259:近付く脅威と彼らの決意
「「「「「「「みな、ごろし?」」」」」」」
「そうじゃ。安全なキャスパーのなかで敵を蹂躙するだけの簡単なお仕事じゃ」
ミルリルさん、どこで覚えたんだ、そんなセリフ。リンコか。
のじゃロリさんは自信満々でフンスと胸を張るが、まだ巫女さんたちは目が泳いでいる。王子たちも、たぶん半信半疑ではあるのだろうが立場上、もう覚悟は決まっているようだ。部外者の俺たちに任せて、当事者が逃げるわけにもいかん。
「「「「「「そんな、わけ、ない」」」」」」
彼女たちの視線の先、ミルリルの背後から現在進行形で攻め寄せる敵は、いかに減らしたといっても万を下らない。視界いっぱいに大地を埋めるそれが、着々と近付いてきているのだ。安全安泰なんて感想にはならない。
「残酷なことをいうようですまんがの」
ミルリルは静かな表情で、巫女さんたちの顔を見渡す。
「おぬしらは、数刻前まであそこに居ったんじゃ。こちらがどう対処したにせよ、いまごろ死んでおったであろう」
「「「「「「‼」」」」」」
「いま、ここにいるのは、王子の願いに応えたわらわたちの意思じゃ。感謝せいとはいわんが、無駄に捨てるのだけは堪えてくれんか」
「妃陛下!」
王子の声に振り返ると、巨大カイエンホルトが足元の何かをつかんでいた。馬車か岩か砲台か、質量のある物をこちらに投げようとしているのだろう。距離は一キロメートル以上あるように見えるが……
「ヨシュア」
「任せろ」
俺はRPG-7を数本抱えて離れ、後方を確認すると腕を狙って立て続けに発射した。二発は外れて後方に飛び去ったが、一発は肩口に当たって砂を撒き散らす。腕はズルリと落ちかけるものの、周囲の砂で補完されて元に戻る。
「ミル」
「いまので十分じゃ」
その間にミルリルはKPVに取り付いて射撃を開始していた。装填済みの弾薬は焼夷徹甲弾で、砂はともかく投げようとしている何かには効果があるはずだ。着弾した14.5×114ミリ弾は巨大カイエンホルトが持っていた馬車のような物を粉砕し、それは炎上しながらバラバラと落ちて地面に炎を広げた。流れ弾がどうなったかは知らんが、後方に着弾したら無事では済むまい。
「あやつ、デカいだけの阿呆じゃな」
笑いながら振り返ると、巫女たちは涙目になりながらも手を取り合って立っていた。怯えていることに変わりはないが、もう逃げ道を探してはいない。
ミルリルは可愛らしく小首を傾げて、巫女さんたちを見た。
「おぬしらも、聞いておるはずじゃ。オアシスの北にはソルベシアの民が隠れ住んでおる。彼らを巻き込まんためには、逃げるわけにはいかん。ここで、仕留めるしかないんじゃ」
巫女さんたちが、頷く。
「さあ、行くぞ。震えて待ったところで奇跡など起きん。戦う以外に、逃げ道などどこにもないのじゃ」
ミルリルさんの身体から、真紅の焔がゆらゆらと立ち昇る。
最近、気付いたんだけど、これ闘気だね。視認できるくらいに濃くなったのは奇跡の職人が作った指輪のおかげなのかもしれんけど。
輝く焔を身に纏いながらも、ミルリルは優しい笑みを浮かべる。
「戦う意思を捨てぬ限り、わらわたちは、おぬしらとともにある。たとえ何が起きようとも、最後まで、おぬしらの傍におる」
「「「「「「はい」」」」」」
「良い子じゃの」
ミルリルさんは朗らかに笑う。あなたは、なんでそんなに冷静なのですか。
「なに、心配ないぞ。後は我らが魔王陛下が、どうにかしてくれるのじゃ」
「ちょっと!?」
「冗談じゃ。おぬしに何もかも押し付けようとは思わん」
まあ、ずっと一緒に戦ってきて、ミルリルはむしろ常に俺より前に出てたもんな。他人任せにしないという意味では、有言実行を地で行くタイプだ。他人に任せられない俺とは似ているようで全然違う。
◇ ◇
「死ねば首を晒される? なんでそんな話になったんだ」
乗り込んだキャスパーの車内で、俺は王子から巫女たちの怯えた理由を聞いた。
「「ソルベシアの親衛部隊が、そうされたから」」
双子の言葉は簡潔だった。ソルベシアの王族を逃がすために、ソルベシア最精鋭である親衛部隊が帝国軍に対して攻勢を掛けた。万に届かんとする敵の軍勢に対し、四十人の戦士が死力を尽くして戦った。
そして敗れ、市中に首を晒されたそうだ。
「「王都で生き残った者たちは毎日、その首が腐ってゆくさまを見せつけられた」」
侵略者である帝国軍が、被征服者の反抗意思を削ぐ手か。子供がそんなもの見せられたら怯えるわな。自分たちもそうされるとなったら死を恐れるのもわかる。ミルリルさんは、動じていないようだけど。
「ミルは、怖くないの?」
「まったく怖くないといえば嘘になるがの。死んだ後のことなど、生きておる内にはどうにもできんではないか。であれば、考えても仕方がない。死んでから考えれば良いのじゃ」
王子が、泣き笑いの顔で首を振る。
「戦士のひとりが、死ぬ前に同じことをいってました」
「うむ。天晴な心意気じゃ。そやつは、さぞ勇敢に戦ったのであろうな」
「はい。ですが彼らは、ぼくを逃がすためだけに死んだのです。その結果が、これとは」
「馬鹿をいうでないぞ。王子は生きて、ここに居る。その勇士は立派に、見事に役目を果たしたのじゃ」
「……はい」
王子は、悔しそうに俯く。
「良き臣を持ったのう。今度は、おぬしが務めを果たす番じゃ」
顔を上げたハイダル王子は、俺とミルリルを静かに見返す。覚悟を決めたのか、表情から子供らしい柔らかさが消えた。
「カイエンホルトに殺された四十の忠臣、誰もが一騎当千の古強者でした。彼らの武勲に報いなければ、王族として生きる資格はありません」
「それでは、四万じゃの」
「え?」
「一騎当千が四十、それだけ敵を屠って、ようやく五分じゃ」
そういう単純計算ではないと思うんですけどね。しかし、目に見える目標を得て気が楽になったのか、王子は頷いて笑った。
「務めは果たしてみせます、必ず」
「その意気じゃ。先に二万ほどは、うちの魔王陛下が食い散らかしてしまったかもしれんがの」
いや、それミルリルさんでしょうよ。




