257:戦端は敵陣深く
頼みの綱だったKPVの試射は済ませた。手持ちの武器と兵器は装填を完了し、セイフティを確認して各所に配置した。銃器は王子と巫女さんズがキャスパーの車内から、他は車外で俺が扱う。後は、衝突前に済ませなければいけないことがひとつだけ。
「敵陣左奥に巫女がいるって、いってたな」
「「「「はい」」」」
「何人おるか、わかるかの?」
「「「「さんにん」」」
……そんなにいるのかよ。
通信機代わりとはいえ、行軍にまで連れ出す意味があるのかと思ったが、俺たちの位置補足と大軍勢の連携には相互連絡が必要かと思い直す。
銃撃を開始する前に救出するしかないよな、これは。さすがに巻き添えにするのは、ない。
「それじゃ、カイエンホルトの位置はわかる?」
巫女たちは困惑の表情で首を振る。
「場所が特定できない……隠蔽魔法か何か?」
彼女たちは、違うとばかりに首を振って悩む。
「わからない、わけじゃ、ない」
一番落ち着きのある巫女のひとりが、俺に答える。
ええと……この子は、たぶんミリアン。見分けたのは姿からではなく服に少しだけ残った血痕からだが。
「わかる、けど」
「「「「どこにでも、いる」」」」
巫女さんたちは真剣な表情で、口を揃えて訴える。
「「「「どこにも、いない」」」」
え? なにそれ。量子的な魔王? シュレディンガーの魔王、みたいな?
文系なので、あまり詳しくないのだが。
「王子、どういうことじゃ」
「わかりません。こちらを探るカイエンホルトらしき気配は感じているのですが、ぼくもその位置が特定できないのです」
「……ん?」
まあ、いいや。わからんけど、山積した問題は緊急性と重要性の高いところから、そのなかでも片付けられるところから処理するのが社会人の基本だ。
「転移で飛んで巫女たちを回収する。ミル」
のじゃロリさんはひょいと後ろから飛び乗って、俺の首に手を回す。ふわっと柔らかく軽いのに、不思議と落ちる気配は微塵もないのだ。
「うむ。巫女を見付け出すのと、ひっつかんで支えるのは、わらわに任せよ。おぬしは好きなように動いて構わん」
「頼むよ」
転移は便利ではあるが、視認できるところまで、しかも直線的にしか飛べない。途中で遮蔽や障害があればぶつかる。万能とは程遠いものの、ミルリルさんの言葉通り、戦となれば手持ちの武器で戦うしかない。
当の本人と目が合う。彼女はニカッと開け広げな笑みを浮かべた。
「おぬしの力もわらわの力も、長所と短所と限界はある。しかし、要は使いようじゃ。わらわたちふたりならば、なんだってできる!」
「よーし、それじゃ行くぞ!」
最初の空中への転移で距離を詰めて、二回目で輜重部隊らしき箱馬車集団の屋根に降りる。帝国軍は停止しているようだが、俺たちの空中再転移が見られた様子はない。
「会敵間近だというのに、弛んでおるのう」
見張りも含めて、兵はみな西側一帯を無気力な顔で見つめている。そこには、喧騒と怒号と走り回る兵士たちの姿があった。少し距離があって細かな状況は見えないが、人混みから運び出される兵士の下半身やら焦げた馬車の残骸を見る限り、お察しだろう。
「あれ、KPVの着弾地点か」
「そのようじゃな。北から南にズラッと数十名が、死んだか負傷したかで倒れておる。“非道の魔導師”の面目躍如じゃな」
そんなん嬉しそうにいわれてもリアクションに困るが、敵の進軍を止めたのがあの試射だったのだとしたら結果オーライだ。この間に目的を果たそう。
「ミルリル、巫女は?」
「向こうじゃな。四頭立ての馬車が見えるか?」
「後ろ半分だけ赤い布を掛けたやつ?」
「そう、それじゃ。そこの荷台に転がされておる」
ミルリルの囁きに頷いて、俺は転移で馬車の荷台に降りる。巫女の監視か護衛か、帝国兵士がうずくまっていた。眠っているのか頭を上げる気配もない敵兵を、スタームルガーMk2で静かに射殺する。
「……だれ」
崩れ落ちる気配に反応して、起き上がった巫女が俺たちを見る。
