258:押し寄せる悪意
ズルリと身体を持ち上げたそれは、人間の形になってこちらに向かってくる。歩みを進めるたびに、足元で人や馬や馬車が砕け、潰れ、吹き飛ばされているのがわかる。俺たちが見たあの配置密度では逃げることもできないだろう。
「魔王……かどうかはともかく、あの身体はゴーレムなのかのう?」
だとしたら、随分と大きい。距離があるのでハッキリしないが、概算で優に三十メートル以上はあるように見える。
近付いてくるにつれて、俺の視力でもディテールがわかるようになってきた。スケールがおかしいものの、姿は玉座で見たあの中年男だ。ゲンナリして巫女さんズを振り返る。
「もしかして、カイエンホルトの魔法で、あれが作られているのではなく……」
「「「「そう、あれが、かいえんほると」」」」
「待て待て、おかしいだろ? ちゃんと撃ち殺したはずだぞ⁉︎」
いや、仮に生きてたとしても、あんな化け物になるのはおかしいけどさ。
「安心せい、ヨシュア。偽魔王はキッチリ死んでおるわ。なんぞ邪法でも使うて、蘇りよっただけじゃ」
「余計悪いわ!」
というか、最悪だ。あんなもん、どうやって倒せばいいんだ⁉︎
睥睨するかのごとく、緩慢に足を進める巨大カイエンホルト。蜂の巣になって死んだ中年男の意思がどれほど残されているのかはわからないが、あのデカブツの意思はひとつだけ、俺たちの虐殺。それは明らかだった。
ゆっくりとだが着実に進んでくる大軍。前進を告げる銅鑼や太鼓の音が、こちらにも届き始める。地平線まで視界を埋める数万の大軍が足音は、地響きのように轟いている。
恐怖と絶望が、俺たちを竦ませる。王子と巫女たちは顔色を失くして呆然と見つめる。護衛の双子も身構えるだけで動きはないし、それをいったら俺も似たようなものだろう。押し包まれて殺される未来しか見えない。ケースマイアンでの戦いも状況は絶望的だったが、今回は友軍が完全な素人を含む十名の子供だけ。おまけに城塞も城壁も馬防柵も機関銃座も、準備する時間もなしだ。
「「「……そんな」」」
地を埋め尽くすようにじりじりと向かってくる軍勢を見て、巫女たちの足が震え始めた。次々にしゃがみ込むと、悲鳴のような祈りの言葉を漏らす。必死に合わせた両手から、銃が砂に落ちる。
「「「……むり」」」
「「しん、じゃう、にげ……ない、と」」
逃げる先を探してか、巫女たちは必死で周囲を見渡す。子供の足では逃げたところで無意味だ。馬もラクダもない彼女たちに砂の海を渡る術はない。それより何より、王子を置いては逃げられないと思い直すが、それでも生きたいと本能が逃避を強いる。そんなところだろう。
「大丈夫じゃ、必ず勝てるのじゃ。わらわたちの、皆の力を信じよ」
「「「むり、ぜったい」」」
「「「「できない、みんな、ここで」」」」
「しぬ」
巫女たちが途中で止めた言葉をひとりがポツリと呟き、彼女は自ら吐いた言葉の重さに怯む。
ミルリルは怒らず、慈しみのこもった顔で笑っている。蹲ってしゃくり上げる巫女たちの背中を優しく擦る。その姿に、護衛の双子と王子が困惑しているのがわかった。
そうだよね。同じ経験を共有してないと、ちょっと理解できんかも。
叱責しようとでもいうのか、足を踏み出した双子の護衛をミルリルが手振りで止める。
「「なぜ、叱らない」」
護衛の双子が、不満そうに尋ねる。
「何を叱るというのじゃ? 弱音を吐いたことをか? 武器を手放したことをか? 勝利を疑い王子の面目を失わせたことをか?」
「「「「「「「ごめん、なさい」」」」」」」
「いいや、気にするでない。あれだけの大軍を見れば、怖いのも逃げたいのも当たり前じゃ。わらわたちが何者かも知らんで勝利が信じられんのもわかるし、いきなり死ぬ気で戦う覚悟を持てなど、そんなもの無理に決まっておる」
そうだ。弱気になったからって、責められるわけがない。
「ケースマイアンでの、わらわたちも同じだったのじゃ。屈強な獣人やエルフやドワーフが、震えをごまかすのに動き回っての。どいつも泣き叫びそうになるのを隠すために、馬鹿みたいに笑っておったわ」
そうだ。何度も何度も死を覚悟した。逃げることを考えなかったのは、単に逃げる先がなかっただけだ。不安や恐怖や自分が死ぬ未来を考えなくてもいいくらいに、ずっと手足を動かし口や頭を動かし続けて思考停止状態にしてた。それに、傍らにはずっと多くの仲間がいたし、守らなければいけない子供たちも見えるところにいた。大人が泣き叫んで弱音を吐くわけにはいかなかった。
