267:囚われのエルフ
俺は崖から落下しながら位置を定め、坂を下っていた馬車の荷台に転移で飛ぶ。必死に蹲り子供を守ろうとしている女性と、彼女の前で倒れている男の子。
「泣ァぐ子は、いねがあァ!」
「「うわあぁあッ!」」
いきなり背後に現れた俺とミルリルに水兵たちが驚きとともに振り返る。こいつら走る馬車の荷台で何してやがった。四人と聞いていたが、赤子を入れてもひとり足りない。
「なんだ、お前ら! どっから現れた!?」
女性の胸元あたりで小さく赤子ふたりの泣く声が聞こえる。どうやら、無事のようだ。女性と男の子は不明。
「わらわの同胞らを泣かしたな」
「あ!?」
俺の懐から降りるなり鬼神化したドワーフ娘は、ひょいひょいと水兵四人を坂から下に放り投げる。弧を描いて落下して行く先は数十メートル下の地面だ。悲鳴が長く尾を引いて、すぐに静かになる。
それを見て御者台に座っていた水兵が逃げようとするがすぐに捕まって放り投げられる。
「ええい、止まれッ!」
吹き上げたミルリルの殺気に馬が棹立ちになりかけたが、そのままビタリと静止した。馬は知能が高く臆病で繊細な生き物のためパニックになると暴れるような話を聞いたが。
「動けば、次は、お前じゃ」
ビシッと直立不動のまま微動だにしない。その間に女性と男の子の状態を調べる。俺が近付くと女性はさらに強く子供を守って蹲る。
「助けに来たぞ、しっかりせい」
ミルリルが優しい声で語りかけると、女性は警戒しながら顔を上げた。
「……う、ウミ」
「海?」
「ウミルは、弟は」
俺が抱きかかえていた男の子を見て、彼女は顔色を変える。
「見たところ息も脈も安定してる。気絶しているだけだと思うけど、すぐ治癒魔導師のところに運ぶよ」
俺が伝えると女性は当惑したような顔になる。
「魔導師、ですか?」
「ああ、少しだけ目を瞑っていてもらえるかな」
「赤子が優先じゃ」
ミルリルが男の子と一緒に残ることを伝えてくる。
「すぐ戻る」
俺は赤子ごと女性を抱きかかえ、確保を再確認して崖上に飛ぶ。女性と赤子ふたりを巫女さんたちに渡すと、すぐに治癒魔法を掛けてくれた。
崖下に飛んでミルリルと目を覚ましたウミルを抱え、またすぐに戻ると女性は赤子ふたりを抱えたままこちらに向かってきた。
「ウミル!」
「……姉さん、ミアとメアは」
「無事よ。あなたのお陰」
事情を察したミルリルがウミルの頭をグリグリと撫で回す。
「こやつ、姉と甥姪を守ったか。男じゃのう!」
「あんた、誰?」
そらそうだ。いきなり自分とさして背の変わらん女の子から子供扱いされたらムッとするだろう。
「通りすがりの魔王夫妻じゃ」
「ま⁉︎」
「残り三十二じゃな。巫女の誰か、次の目標を教えてくれんかの」
「「「「あそこ」」」」
「集積所のような、あれか? いま馬が繋がれておる、青い旗の?」
「「「「そう。じょせい、ふたり」」」」
「ヨシュア、見えるか?」
「まあ、積まれた荷物と馬車はな。女性の位置は?」
「ここからでは見えんの。横にある天幕のようなもののなかかもしれん」
「その裏側に転移する。戦闘に備えて」
「了解じゃ」
いきなり距離は伸びて七百メートル近い。坂を下りきったところにある物資の集積所だ。水兵か輜重兵か知らんが、周囲には数頭の馬と五、六人の人影がある。
簡素な天幕の陰に飛んで、MAC10を装備する。静かに事を済ませようとしていた俺が振り返ると、ミルリルはズンズンと真っ直ぐ天幕に入ってゆくところだった。
「ちょッ、なにしてんの⁉︎」
「邪魔するぞ下郎ども。エルフの女子はどこじゃ!」
いきなりの臨戦態勢に、俺は頭を抱える。その声に警戒して曲刀を引き抜いた天幕前の水兵三人を射殺、物資の陰から駆け寄ってきた制服の兵士ふたりを続けざまに撃ち殺して、天幕に駆け込む。
「あ、あれ?」
「もう済んだのじゃ。帰るぞヨシュア」
水兵ふたりと制服の兵士ひとりが、土下座する姿勢で倒れていた。試しに収納をかけると、アッサリと消えた。
「彼女らを人質にして威そうとしよったのでな。ひっぱたいてやったわ」
はい。それで首の骨が折れたのですね。剛腕脳筋ガールズには、よくある話です。
ミルリルに抱えられて出てきたエルフの女性二人は片方が顔に痣があり、貫頭衣の胸元が引き裂かれたようになっている。
