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【完結&書籍化】スキル『市場』で異世界から繋がったのは地球のブラックマーケットでした  作者: 石和¥
1:追われる贄と夢の欠片

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26:密かな戦端

 ――妙じゃの。


 わらわは、逃げてゆくミルカの後を追いかけながら、密かに警戒を強めていた。

 ケースマイアン城壁の隙間をすり抜けた彼女は、弧を描く緩い下り坂を駆け降りると、北側に折れて暗黒の森に入ってゆく。昼なお暗く魔獣が徘徊する危険な森。大人のエルフとて単身では入らないそこに、ミルカは迷いもなく踏み込んだ。振り返ることなく走り続けるその足は疲れも迷いも見せず、油断すると見失ってしまいそうなほどだ。

 身軽で森に慣れたとはいえ、たかがエルフの少女、ただの(・・・)ドワーフ(・・・・)ならともかく、わらわに追いつけぬはずはない、のだが。


「……やはりこれは、厄介ごとのようじゃのう」


 誘われているのは明白。問題はその正体と、目的じゃ。気を抜けばおそらく、ヨシュアの元には戻れぬようになる。

 わらわは身に着けた力を解放すると、身を低くして下生えを縫うように移動し始めた。


 気配を辿って進むこと半(ミレ)ほど。ミルカが誰かと話しているのが見えた。察知されぬよう木陰を迂回して、顔が確認できるところまで回り込む。どうやらそれは、人間。それも、魔導師のようだ。隠蔽と抑制で体表面にまで露出してはいないが、かなりの魔力量を持っているのがわかる。


「マイネル母様、亜人どもの配置と武装は残らず調べて記してあります」

「よくやったわ、ミルカ。それでこそ、わたしの愛しい娘」

「はい、ここに」


 ミルカから紙を受け取った魔導師は、中年の女だ。彼女を見るミルカの目は信頼と敬愛に満ちていて、わらわにはそれがひどく痛ましいものに思えた。

 さらに近付くべきかと迷うが、その時点でもう手遅れだった。四半(ミレ)ほどの距離を置いたというのに、女魔導師はこちらを振り向いて笑う。

 察知(ウォッチ)索敵(サーチ)か。いずれにせよ、魔術の行使は向こうが一枚上手だったようじゃ。


「出てきなさいよ、おチビちゃん。いつまでも隠れているつもりなら、森ごと焼き払っても良いんだけど?」


 逃げ隠れしても仕方があるまい。わらわは覚悟を決め、木陰から出てふたりに姿を見せる。

 “うーじ”の有効射程までは、あと1/8(ミレ)。いまでも弾丸は届くが、発射速度と集弾性からしてミルカにも当たる可能性が高い。


「ふむ、さすがじゃな。上手く尾けてきてやったつもりだったんじゃが」


「笑わせるわ。ドワーフ(チビ)が気配を殺したくらいで、フォレストエルフ相手に森で隠れられるとでも思ったの?」


 ひとが変わったような憎々しげな表情で睨みつけてくるミルカに、わらわは腕を組んで首を傾げる。

 こちらの肩から下げられた物がなんなのか、わかっているのかいないのか。ミルカも女魔導師も、なぜか警戒する様子はない。

 ヨシュアが銃で騎兵を屠ったのはミルカも見ておる。当然“うーじ”もその武器と同一線上のものと、認識はして当然のはずなのじゃが。

 まあ、おかしな話ではあるが、敵が無防備なままでいてくれるならそれに越したことはないわ。


「……フォレストエルフ? ああ、お前は北方エルフ(ノルド)か。まだ生き残りがおったとはの」

「生き残りがいて残念だったわね。南方エルフ(スッド)と馴れ合う愚鈍な亜人どもが、短命種(猿もどき)の炎で焼かれればいい」


 これまた、おかしな話じゃ。頭が固く選民意識の強いエルフのなかでも、特に極端なものが北方エルフ。他種族どころか同じエルフとも交わろうとしない。

 そこまではわかるが、人間と……見たところ王国の魔導師と共闘する理由にはならん気がする。だいいち、いまの“猿もどき”という表現は、人間に対する蔑称ではないのか?


「ミルカ、もしやおぬし……」

「馴れ馴れしく、うちの名を呼ぶなッ!」


 問答無用、とばかりにミルカが短弓を、女魔導師が魔術短杖(ワンド)をこちらに向ける。まだいささか距離はあるが、躊躇っている場合ではなかろう。肩掛けの布帯をするりと滑らせ、わらわは“うーじ”を抱え込むようにしてふたりに向けた。

 銃口を向けられたというのにも関わらず、彼らはこちらを見て蔑んだ笑みを浮かべるだけだ。


「そいつの報告は聞いている。おい、出ろ」


 彼女の声に、周囲の茂みから甲冑姿の兵士たちが一斉に立ち上がる。

 全部で10と3名、重装歩兵のような重甲冑装備でありながら魔導師でもあるようで、誰もが手には剣ではなく魔術短杖(ワンド)を構えている。どうやら魔法で気配を殺し、姿も隠していたらしい。


