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【完結&書籍化】スキル『市場』で異世界から繋がったのは地球のブラックマーケットでした  作者: 石和¥
6:灼熱のソルベシア

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266/422

266:広がる森

「妃陛下、お待ちください」

「……そうじゃの、おぬしらが付けるべき始末かも知れん」

 王子の制止に、ミルリルは射撃を中止した。キャスパーを降りたハイダル王子に寄り添い、護衛の双子がPPShを構える。

 カイエンホルトのときは手を貸したが、雑兵相手に拳銃弾で仕留められないということもなかろう。

 キャスパーの威容に当惑していた水兵たちも、降りてきたのが子供たちだと見て、手に手に短剣や手槍を持ちニヤニヤと下卑た顔で近付いてくる。

「なんだァ? 頭の足りないガキが、わざわざ戻ってきやがったか」

「ほぉ、魔族の女か。まだ育ち切ってねェようだが、それなりに……」

 サブマシンガンから撃ち出された拳銃弾が情欲に歪んだ水兵たちの頭を貫く。何が起きたのかもわからないまま五、六人の男たちが崩れ落ちた。

「「……頭の足りないのは、お前たちだ。下衆が」」

「なッ⁉︎」

「敵襲、魔導師だ!」

 略奪と陵辱に勤しんでいた水兵たちが集まってくるが、銃への対抗能力がないことは理解できていない。

「殺せッ!」

「相手は三人だ、回り込んで……ぶッ」

 抵抗どころか接近もできないまま、水兵たちは次々に撃ち倒されて骸の山が築かれて行く。崩れた家屋の陰、両脇を盾で守られた士官らしき制服の男が弓持ちの水兵に攻撃を命じているのが見えた。

 弓を引きかけたところで水兵は異変に気付く。家の壁を突き抜けて絡み付いたツタに拘束され放たれた矢は盾持ちの兵に刺さる。既に王子が“恵みの通貨”を発動させていたのだ。傍に折り重なっていた死体の山から膨れ上がった樹木に周囲の兵たちが呑み込まれ、悲鳴も上げる間もなく胴体を貫かれ四肢を引き千切られて緑の粒子に変わる。

 驚愕の表情で固まった士官は、広がる枝に腹を抉られて上空高く持ち上げられて行く。

「あ、あああぁ……あッ」

 十数メートルまで跳ね上がった男の身体はそこで爆散するように緑の粒子へと変わる。村のあちこちで同時発生的に屹立する樹木は、ワサワサと枝を伸ばし下生えを広げながら逃げ惑う水兵の集団を絡め取って養分に変えた。王子の力が、たちまち窪地を密林に変貌させて行った。

「何度見ても、凄まじいもんじゃのう……」

 ほんの数分で、窪地に動くものは侵食を続ける植物だけになっていた。

「お待たせしました、魔王陛下、妃陛下」

 待つというほどの時間ではなかったが、車内に戻った王子たち三人に俺は頷いてキャスパーを発進させる。

「ヨシュア、その先の小道に向かうのじゃ」

「了解」

 集落から北東に向かう小道を、慎重に進む。

 岩山の北東側は谷になっていて、高低差はあるがグネグネと切り返しながら遮蔽の多い隘路が続く。攻め込むに固く守りに向いた、天然の塹壕のようだ。

「村の連中が寡兵で持ち堪えられたのは、この地の利かのう」

「はい。それでも数の力に潰されたのでしょう」

 最後まで命懸けで戦い、数十名を逃すのが精一杯だったようだ。村に攻め込まれたときの遅滞戦闘の跡か、谷間には矢が突き立てられた木の盾や壊れた馬車など戦闘の痕跡は残っている。死体はない。

「あの村の規模からすると、死体と生存者が少ないです。それに、敵の死体も」

「馬車の轍が重なっていて深いのじゃ、何度も重いものを運んでおる」

 帝国軍は、仲間の死体を運び下ろしたか。それに……

「「「「おんな、こども、つかまってる」」」」

 そういうことになるよな。最後まで胸糞悪い連中だ。

 渓谷を逆側に抜けると、視界が開けた。数キロ四方のなだらかな傾斜が続いている。ここでは谷間に攻め込む帝国軍とエルフたちの戦闘があったらしく、あちこちに馬車の残骸と放り出された敵味方の死体が転がっていた。

「そのまま前進じゃ、敵影は見当たらん。王子、森を作るのは待て、救出が先じゃ」

「わかっています」

「ヨシュア、右の岩のところから降りられそうじゃ」

「了解、ちょっと待ってろ」

 平地の先まで行くと、少し手前でいったん停車する。キャスパーのサイズはバスよりデカいし重量も十トンを超える。坂道となれば通過できるだけの強度と幅があるかを確認する必要があるのだ。

 平地の端は岩肌が剥き出しの崖になっていた。見下ろすと、高低差は二百メートルほど。ミルリルのいっていた岩の横に、下へと続く坂が見える。斜面にへばりつくような九十九折。その斜面の傾斜が坂というより崖なのだ。幅と路肩はキャスパーでも行ける、かもしれんがハンドル操作をミスったら真っ逆さまだ。

 あ、待て。真っ直ぐは行けても、折り返しでスイッチバックでもしないと戻れないんじゃねえか。

「どうじゃ」

「無理だな。無用な危険を冒すくらいなら収納と転移で運ぶ」

 俺の横まで来て崖から下を覗き込んだミルリルが、頷く。

「おお、それが良いようじゃの。ほれ」

「ほれ、といわれても」

 ミルリルの指すものを、俺は収納から出した双眼鏡で確認する。斜面の下の方に、馬車と馬と人間の残骸がいくつも(・・・・)転がっていた。どうやら九十九折の折り返しで、実際に落ちたらしい。双眼鏡でもなければ視認できない距離、というのもあるが、そもそも何なのかもわからないくらいにクシャクシャになっている。