「無体な目に遭わされるところだったそうじゃ。なに、もう二度と怖い目には遭わんと約束するぞ」
「「……あなた、は」」
「なんというか、あれじゃ。ハイダル王子の雇われ兵士、みたいなもんじゃな。いま王子のところへ送るでな」
「なんか俺たち、訊かれるたびに違うこといってない?」
「それじゃ。なんぞ手っ取り早い表現はないもんかのう?」
ないよな、たぶん。俺たちの立場そのものが、結構いい加減なもんでしかないし。まあ、いいか。俺は兵士たちの死体と集積物資を丸ごと収納して、女性ふたりを抱える。
「少しだけ我慢してね。すぐに……うぉう⁉︎」
「どうしたんじゃ?」
俺の視線を辿って崖の上を見上げたミルリルと女性ふたりも揃って言葉を失う。
そこには、巨大な神木を中心に鬱蒼とした密林が広がっていた。
「「……“恵みの通貨”」」
「そうじゃ。ハイダル王子が、やらかしよった。あそこに送るでのう、そこでしばらく待っていてくれんか」
「待つ? 何をですか」
「仲間を連れ戻すんじゃ。あと残り……三十名か」
ひょいと背中に飛び乗ったミルリルが、俺の胸を叩いて出発進行の合図を送ってくる。
崖の上まで転移で飛んで、女性ふたりを巫女さんたちに引き継ぐ。
そして、次の目標は、と。
「「「「ななつ、ならんだ、てんまく」」」」
「少し遠いのう。見えるか、ヨシュア?」
「あれ、一キロ以上あるな。ボンヤリしか、わからん」
「「「「みぎから、ふたつめ。だんせい、さんにん」」」」
「ミルリル、留守番でいいか」
「れみんとん、出してくれたら良いぞ」
レミントンM700を出して、弾薬ごとミルリルに渡す。サイトのゼロインをしたのか、のじゃロリ先生は素早く数発撃って振り返る。
「これで大丈夫じゃ。戦闘になったら、支援してやるのでな」
転移で飛んだ先は、既に騒ぎが起きていた。腹を撃ち抜かれた士官らしき制服の兵士が転がり、その死体の周りで、兵士たちが剣や弓を持って全周警戒を行っていた。
支援してやるも何も、あなた。ゼロインで仕留めてますがな。
騒ぎを利用して指定されたふたつめの天幕に入る。鎖で繋がれボロボロになったエルフの男性ふたりが、エルフと思われる貫頭衣の少年に手当てを受けていた。俺を見て咄嗟に殴りかかろうとした少年の拳をキャッチする。
「お前!」
「しッ、静かに。ハイダル王子の依頼で、君らを助けに来た。動けるか」
「……王子は死んだ。騙そうとしたって」
男性ふたりの手枷と足枷、三人分の拘禁枷を剥ぎ取って放り出す。
「そこの、崖の上が見えるか」
ナイフで天幕を切り裂き、南西方向に見えている崖を指す。警戒しながらも少年は切り裂いた穴を覗き込み、そこに森が広がっているのを見て俺を振り返った。
「恵みの……なんだか?」
「ああ、“恵みの通貨”だ。君の世代じゃ知らんかもしれんが、王族だけが持つ力だと聞いている。一緒に来るならすぐに運ぶ」
断られてもぶん殴って運ぶけどな。
「……ああ、うん」
俺はグッタリした男性ふたりを両脇に抱え、天幕から外に出る。
「背中に負ぶされ。しっかり手を回して落ちないようにしろ」
「え?」
「いいから、早く!」
「おい、貴様!」
怒鳴りながらヨロヨロ歩いてりゃ見つかるわな。少年が俺の背中に乗ったところで、水兵の集団がこちらに駆けてくるのが見えた。横一列に並んで短剣や手槍を構えた彼らの胸元を貫いて銃弾が抜ける。
「「「‼︎」」」
あのスナイパー娘、一発で四人仕留めよった。
「行くぞ、しっかりつかまれよ!」
「うん!」
転移で空中に出て、崖の上に再転移する。ミルリルがライフルを下ろして笑みを浮かべていた。
「助かった」
「なに、軽いもんじゃ」
まだ少年は目を白黒させているが、説明は他のひとに任せよう。受け取ったレミントンを収納すると、ミルリルが背中に飛び乗ってきた。
「さて、残り二十七名じゃ。魔力に問題はないかのう?」
「まだまだ行ける」
「横に広い見張り台のようなものがわかるか? ふたつの道が交差する辺りじゃ」
「ああ、ええと……うん」
あれ、二キロくらいないか? 俺の視力では、ほとんど“茶色い長方形の何か”でしかない。
「あそこに、囚われているのか?」
「少し違うのう」
ミルリルの声は、怒りで低く淀んだ。
「ソルベシアの集落から集められた部族長が、見せしめに吊るされておるのじゃ。この地の民から反抗の意思を削ぐためにの」