それが彼女たちには、ないんだ。頼るものも縋るものも崩れそうな自分を支えるものも、なにも。
そもそも巫女さんたち自身が子供だ。日本でいえば、まだ小学生とかだもんな。怖くて当然だ。
「おぬしらは、怖くはないのかの?」
双子はミルリルの言葉にたじろぐが、王子を背にキリッと胸を張る。
「「当然だ」」
ミルリルは彼女たちを見て、満足げに頷く。
「最初の戦いを切り抜けて、肝が据わったようじゃの。その心境になったら、しばらくは耐えられるのじゃ。もしかしたら、そのままずっと耐えられるかもしれんの」
「「そいつらは、違うと?」」
「それはそうじゃ」
「「「「「「「ごめん、なさい」」」」」」」
ミルリルは笑顔で首を振る。
「なに、謝ることなどないのじゃ。怖れるものなど何もないとわかれば、少しは気が楽になるであろう?」
「「「「「「「え」」」」」」」
「ここで、我らが真の魔王陛下がおぬしらに下賜される、異常な力の一端を、少しばかり見せてやるのじゃ」
やっぱり、そこで俺に振るんですか。いいけど。キャスパーで移動となれば、巨大な三脚付きのKPVは出番がなさそうだ。ここで一発デカい花火を上げておくのも良いだろう。
キャスパーの置かれた手作り丘陵に、KPVの三脚を据える。試射の後に収納しておいた重機関銃だが、敵陣で見た光景からして想像以上の効果があったようだ。
あのときは十数発で止めたが、今度はもう少しだけ多めに思い知らせてやる。
「おうおう、その悪い笑顔。まさに魔王の顔になっておるのう?」
「いえいえ、妃陛下ほどでは」
時代劇の悪徳商人みたいなセリフを吐きながら、俺は彼女に場所を開ける。足場として木箱を置き、
三脚を調整して彼女の身長と高さを合わせた。
「ぬ?」
「ミルリルの好きそうな大口径だし、射程が地平線近くまであるから視力が良いひとの方が向いてる。装弾はこちらでやるので、存分に薙ぎ払ってくださいな」
パァッと明るい笑顔になるあたり、やっぱこのひとトリガーハッピーなのね。
郵便受けほどの弾薬箱を四つ出すと、ひとつを銃の右側に装着する。それぞれの箱から顔を出している弾薬の違いに気付き、ミルリルが装填作業中の俺を見た。
「これは試射で使ったのと同じじゃな」
「そう、焼夷徹甲弾だ。標的を貫いて、燃やす」
「ひとつだけある赤いのは?」
「焼夷榴弾。貫通力は弱いけど爆発して被害を広げる」
三箱用意した焼夷徹甲弾は弾頭の先だけが赤く、ひと箱だけ出した焼夷榴弾は弾頭が丸ごと赤く塗られている。手塗りなのか知らんが塗料が薬莢部分まではみ出してる辺りが東側っぽい雑さ加減である。
「まずズタズタにして、最後に焼き払うのじゃな」
「ああ。敵の物資には、燃えやすそうなものが多かったからな」
「さすがヨシュア、良い選択じゃの。あやつら、いま盾と魔導防壁を前に出して身を守ろうとしておるのでな。頼みにしておる防御を撃ち抜いて、戦意ごと粉微塵にしてやるのじゃ!」
後ろで見ている巫女さんたちへの気楽さアピールもあるようだが、ミルリルは明るく笑いながらKPVのサイトを覗く。しかし、俺にはまだ敵なんて地平線に広がるモサッとした塊でしかないんだけど、敵の陣形まで見えてるのね。金属ベルトで連結された四十発の14.5×114ミリ焼夷徹甲弾を装填し、KPVをミルリルに託す。
「装填完了、いつでもいいぞ」
「了解じゃ」
ミルリルはチラッと背後を振り返り、立ち竦んだままの巫女さんズに笑みを見せた。
「見ておれ巫女たちよ、これが真の魔王の力じゃ!」
必要以上に気迫のこもった宣言と同時に、射撃が開始される。凄まじい轟音と、激しい発射炎。撃ち出された弾頭は緩い弧を描いて次々と敵のただなかに飛び込んでゆく。地を埋める敵影のなかで何かが跳ね回るような気配はあるが、さすがに状況までは視認できない。
「これは……素晴らしい威力じゃな」
感嘆の声とともに銃身が振られ、次の目標に向かう。ミルリルさんの恐ろしいのが、数発ずつ確実に何かを狙って放たれているところだ。命中したのか、ときおりムフンと満足げな鼻息が漏れたりもする。
「あの化け物は、どうかな」
「最初に何発か当てたが、抜けてしもうたの。吹き飛ばした部分も、すぐに元通りじゃ」
重機関銃弾が効かないか。他の対策を考える必要があるな。
「それでわかったんがの、あれの身体は、砂じゃな」
「ゴーレムとは違うのか」
「何発か探りで撃ち込んでみたが、ゴーレムのような動力魔珠の反応がないのじゃ。そうなると、倒し方がわからんのう」
