268:巨獣の行進
「部族長……って、それ何人?」
「五人じゃ。その前に、引き出された村人が十二人おる」
「無理じゃん」
運ベないよ、そんなに。俺の手は二本しかないし、ミルリルさんが機能拡張アタッチメントになってくれたって十七人はホールドできん。それで転移って、絶対どっかで二、三人落っことすわ。
俺は護衛の双子に渡したのと同じ滑車付複合素材弓を巫女さんたちにも持たせる。念のため水と食糧と毛布も置いて行く。
「ちょっと出掛けてくる。ひとり案内を頼めないか」
「わたし、いきます」
巫女さんのひとりが、すぐに名乗り出てくれた。名前は、ええと……そうか。
「ミリアン、だよね」
「はい、そうです」
ソルベシアの城壁に置かれた砲座跡で、兵士の死体に押し倒されていた子だ。巫女さんたちのなかでは比較的年長らしく、一番落ち着きがある。
「その調子じゃの。白装束の血の跡が消えるまでに、みなの顔も覚えるのじゃ」
バレてますな。同じ服着てたら多分、見分けつかない。エルフの顔って男女とも同じような美形だから、同年代が集まるとわかりにくいんだってば。
「ミリアン、治癒魔法は使えるか?」
「はい。けがにん、いたら、なおします」
「助かる。それじゃ、ミルリルと手を繋いで」
俺はふたりを連れて、崖際に向かう。ミリアンにはPPShと弾倉の入った携行袋を持たせる。それで荒事に巻き込まれるかもしれないとわかったのだろうが、動じる様子はない。やはり頼り甲斐がある子のようだ。
「よし、ミリアン。部族長が吊るされてるところの計十七人以外は、どこにいるかわかるか」
「みぎ、おくの、しろい、てんまく」
「……見えん。ミルリル?」
「いくつも天幕が集まっているところじゃな?」
「はい。そこに、うられる、こどもが、あつめられています」
思わず怒りが顔に出たのだろう、ミリアンが怯んだように後退る。
「ご、ごめん。ミリアンに怒ったわけじゃない。信じてくれ、絶対に、みんな助けるから」
「は、はい。だいじょうぶ、です」
呆れ半分のミルリルさんが、ミリアンを抱擁して落ち着かせてくれた。
「許せミリアン。この魔王陛下は、なんでか不幸な子供を見ると冷静でいられなくなるんじゃ」
それは否定しないけど、ミルリルさんも同じだと思うんですがね。
「おぬし見たところ、子供の頃に辛い思いをして育ったという風でもないがのう?」
まあ、そうね。郡山の婆ちゃんには可愛がられていたけど、両親も普通に良い親だった。
「子供の頃は幸せだったよ。だからさ、きっと」
「ぬ?」
「子供の間くらい、幸せであっても良いと思うんだよ。いや、そうあるべきだと思うから、不幸な子供を見ると許せない」
それで、わかった。自分がそうなった理由。全然、自覚してなかったけど。大人になって社畜になったことは、無意識に受け入れてたんだ。
うわー、それはそれで凹むわー。
「何を珍妙な顔をしておるんじゃ。行くぞヨシュア、ことは一刻を争う」
「あっ、ハイ」
俺はミルリルとミリアンを両手に抱えて、敵陣の真っ只中にある見張り台の近くまで飛んだ。そこでキャスパーを出すと女の子二人を後部ハッチから車内に入れ、自分は運転席に乗り込む。ミルリルは早くも銃座に着いて臨戦態勢になっていた。
「ミルリル、敵は」
「敵影なしじゃ。気付いた様子はないのう。しばらくは大丈夫そうじゃな」
できるだけ露呈しにくい遮蔽の陰を選んだが、キャスパーの巨体では見つかるのも時間の問題だろう。
いまのうちに、救出する。
