254:魔王と巫女と巫女と巫女と巫女と
「「「おおぉっ!?」」」
突進してくるのは、軽騎兵が百を切るくらいか。集団の前にいきなり出現した俺を見て、兵が驚愕の表情を浮かべ馬が棹立ちになる。後続が衝突し周囲を巻き込んで倒れる。もがく人馬を縫って密集状況の最も厚いところに短距離転移で飛び、お土産を置いて城壁に再転移する。
「もう良いのか?」
「おう」
城壁上でスイッチを押すと、手作り爆弾が騎兵集団を粉微塵に吹き飛ばす音が聞こえた。後方を見ていたミルリルが微かに笑う。
「立ち上がるものはおらんな」
「さて、と。お仕事に入ろうか」
見渡す限り、城壁に残った兵士はいない。俺たちが脱出に成功したことを知って追撃に回ったのだろう。あるいは、城内の被害の確認に。ぐるっと回った反対側の城壁辺りに誰か動いているようだが、距離があり過ぎてこちらに気付いた様子はない。すぐに害はなかろう。
「ミル、白い服の女の子は見えるか?」
「向かい側の壁際、砲兵陣地にひとりおる。城の前にもうひとり。あとは……」
キョロキョロしていたミルリルが、息を呑んで固まった。すぐ傍にある遠雷砲の砲座。ミルリルがM79で吹き飛ばしたそこで折り重なった死体の陰に、女の子が倒れていたのだ。白装束が血に染まっている。
「おい、しっかりせい!」
さすがのミルリルも自分の攻撃で無辜の民を殺してしまったとなると冷静さを欠いている。助け起こして傷と意識を確認する。目を開いた少女は、怯えた顔で逃げようと身悶えた。
「待て待て待て、何もせん。おぬしを助けたいだけじゃ。傷を見せい、早よぅ、ほれ。どこじゃ」
「え、え?」
いきなり現れたドワーフ娘に身体をまさぐられて硬直してはいるが、悲鳴を上げたり痛みを訴えたりする様子はない。
「肌は、きれいじゃの。……これは、死んだ兵の血か? どこか痛みは?」
「ない」
それを聞いたミルリルが安堵の息を吐いて、女の子を抱き締める。
「よし、では少しの間だけ、ここにおってくれんか。必ず助け出すでの。よいな?」
「たすけ、だす? どこに、だれが?」
「俺たちが、王子のところにだ」
「ハイダル王子が救出に来ておるのじゃ。おぬしを、安全な場所に連れてゆく」
「おうじ?」
なんかこの喋り方、どっかで聞いたような。まあいい。さっさと済ませて脱出だ。
「ミル」
「了解じゃ」
転移しようとして思い留まり、血染めの白装束を着た女の子を見る。
「君、名前は」
「……ミリアン」
「よし、ミリアン。すