27:ターゲットインサイト
ミルカがケースマイアンに合流してから、なにか変ったことはないか。
俺のその質問に、コーネルは顔色を変えた。
「どうしてそれを訊くのか、教えてはもらえないか」
「ああ……そうだな、俺には、鑑定の技能がある。その付随能力だな。はっきりわかるわけではなく、“なんとなくわかる”というくらいだけどな。それによると、ミルカは俺に……もしくは俺たちに、悪意を抱いている」
「鑑定に関していえば、なんとなくわかるという方が能力として高度なんだが。使用が察知されないからな。……そうか、人間であるヨシュアが、それほどとはな」
コーネルは、ミルカとミルリルが駆け去ったスロープの方向を見る。
「俺たち、というのはヨシュアと、ミルリル殿のことか? それとも……」
「ああ。考えたくはないが、ここにいるケースマイアンの人間すべてに、という可能性もある」
「彼女が元々の同胞じゃないことは、なぜわかった。話してはいない筈だが」
「それも……なんとなく、だな。ミルカと他のエルフの間には、ずいぶん距離感がある」
こっちは技能や魔法ではなく、ジャパニーズ・ビジネスマンの“空気を読む能力”によるものだ。だいたい、君ら物理的にミルカ遠ざけ気味だったしね。
「森で行き倒れていたミルカが拾われたのは、半期ほど前だ」
たしか年4期で3か月ずつだから半期はひと月半、日にして45前後。暦は元いた世界とほぼ一緒なのに、エルフだけはこういう古い表現を使う。めんどくさい。
「いま考えると、そのくらいの時期から、ケースマイアン解放軍の作戦計画や行動が王国側に読まれているのではないか、という話が出ていた」
「斥候によるものとは思えなかったのか? それか、魔導師による盗み見かとか」
「露見した情報の一部は、部外者が見聞きしただけでわかる内容ではなかった。もちろん、情報統制を厳しくしたり、作戦に虚実を織り交ぜたりと試行錯誤はしたのだが、結論としては……」
「ケースマイアン帰還者のなかに、内通者がいると?」
「信じたくはなかったがな。しかし、それしか考えられなかった。あとは、どのようにして裏切り者を探り出し、どうやって対処するか……だが、意見がまとまる前に、王国が動き出した」
俺はわずかに首を傾げる。ミルカがスパイだとしたら、あまりにも迂闊な気がした。
露呈したら即、切り捨てられる捨て駒かとも思ったが、あの子ほどあからさまに悪意や敵意や反感を丸出しにしていては、とうてい役目を果たせないだろう。
考え過ぎか、あるいは単なる囮か。
「北方エルフというのは、人間に滅ぼされた。そして、これは伝聞でしかないのだがな。北方エルフのわずかな生き残りは、自分たちが滅ぼされた理由を、“南方エルフと獣人たちが見捨てたからだ”と思っているようだ」
「それは誤解とか、意図的に流されたウソだったりするのか?」
「……いや、あながち間違いではない。我々は北方エルフの里に人間が侵攻するのを察知していたが、警告も発しなかったし、援軍も送らなかった。自分たちの身を守ることを最優先した結果だし、我々が何をしようと彼らは滅ぼされていただろうが、見捨てたのは事実だ」
……ふむ。それはわかったけど、なんか言葉にトゲない?
