269:天使と愚者
「ミルリル、天幕は」
「北東に半哩、あの岩の奥じゃ。しかし進路はもう少し左で頼む。そう、そのまま真っ直ぐじゃ!」
目の前に見えているのは帝国軍の軍勢、弓兵が二十に騎兵が三十ほど混じっているが主体は百前後の歩兵。どれも木の盾に革鎧程度の軽装だ。武器は長弓に騎兵槍に片手剣と曲刀。いくらか手持ちの投石器を持っている兵がいるようだが、要するに雑魚だ。
「やめてくれ! あんなのに突っ込んだら、みんな死んじまう!」
恐怖に錯乱した村人たちが運転中の俺に縋りつこうとする。前を向いたまま殴り飛ばした。
「黙れ! 後ろで大人しくしてろ、今度俺に触れたら殺す!」
怒鳴りつけると大人しく引っ込んだ。さすがに殺す気は無いが、エルフの情けない姿を見せられると失望より先に苛立つ。みんな勇敢で誇り高く、とまでは望まないにしても捕まって売られそうになっているのは自分たちの同胞、それも幼い子供たちだろうにと腹が立つ。
「よし、そこで停止じゃ」
「天幕に流れ弾が行かんように頼む」
「わかっとる、そのためにこの進路を取ってもらったんじゃ」
「「「「おおおおおおおぉ‼︎」」」」
敵陣に横腹を向けて停車すると帝国軍から怒号が上がり、一斉に突進してくる。百五十を超える兵たちの立てる地響きがキャスパーの車体にまで伝わってきた。
「ミリアン、いけるか?」
「やります!」
PPShを構えた巫女さんが、狼狽えるばかりの村人を押しのけて窓際に立った。十歳そこそこの女児が凛とした動きで戦闘に参加するのを見て、村人のみならず命を救われた部族長までもが目を見張る。
「その意気じゃ、ミリアン。おぬしは、右に回り込んでくる盾持ち歩兵を頼めるかのう?」
「はい! だいじょうぶ、です!」
ミリアンは銃眼から銃身を突き出し、静かな闘志を漲らせて合図を待った。
「確実に倒すには四半哩じゃ。まずは全自動射撃で薙ぎ払い、その後に単射で仕留めるのじゃ」
「はい!」
接近する兵士たちはこちらが停止したことで楽な獲物とでも勘違いしているようだ。ニヤニヤと笑いを浮かべて徒党を組み、突進する速度を緩め始めた。
固まって棒立ちでは良い的だというのに。
「いまじゃ、射撃開始!」
「はい!」
撒き散らされる数百の弾丸は、一瞬で兵たちの命を奪い取る。何が起きたのか、自分がどうなったかも理解できないまま大半の兵士が崩れ落ちて動かなくなる。逃れられたものは、周囲を見渡し立ち竦んだまま狙い撃ちの的になった。
熱い薬莢が跳ね回るなか、後部コンパートメントではエルフたちが口を開け目を見張って硬直している。
「……な」
「なんだ、これは」
「ヨシュア、弾丸を頼む!」
「待ってろ、ほら」
銃座から伸びてきた手が箱入り弾帯をひっつかんで戻る。すぐにPKMの銃撃が再開され、逃げようと身を翻した遠方の兵士たちを打ち倒していった。
よろめきながら近付いてくる水兵の一団はキャスパーに決死の一撃を加えようとして、PPShの弾丸に撃ち抜かれた。
「ぜんめつ、です!」
「ようやったぞ、ミリアン!」
まだ攻撃を開始してから、一分も経っていない。俺はキャスパーを発進させ、ミルリルから聞いていた天幕の方向に向かう。平地いっぱいに転がっている兵士の死体を踏み潰さないようにハンドルを操るが、どうしても抜けられないところは止むを得ずそのまま進む。十トン越えの車体ではさしたるショックも感じられなかったが、気分の良いものではない。
「その先じゃ、白い天幕が並んでおる。そこの手前で停めてくれんか」
「了解」
突撃してきた以外にも、まだ兵士は残っている。天幕の周りにいるのは補給部隊なのか、武装が貧弱で統制が取れていない。文官じみた細身の中年男が、金切り声を上げながら兵士に突撃を命じていた。
「何をしている愚図ども、殺せ! いますぐ、あいつらを殺せ!」
ミルリルが放った銃弾が男の頭を弾き飛ばす。音からしてスター拳銃だろう。俺が車を停めると同時に、ミルリルはUZIを片手に走り出していた。
「ここにいろ。誰も動くな。外に出るな。ミリアンの指示には絶対に従え。勝手な真似をするなら殺す」
「「「は、はい」」」
「ミリアン、頼む」
「りょうかい、です」
俺はイサカのショットガンを持って、ミルリルの後を追う。天幕の前では既に戦闘が始まっていた。
正確にいうと、終わりかけていた。
「ミル!」
「こっちじゃ、九人おる!」
大型の天幕前には倒れた兵士の死体が二十ほど。どれも後頭部が弾けているので目玉撃ちの餌食になったのだろう。ミルリルの声は聞こえるが姿は見えない。
目の前に積み上げられた天幕内の物資を手当たり次第に収納でどける。箱の横にしゃがんでいるミルリルが見えた。
「ヨシュア、これを頼む」
彼女が揺すっているのは、見張り台の上でも見た粗末な木箱の檻だ。一辺一メートル強の箱ひとつに三人ずつ詰め込まれている。おまけに首輪と手枷足枷がひとまとめに檻の格子に繋がれて、屈んだ姿勢のまま身動きもできないでいる。格子は何という種類だか頑丈な木材で、成人男性でも素手では壊せそうにない。
「あのクズども……」
檻を収納して、首輪と枷を拘禁枷ごと外した。抱え上げた子供は憔悴しきって、ほとんど反応も見せない。
「しっかりせい、助けに来たぞ」
「……ぅ」
「よく頑張ったな。いま仲間のところに連れて行くからな」
自由の身になった子たちをキャスパーに運ぶ。ドアを開けるのが面倒なので天井に飛び、銃座の開口部から降ろして村人たちに受け取らせた。
「ミリアン、治癒魔法を頼む。奥にある水を与えてくれ」
「はい!」
また天幕に飛んで、救出した子供を連れてキャスパーに引き返す。何度か繰り返して、最後にミルリルと一緒に九人目を運んだところで、治療中のミリアンを呼び止める。
「残りは、どこかわかるか」
「……のこり?」
「最初、囚われているのは二十七名と聞いた。見張り台のところで十七、天幕で九。あとひとり、いるはずだ」
それで気付いたのか、ミリアンは意識を集中させるような仕草を見せた。
「はんのうが、とおい」
ミリアンの向いた北の方角には見渡す限り、敵陣らしきものはない。見えるのは、海上の……。
「おい、まさか」
「……ふねの、なか?」