「すぐ戻る。外で合図をしたら、後部ハッチを開けてくれ。ノックは三回」
トントトンと壁を叩いてミリアンに確認する。
「はい」
「それ以外は何があっても開けるな。PPShは持っているな、弾倉は」
「ごほん、あります。いつでも、うてます」
「上出来だ。ミルリル、行くぞ」
ドアをロックして銃座から屋根に上がる。
「いつでも良いぞ」
崖の上から確認した木製の見張り台のようなものは百メートルほど先にあるが、吊るされているという部族長たちの姿は陰になって見えない。
台の上に男が立ち、下に向かって何か怒鳴っている。がなる男から死角になるあたりに飛んで、台の上に積まれた箱の陰に隠れる。物資運搬用の箱かと思ったが、近くで見るとそれは粗末な作りの木製の檻だった。なかにはグッタリしたエルフがふたり詰め込まれていた。ひとりは若い女性、もうひとりは十代半ば。まだ王子と同じくらいの年齢だ。俺たちふたりが隣に現れても何の反応も見せない。
「……あやつら、殺す」
ミルリルさんの身体からブワッと真紅の霧のような闘気が吹き上げる。やめて、それ抑えて、見つかっちゃう……
「帝国に隔意なければ石を投げよ!」
台の上の男は、帝国の士官のようだった。居丈高な態度で、下に集められた者たちを怒鳴りつけていた。
「……そんな」
覗き込むと状況はすぐにわかった。水兵数十人に囲まれ、逃げ場をなくしたエルフが十数人。手に手に石を持たされ、台の前に吊るされた部族長たちに投げろと強制されているのだ。
「こやつらは、帝国軍に弓引く大罪人である! それを庇うというのであれば、貴様らも逆賊となる! 我らは映えある帝国臣民の義務として、村ごと焼き払わねばならん!」
「わかりやすいクズじゃの」
ミルリルさんが立ち上がって、真っ直ぐ男に近付く。もう隠れる気もなければ殺意を抑える気もない。
「なに、げぅッ⁉︎」
振り向きざまミルリルさんのアッパーカットをボディに食らって、士官らしき男は宙を舞う。五メートルほどある台座から転落して地面に叩きつけられるが、辛うじて死んではいない。監視に当たっていた水兵は、いきなり壇上に現れた俺たちを見て固まったまま動けずにいる。
パン、と銃声が鳴った。エルフたちの真ん中で仰向けに転がっていた士官の股間が爆ぜる。
「あ、ぁああああッ⁉︎」
男は甲高い悲鳴と鮮血を撒き散らかして転げ回るが、この緊急事態に対処できた水兵は半分もいない。曲刀や短剣や手槍を構えて踏み出したそいつらも股間を撃ち抜かれて転がる。
「無意味な、恫喝じゃの」
パン。悲鳴と血飛沫と、七転八倒の末の死。
「もう焼き払うものなどあるまいに」
パパパパン。転げ回る水兵たちは、周囲の生き残りに恐怖と絶望を蔓延させ、息絶える。
「のう?」
ミルリルは立ち竦んだままの兵士たちにUZIを向けて、動いた者が次の標的だと見せつける。兵士も村人も部族長も、誰もが、身動ぎひとつしない。
「どうしたんじゃ、何を驚いておる?」
しんと静まり返ったなかで、ミルリルの穏やかな声が響く。
「わらわは、そこのクズがいうておった通り、大罪人に石を投げただけじゃ」
要救助者は、吊るされた部族長が五人と、十二人の村人。敵は周りを取り巻く水兵が二十五人。あとは士官のクズが一匹。立っている兵士は、もう十三人しかいない。
「わらわの礫は……少々、痛いがのう?」
四十五口径のUZI用弾倉は二十二発入りだったはずだが、まだ半分も使っていない。全員を倒すには四発足りないが、彼女に選択肢はたっぷりある。
「「うわぁああ……!」」
