストがないことで辛うじて旗艦だとわかる船の残骸は、緑に覆われながら岸に向けて漂流している。海岸線に広がる緑の触手に引き寄せられている、といった方が良いか。
もう、この緑化は誰にも止められんな。早めに逃げて正解だった。
「まあ、“けっかおーらい”じゃ。王子、よくやったのう」
「「けっか、おーらい?」」
「結果が良ければ過程は問うまい、という意味じゃな。おぬしらは見事に成し遂げ、海賊砦へと凱旋するわけじゃ」
「よーし、ハイマン爺ちゃん高度そのまま。難所を避けて東回りで飛行するよ」
「了解じゃ、性能試験も本番じゃの。カレッタ、推進器の管理を頼む」
「任せとけ。燃料は二百三十りったー、蓄魔力も二割ってとこじゃ。七千きろ、なんとか行けそうじゃな」
「行ける行ける。ほら、ここに魔力増槽もいるし」
俺かよ。いいけどさ。
ケースマイアン謹製の空飛ぶイカは奇妙なタービン音を立てながら、北東方向に向かって速度を上げた。