 やはり車で降りるのはナシだ。帝国軍、頭おかしい。

「ヨシュア、先ほど見えた煙はあれのようじゃの」

 双眼鏡を使って、ようやく遥か彼方にある海岸線が目に入ってきた。煙の発生源と、その原因もだ。

 海までは目算で十キロほどだろうか。崖をショートカットしたら、という条件付きだが王子から聞いていた概算距離よりはずいぶん近い。そこには大小の船が十隻ほど停泊して、海岸に小型の手漕ぎ舟を送り込んでいた。小さな森や林が点在して、そこから煙が上がっている。そこから何やら運び出している馬車や人間の姿があった。

「王子、奥のは帝国の船か?」

「はい、帝国海軍の艦艇です」

 主力は大型の帆船だ。共和国で見た巡洋砲艦に似ているが、武装までは視認できない。王子も海軍の装備まで把握してはいないようだが、せいぜいが投石砲と遠雷砲だろう。

 ミルリルによると、視界に入る限りの森やオアシスや集落には兵たちが配置され、海との間を馬や荷馬車が行き交っているのだとか。俺には双眼鏡を使っても大小の粒々にしか見えんけれども。

 移動ルートの重なる地点にあるゴチャッとした何かは、略奪物資の集積地と橋頭堡らしきバリケードのようだ。スムーズでシスティマティックなロジスティックか。略奪なのに。

「あやつら、ずいぶん整然と動いておるの。わらわたちの追撃を命じられたのとは、別口か?」

「帝国海軍は、カイエンホルトの指揮下にありません。本国の部隊ですから」

「偽魔王の手下は、違うのじゃな。そういえば王子、辺境国に配置されるのは帝国の人間ではないといっておったのう?」

「ええ、占領地の出身者です」

 侵略を受けた被害者が侵略に加担して、自分たちを虐げた奴らと同じ加害者に回るか。

 元いた世界にもあった。奴隷の鎖に軽重を付けるとでもいうのか、弱者の悪意や鬱憤をさらなる弱者に向けさせる。占領者や統治者が敵意を自分たちから逸らすために使う手だ。本当に、胸糞悪い連中だな。

 銃座を降りてきたミルリルは、後部コンパートメントで巫女さんたちに尋ねた。

「ソルベシアの民が囚われている位置はわかるかの」

「「この数と、戦う気か?」」

「無論じゃ。囚われの民は何人おる」

「「無謀過ぎる」」

 安全な装甲車のなかから一方的に殺すだけならともかく、敵陣に踏み込んで皆を救うとなると俺たちの力を持ってしても無駄な危険を冒すことには、なる。

「何人かと、訊いておる」

 双子の意見を無視して、ミルリルは巫女さんたちに向き合った。

「「「「……さ、さんじゅう、ろく」」」」

 これだけの状況で意外に少ないと見るべきか、しかし見殺しにするには多過ぎる。

「ヨシュア、魔王陛下のご意見を伺いたいのじゃ」

 海岸線まで、最短なら十キロ前後。狭い坂を使って崖を降り岩場を抜けて帝国軍の陣地を縦断し、戦闘を繰り返しながらいくつも難所を超えて到達するためには膨大な時間と手間と危険を強いられるが、脱出するだけなら転移ですぐに行ける。

「逃げるだけなら、簡単だな」

「「だったら」」

「そう、だったら(・・・・)、だ。そんな損得勘定が出来るんなら、俺たちァ最初からこんなトコにいねえんだよ」

「「……」」

 正直、もうウンザリだ。多少チマチマ削ったところで、俺たちがいなくなったら、敵はまた沸いてくるんだろ。王子と七人の巫女だけ連れ出したって、置いてきたソルベシアの民を気に病みながらで幸せになんてなれるかよ。

「たかがこれしきの雑兵(ザコ)相手に、魔王が逃げるってか。笑わせんじゃねえよ」

 俺が睨み付けると、双子は怯んで後退りする。似合わんオッサンのドヤ顔にドン引きしただけかもしれんが、知らん。

「予想通りの荒事続きじゃの」

「まあ、お手軽な討伐行になるとは思ってなかったけど、ここまでとはな」

 固まっている子供エルフたちを振り返って、命じた。

「全員降車! 囚われの民を救出する。巫女さんたちは崖の上で捕まった仲間の位置を教えろ。フェルとエアルは王子の護衛と監視!」

「「監視?」」

「間違っても阿呆な暴走をさせるな。ここで森を作って、救出者の手当てでもしとけ」

 PKM軽機関銃とPPShサブマシンガンをキャスパーごと収納し、代わりに滑車付複合素材弓(コンパウンドボウ)を置いて行く。

「これで身を守るくらいはできるだろうな?」

「「無論だ」」

「ヨシュア、準備よしじゃ」

 あらミルリルさん、意外と軽装。なんて思ってしまうあたりが麻痺してんのかもな。いつものUZIにスターにアラスカン。肩から斜めにM79と完全装備だ。携行袋が軽めなのは往復する前提だからだろう。俺もさすがに、三十何人を一気には運べない。

「位置を教えよ。優先順位は任せるが、できれば幼い方からじゃ」

「「「「ばしゃの、なか、よにん」」」」

 坂を下って行く荷馬車の荷台、巫女のひとりが指差すそこに人影らしきものはあるが、そんなにたくさん乗ってるようには見えない。距離は二百メートルほど。水兵と思われる男が五人ほどいるが、その他はせいぜいひとりかふたりでは……?

「歳の頃は」

「「「「にじゅう、だい……と、あかご」」」」

 俺はミルリルをひっつかんで、崖から身を投げた。


 あいつら、絶対殺す。

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