「王子ハイダルの命で助けにきたのじゃ、怪我はないか?」
「おうじ?」
ああ、白装束に、この喋り方。この子が巫女だ。
「あとふたり、いけるかな」
「問題ない。ほれ、こっちじゃ。少しの辛抱だからの」
なんのことやらわからない顔で、巫女はミルリルに引き寄せられる。最も近くにいる巫女の位置を尋ねると、本陣最深部という答えが返ってきた。この討伐軍の最高指揮官の隣に繋がれていると。
「これ、回収する順番を間違ったかね」
「そうかもしれんが、いまさらじゃな。巫女の姿は見えんが、本陣とやらは見えておる。あの赤い旗が並んでおるところじゃ」
現在地は前衛部隊の右翼、というくらいの位置だが本陣は当然ながら一キロメートルほど後方にある。移動式の衝立のような盾に守られた御輿があるようだ。
「転移前に、もうひとりの位置を聞いておこうか」
「もっと、ずっと、むこう」
「何か目印は?」
「しろい、てんまく」
それはどうやら、この大部隊の最後部のようだ。巫女が指差す方角を見据えてはみるが、兵と馬しか目に入らん。何キロ先にあるんだか、白い天幕など影も形も見えん。
「ヨシュア、ふたりめを攫ったら空に上がるのじゃ。落ちる間に、わらわが場所を見付ける」
「そら……おち、る?」
巫女の少女は、不安そうな顔で俺たちの顔を交互に見る。不安なのは俺も一緒なんだけど、ここは笑顔で落ち着かせるしかない。
「大丈夫、かならず無事に連れて帰るからね」
ついでに拘禁枷を収納で外し、自由になったことを教えてやる。
「え、これ……」
「早く済ませて、みんなのところに行こう。巫女が四人と、王子たちが待ってる」
コクリと頷いたところで、ミルリルが彼女を片手で抱える。
転移で御輿の上に飛ぶと、偉そうな男がふんぞり返って部下を怒鳴りつけていた。こいつが最高指揮官、かな。
「貴様ら無能の尻拭いをしている暇などない! さっさと進軍を開始せ、ょほッ⁉︎」
「うるせえよ」
目玉を撃ち抜いて、もたれ掛かってくる身体を蹴り倒した。硬直したままの部下を放置して傍に首輪で鎖に繋がれていた巫女を助け出す。首輪と拘禁枷を収納して自由の身になった彼女をミルリルに託す。ふたりの巫女から息を呑む気配があったが、時間がないのでフォローは後回しだ。
「てき……しゅッ⁉︎」
硬直から復活したらしい部下が警告の叫び声を上げかけたところで目玉を撃ち抜く。雉も鳴かずば撃たれまいに。
ついでに挨拶でも、と衝撃発火の信管を刺したナパーム型IEDを最高指揮官の椅子に置き、死体を座らせる。いくつか手榴弾を仕掛けたところで、衝立の向こうから兵士が声を掛けてきた。誰かを探す声も聞こえてくる。
「行くよミル、用意は」
「万全じゃ」
見上げた上空に転移、ゆっくりと落下しながらミルリルは白い天幕とやらを探す。
「あれじゃ」
顔の横で指し示してくれたミルリルの指の先、たしかに白い天幕らしきものは見えた、のだが……
「怖ぇえええええ……ッ⁉︎」
高度数百メートルから落ちながら俺と巫女ふたりは悲鳴を上げる。
「何をしておるヨシュア、早よぉ飛ばんか!」
「「あ、あぅ……」
転移で白天幕の脇に着地したときには、巫女さんたちは恐怖で痙攣しながらしゃくりあげていた。
「ご、ごめんね。すぐ安全な、場所に連れてくから」
「ヨシュア、おぬしらも。伏せるのじゃ」
俺たちは、近くにあった木箱の陰に隠れる。
大型の白天幕には、ひっきりなしに兵士が出入りしていた。最後尾で忙しく立ち働いている彼らは、軍の制服を身に付けてはいるが体格が民間人ぽく武器が短剣だけ。天幕を囲むように集積された木箱や馬車を見る限り、補給部隊か救護部隊なのだろうと判断した。
「巫女は」
「見たところ、おらんようじゃ……」
「「てんまくの、なか」」
震える声で、巫女ふたりが指差す。文官や後方部隊とはいえ、一見しただけで十名以上はいる。
殺すしかないのか。それとも、ホールドアップが可能か。正面戦力ではないのだから、できれば手に掛けたくはなかった。
「ヨシュア」