俺が首を傾げるとコーネルは観念したかのように肩をすくめる。いや、そこまで聞きたいわけじゃないんだけど。
「もともと、彼ら北方エルフは選民的だ。自分たちが誰よりも優れていると自負し、他の部族や種族との交流を絶っていた。あからさまな侮蔑や嘲笑を隠そうともしない者も多かった。そんなやつらのために命を掛ける者などいない。端的にいえば、彼らは滅ぶべくして滅びたのだ」
見捨てはしたが滅んだの自業自得じゃん恨まれても困る、てとこか。
エルフ同士の心の機微まではよくわからないまでも、事情はなんとなく理解した。滅ぼした人間ではなく助けなかった亜人の同胞を恨むのは筋違いという気はするけど、そんなのはよくある話だ。
敗者は得てして強かった敵ではなく、弱かった味方を責める。
「ミルカが裏切る動機としては、弱いように思えるな。裏切ったとして、付く相手が王国というのもおかしいし。時期的に考えると、裏切ったんじゃなくて、拾われた当初から王国側の人間ってことじゃないか?」
「ああ、王国が我々に張り付けておくこと、が……」
コーネルが、そこでハッと顔を上げる。
「銃声だ。暗黒の森……まさか」
俺は最後まで聞かず走り出していた。俺の耳には聞こえなかったが、いまケースマイアンの外で発砲する者など、ミルリルしか考えられない。
銃声。今度は俺にも聞こえた。
短距離転移でスロープの上まで飛び、暗黒の森を見下ろす。梢から飛び立ったらしい鳥の群れが旋回している場所があった。俺はそこに向けて転移で飛んだ。
位置把握が甘かったらしく、飛んだ先は木の中腹。俺は思い切り幹にぶち当たって転げ落ちる。
何度も枝に引っ掛けられながら地面への数メートルを落下、幸い下は柔らかい土だったが、背中からまともに落ちて息が詰まった。切り傷擦り傷で身体中がヒリヒリするが、そんなことには構っていられない。
転落で方角を見失った俺は、樹幹の隙間から鳥の飛ぶ位置を確認する。たぶん坂の上で視認した位置は向こうだ。
しばらく走ると密林の一部が切れて、いきなり開けた場所に出る。100mほど先で、倒れたまま動かない甲冑姿の兵士たちが見えた。その奥に、UZIを手にして倒れているミルリル。再装填をしているようなので、生きてはいる。
彼女の手が振られて短い銃声が断続的に響き、隠れていたらしい敵兵が悲鳴を上げる。銃を触ったばかりだというのに、ミルリルの射撃能力は驚くほど高い。
だが、それも安心材料にはならない。彼女の手前に、盾を構えた甲冑姿の巨漢が立ち塞がった。
その間も俺は必死に駆けるが、距離はまだ50mはある。ミルリルが放った45口径弾は盾に当たって弾かれたようだ。
「うおおおぉ……ッ!」
静かに気合いを込めながら短距離転移、同時に収納からソウドオフショットガンを引き出し、手の届く距離に迫った巨漢の後頭部に突き付けて2本のトリガーを同時に引く。
これで死ななかったらAKMでもIEDでもあるだけ叩き込んでやろうと思ったが、敵は案外あっさりと倒れて動かなくなった。
ミルリルは、無事だ。そうわかると、急に疲労と痛みが押し寄せてきた。いやいや、でもここはビシッとカッコ良くキメなくてはいけない。
「お待ッ……、た、せッ、ミル……ッ! 無事か!?」
息が切れまくりな上に、カミカミである。
「む、無論じゃ、ヨシュア。わらわを誰だと思うておる?」
でもミルリルは、そんな俺に優しく笑ってくれた。その言葉を裏付けるように、周囲には彼女が射殺した10数体の死骸が転がっている。
ああ、のじゃロリ、あんたいま、すげー輝いてるよ。
◇ ◇
俺たちは教会前に連れ戻したミルカを、エルフの人たちに渡す。事情を話して情状酌量の余地はあると善処を頼んではおいたが、それ以上のことは干渉しないようにした。
そもそも、しっかりとケアに回っている時間も暇もない。俺たちが森のなかを走り回っていた間にも、斥候からの続報は次々に入ってきていたのだ。
「少数の先遣隊と斥候が暗黒の森に入っている」
「正面戦力も輜重が到着して陣を築き始めているぞ」
いよいよだ。王国との戦争が始まる。
後方の敵は、ミルリルと俺で10名ちょっとは始末したけれども、まだ残っているだろうし、後続もいるようだ。
そこで、街に上がるスロープの上に簡易銃座を組んだ。M1903小銃の射撃訓練も兼ねて、若い獣人の子を監視役に置いて、不審なものを見つけ次第に狙撃してもらうことにした。
大型の魔物が徘徊する暗黒の森を、敵の大軍が回り込むことは、まずありえない。そのため、阻止線も警戒も簡素なものでしかなかった。そこはこちらのミスだが……
しばらくはパカンパカンと銃声が響いて、ずいぶん練習熱心だな、とか思ってたら監視役だった獣人少女隊(仮称)から報告があった。
「敵影捕捉、斥候2、重装歩兵2、魔導師9、弓兵25、軽歩兵41、馬1。発見しだい、全て射殺しました」
「……え?」
戦端開いてもないのに、なにその大戦果!?
しょうがないから褒めて撫でて、山ほど銀貨をあげといた。ピカピカしてキレイ、なんつってかわいいなオイ。
あ、ミルリルさん羨ましそうに見てるけど、要る?
「要らん!」
なぜ膨れる。女心はわからん。