武器を捨てて逃げようとした水兵を、ミルリルはスター拳銃で後ろから射抜く。温情なのか慈悲なのか、後頭部を撃ち抜かれた彼らはそのまま倒れて動かなくなった。
「おぬしら、部族長を助けよ」
エルフの村人たちにいって、ミルリルは上から吊るされていたロープを切る。下でキャッチされた部族長たちはひどい状態だが、ここで手当てをしている暇はない。北側と北東側で、異変に気付いた兵士たちが徒党を組んで向かってくるのが見えた。
「ミルリル、敵が二方向から来るぞ」
「正確には四方向じゃ」
振り返るとたしかに、南東と南西からも近付く一団があった。総勢二百は下らない。
「もう、おしまいだ」
怯んで動きを止める村人たちに、ミルリルは笑いかける。
「なに、あんなもんはすぐに蹴散らしてくれるわ。待っておれ、すぐに助けに来るでの。ヨシュア」
「わかった」
ミルリルが背中に乗ると同時に、壇上に置かれていた檻を収納。なかの女性と少年を抱えてキャスパーの屋根まで飛ぶ。
「まおう、へいか」
「行くぞ、後部ハッチを開ける準備!」
「はい!」
女性と少年を助手席に置いて、すぐエンジンを始動して車を出す。バックミラーに目をやると、南西からの一団は早くも数十メートル先まで迫ってきていた。
それも銃座からの掃射で瞬く間に殲滅される。
「良いぞ、前進じゃ!」
「おう!」
百メートルの距離を一瞬で走り抜け、台座の陰から現れたキャスパーの威容に村人たちが悲鳴を上げる。
「よし、みんな後ろから乗れ!」
「「「え?」」」
「急がんか、敵が来ておるぞ!」
「こちらです、いそいで!」
後部ハッチから顔を出したミリアンの姿で信用する気になったのか、村人たちは恐怖に硬直した顔で次々に乗り込んでくる。
「全員乗ったか⁉︎」
「じゅう、なな、います!」
「よし、ミリアン治癒魔法を頼む」
「はい!」
すぐに治療が始まったが、怪我人が多く人手が足りない。それで思い出した。
「誰か、治癒魔法が使えるものはいるか⁉︎」
「部族長が、使えましたが、いまは力を」
「これでいいか」
後部コンパートメントを振り返って、収納で拘禁枷剥ぎ取る。
「なッ⁉︎」
「ミリアン、部族長の治療を先に頼む」
「はい!」
「「「わああああぁッ!」」」
村人の悲鳴に目をやると、窓の外で数十の矢が降り注ぐところだった。
「うるさい、黙れ! こいつに矢は効かん!」
角度がきつかったのか軽い音を立てて弾かれ、窓には傷ひとつ付かない。それを見て村人たちはようやく口を噤んだ。
ミリアンの治癒魔法が一段落するまで、揺れないよう低速で走らせる。部族長の治療が済むと治癒魔導師が三人態勢になって作業がスムーズに行われ始めた。
「よし、少し速度を上げる。揺れるかもしれんから、そこらに座るかつかまるかしておけ」
北側から来る敵に向かって行くのを見て、村人のひとりがオズオズと声を掛けてきた。
「お、おい……逃げ、ないのか」
「笑わすでないぞ。わらわたちが、あのような下郎どもに尻尾を巻いて逃げるとでも思うておるのか」
銃座でPKM軽機関銃が掃射され、小銃弾が迫り来る敵を薙ぎ払う。木の盾や革鎧などは紙のように容易く撃ち抜かれ、無残な屍になって転がる。
「帝国軍に刃向かうなんて、アンタたち、いったい何が目的なんだ」
恐る恐る、といった感じで村人はミルリルに尋ねた。
「囚われた子供らを、迎えに行く。おぬしらは……いってみれば、ついでじゃ!」
銃座で叫んだミルリルさんの言葉に、村人はぶん殴られたような顔で息を呑んだ。