ミルリルが、後ろから回した手で俺の胸を叩く。
「あやつらを見て何を考えたかはわかるが、無理じゃ。いうたであろう、選ぶ道はふたつしかないと」
そう、敵を殺すか、味方を殺すかだ。
俺は成長していない。学習もしていない。ここは後方とはいえ、数百数千倍の兵力で自分たちを殺しにきている軍の真っ只中なのだ。
「わかった。すぐ戻るから、ふたりを守っていてくれるか」
「……信じておる」
ミルリルは珍しく、同行を断念してくれた。遮蔽の多い環境では、転移で距離を詰められない。三人を背負っての突入はリスクばかり高くて無意味だ。
減音器付きのMAC10を持って、天幕に踏み込む。巫女の位置はすぐにわかった。
兵士たちが立ち働く天幕の隅で、杭に鎖で繋がれている。首には首輪。殴られたのか顔が腫れ上がっているのを見て自分の愚かさを痛感した。
「貴様!」
上官らしき短躯の醜男がこちらを向き、周囲の帝国軍兵士が一斉にこちらを振り返る。その数、十七名。
「……魔王が、来たぞ」
俺は笑う。腹のなかが、煮え繰り返るのがわかった。無力な者を虐げる弱者に。それに情けを掛けようとした愚かな自分に。
「な、ぶッ」
醜男の頭が弾けた。四十五口径拳銃弾を食らって、天幕の内側に血と脳漿が飛び散る。兵士たちは戦慣れしていないらしく反応は鈍い。のろのろと手を掛けたのは腰の短剣ではなく近くにあった書類や筆記具やオイルランプ。それで何をしようというのか、おそらく自分でもわかっていないのだろう。
全自動射撃で薙ぎ払うと、十七名の男たちは棒立ちのまま崩れ落ちた。ランプが落ちて割れ、油が近くの書類に引火する。一気に炎が立ち上って天幕を焦がし始めた。
悲鳴を上げかけた巫女を手で制し、俺は首輪と拘禁枷を収納で外す。
「助けに来た。仲間の巫女が外にいる。立てるか?」
「たす、け?」
「すぐに安全な場所に連れて行く。さあ」
手を貸して立たせると天幕の外に出る。
炎が上がったのを見て状況を察したのか、ミルリルは巫女ふたりを守ってUZIを手に周囲を警戒してくれていた。
「待たせた……ぅおう⁉︎」
ミルリルの背後、数百メートル先でキノコのような爆炎が上がり、しばし遅れて激しい熱風が吹き付けてくる。ようやく本陣の兵たちがIEDのトラップに食い付いたか。消せない炎が周囲の馬車や物資を巻き込んで延焼し、思ったより大規模な被害が出ているようだ。
「よし、すぐ帰るぞ。みんな一箇所に固まってくれ」
「「「はい」」」
命じられるのに慣れているのか、彼女たちはすぐに抱き合うような形で集まる。ミルリルが三人を抱きかかえるようにして俺の確保をサポートする。
「一気に戻る。怖かったら少しの間、目を瞑ってろ」
「「「はい」」」
まだ地平線の向こうなのか、視界内にオアシスは見えない。身を強張らせる巫女たちをミルリルごと持ち上げて空中へと長距離転移を掛けた。落下しながら二度目の空中転移。上空わずかに行き過ぎたが、三度目の転移でキャスパーの脇に到着した。
「いま戻った、王子!」
「はい!」
「彼女たちの世話を頼む。俺たちは敵襲に備えて警戒に……」
ミルリルが身構えているのを視界の隅に捉えて、俺は南を振り返る。帝国軍までの距離は、まだ数キロあるはずだ。そんなに警戒するような状況があるとは思えないのだが。
まだ地平線に広がった粒子でしかない敵陣の中央で、ゾロリと巨大な影が身を起こした。
「……なんだ、あれ?」
「わからん。わからんが……」
いまや七名となった巫女たち(プラス元巫女の護衛ふたり)が揃って小さく悲鳴を上げた。
「魔王陛下、気配が大きくなっています」
王子の声に、俺は悪化してゆく状況を予感する。影はゆっくりとこちらを見た。持ち上がった顔のような場所に、水平の巨大な亀裂が走る。それは笑みを浮かべた口に見えた。
護衛の双子が俺を見る。七人の巫女が誰にともなく頷く。
「「やっぱり、いた。こっちに気付いた。あれが……」」
「「「「「「「まおー」」」」」」」