話しながらミルリルはKPVを掃射する。そのうち遠くでいくつか大きな火の手が上がった。可燃物を巻き込んだのだろう。最初の四十発を撃ち尽くしたミルリルが手を上げる。
「ヨシュア、弾帯交換を頼むのじゃ」
「了解」
「あのデカブツ、足を止めよったのう。なんぞ狙っておるのか? それとも、布陣の問題か……」
二箱目の装填を終えると、ミルリルは少し遠くまで広範囲にバラ撒き始める。銃弾を送り込むことで敵に探りを入れているようだが、着弾地点が読めないので意図も推測でしかない。
撃ち尽くしたのを見て弾帯を交換しようとした俺を制して、ミルリルは敵陣を見た。トラブルという感じではない。何かを待っている。
「どうした?」
「大軍勢というのは、どうしても練度に開きが出るもんじゃ」
「あ、うん」
「まず大きく全体を揺さぶると、目端の利く奴らは対処してきよる。いま両翼に分かれた連中がそれじゃな」
見えんので状況は全然わからん、けど理屈はなんとなくわかった。脅威を選別して、優先度の高い精兵集団を独自に動くよう嗾けたわけだ。
「……王子なら、わかるであろう?」
「そこで前に出てきた集団を叩くと、敵の戦力を大きく削げる、ということですね」
王子の返答に、ミルリルさんが振り返って満足げに頷く。
「その通りじゃ。右往左往するだけの能無しは、後でどうにでもなるでの」
俺たちの意図を伝えるだけじゃなく、巫女や護衛たちには、自分たちのトップがこちらの意図を理解していることも認識させる。これが信頼の醸成ってやつか。
……ミルリルさん、恐ろしい子ッ!
「さて、少しは銃身も冷えたようじゃ。次には、赤い方をくれんかの」
「了解」
予定を変更して、三箱目は赤い弾頭の焼夷榴弾を装填した。
「装填完了」
「了解じゃ」
ミルリルさんはトリガーを指切りで数発ずつ、左右両翼へと慎重に撃ち込んでゆく。着弾地点で土煙が上がり、いくつかは激しく炎が上がった。
「なんじゃ、左翼は砲兵も引き連れておったようじゃの。どういう狙いがあったかわからんが……」
集積した魔石が壊れたのか複数の魔導師が死んだのか知らんけど、青白い魔力光が連鎖的に弾けるのが見えた。飛び散った爆炎があちこちで延焼し始めたらしく、撃ち尽くした頃には敵陣に黒煙が立ち込めていた。
「「「「「……すごい」」」」」
「「これが、魔王の力」」
いや、半分以上ミルリルさんの力ですね。あとロシアの兵器生産能力。でも黙っとく。巫女さんたちの不安や恐怖を抑えるのが目的だからね。うむ、て感じで鷹揚に笑いながら頷く俺。マジ見掛け倒し。
兵站業務が本業な魔王は、空になった焼夷榴弾の弾薬箱を外して焼夷徹甲弾を装填する。
「弾薬はまだある。必要なら出すよ」
「それは頼もしいがの、少しばかり様子を見た方が良さそうじゃ」
巨大カイエンホルトの状態に変化はない。当然ながら着実に近付いてきてはいるが、三十メートル以上はありそうな巨体にしては遅い。もしかして突出しないように帝国軍部隊と足並みを揃えているのか? 巨大化した魔王なのに? 最初はドヤ顔で攻め込む気満々だったのに? 前に出た精兵が粉微塵にされたのを見て二の足を踏んだとか? 巨大化した魔王なのに(二回目)?
……なんか、ヘンなの。
「魔王陛下」
振り返ると、王子と巫女さんたちが思いつめた顔で並んでいた。俺たちが先制攻撃を加えているところをずっと見守っていたらしい。
「見ての通り、敵の殲滅は順調じゃ。やはり問題は、あのデカブツじゃの。なんぞ倒す策はないかのう?」
ハイダル王子と巫女たちが頷く。彼らが伝えようとしたのは、それらしい。
「あれが砂でできているのであれば、傀儡ではないかと」
「くぐつ、とは何じゃ?」
「「「「しにんの、うらみ、ひきだして、こめる、じゃほう」」」」
「「砂や水に念を注いで、恨んだ相手を襲わせる」」
巫女さんズと双子に説明されたが、よくわからん。操り人形みたいなもんか。直前まで気配が分散していたこととか、巫女たちが位置を把握できなかったことと関係があるのかな。
「傀儡だとしたら、どこかで術師が魔力を送っているはずです」
自律稼働でもなくコクピットもないなら遠隔操作、ってことか。
「あれだけの大きさなら、十や二十じゃ済まない術師が必要です。それも、本体からそう遠くない場所に」
「ふむ。その術師というのは、巫女ではないのじゃな?」
「「巫女は邪法など使えない」」
「では簡単じゃの」
ミルリルは笑う。キラキラと輝く、深紅の焔を纏って。
「あのデカブツが消えるまで、敵陣を手当たり次第に撃ちまくってやれば良いのじゃ。皆殺しにする頃には、術者にも当たっておるであろう?」