 まだ開戦には間があると油断しておったな。敵は南部の平野からのみ来るものと思えば、ずいぶんと多くの敵軍に、背後まで回り込まれていたものじゃ。


「お前は、もう終わりだ。そいつは、解析のためにもらっておく」

「あ?」


 この腐れババアは、なにを(たわ)けたことを抜かしおるか。UZI(これ)はヨシュアからもらった大事な宝物じゃ。敵にくれてやる義理などないわ。貴様にくれてやるのは鉛の弾丸だけじゃ。

 思っていたことが口を突いて出たらしい。女魔導師の顔が憤怒で赤黒く染まった。


「愚かな亜人め! 宮廷魔導師の前で、そんな魔道具が使えるなどと思ったかッ!」


 包囲を詰めようとする重装魔導師の中心で、女魔導師が懐から出したのは、見慣れない何かの札。

 魔力を充填するとそれが赤く輝きを放った。見たところ、魔道具を起動停止させる呪具のようじゃ。

 魔道具……?


「ああ、そうか。すまんのう……」


 半自動(セミオート)で発射された45口径弾が女魔導師の腹と胸を穿ち、反動を制御するまま跳ね挙げた銃口から発射された3発目が、唖然とした女の頭を撃ち抜いて粉砕する。


「これは魔道具ではないのじゃ」


 湿った音を上げて魔導師が倒れると、甲冑姿の部下どもが硬直し、ミルカの肢体が短弓を構えたまま震え始めた。引き絞っていた弦が緩められ、矢がポトリと地面に落ちる。目が泳ぎ、膝が戦慄いてよろめく。


「……あ、……うち、……なんで」

「ふぅむ。やはり、あの性悪魔導師に操られていたのじゃろうな。おぬしは……」


 あの女魔導師が北方エルフの同胞、いや自らの母親にでも見えていたのであろう。下衆な者どもが考えそうなことじゃ。


「おのれッ、この半畜(ケダモノ)どもが!」


 周囲の魔導師たちは我に返り、それぞれに攻撃魔法を唱え始めた。心が壊れかけておるのか、ふらふらと揺れ歩くミルカに、わらわは突進して無理やり引きずり倒す。

 魔法が放たれる直前、連射(フルオート)に切り替えた“うーじ”を取り囲んだ敵に向けて掃射する。火花と金属音、悲鳴と怒号が上がり、魔術短杖(ワンド)から放たれた炎の矢が逸れて森を焼く。さらに氷の槍が、わらわたちを掠めて地面に突き立った。保険として掛けておいた魔導障壁の効果じゃ。逸らされなければ串刺しになっておったな。

 わずかな間をおいて、重い甲冑の兵たちが次々と崩れ落ちる。

 ミルカに覆い被さるようにして頭を下げさせ、弾倉を交換しながら生き残った敵の反応を探る。茫然自失のミルカは弱々しく呻くだけでさしたる抵抗を見せんが、ほぼ同じ体格の彼女を守りながら戦うのは荷が重い。

 右後方に単射で2発、左前方に2発、木陰の草むらに2発。音と気配を頼りに撃ち込むと、倒れたままもがく音がして、周囲はすぐに静かになる。


「……ふむ。ヨシュアのいう通りじゃ。ふるめたる……なんだかというタマは、王国軍の重甲冑をも穿(うが)つのじゃな」

「ふんッ、亜人風情が小生意気な技を!」


 まだ敵が残っていたのかと、わらわはうんざりしながら声のした方を見やる。

 面倒なことに、出てきたのは全身を隠す塔状大盾(タワーシールド)を持った巨漢の甲冑兵士だった。


「ふぉおおおぉ……ッ!」


 大男の気迫とともに、盾の正面で浮かび上がった防御魔法陣が禍々しい光を放つ。

 単なる重装魔導師、ではないようじゃ。味方が次々に倒され続ける様を見ておきながら、最後まで出てこない姑息さも含めて、こやつは侮れぬ。

 試しに放った45口径弾は、盾の前で小さく火花を散らして弾かれる。


「その魔道具、やはり物理攻撃か。だが、この聖盾オルニテナウスの前では、なんの効果もないぞ。王国に弓引く蛮族どもめ、手足を切り刻み、生きたまま焼き払ってくれる、わぅぐッ」


 カパカパンと甲高い音がして、巨大な盾を構えたままの兵士が前のめりに倒れる。後頭部を撃たれた兵士の頭は、鉄兜のなかで挽肉のように粉砕されていた。その背後で、“だぶるばれる”を手にしたヨシュアの姿が現れる。


「お待ッ……、た、せッ、ミル……ッ! 無事か!?」


 どれほど必死に駆けてきたのか、ぜいぜいと肩で息をしている。

 それは、わらわのことを案じて、か?


「む、無論じゃ、ヨシュア。わらわを誰だと思うておる?」


 思わず胸の奥が熱くなるのを感じて、わらわは戸惑う。意識せぬようにしようと思えば思うほど、頬が熱くなり胸が苦しくなる。おかしな話じゃ。これでは、まるで……


 わらわの方が、焼けた銃弾でも撃ち込まれた様じゃ。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 「魔導障壁」これは詠唱での展開を意味するのでしょうか。 スクロール使用の描写が見当たらないのが、少し残念でしょう。
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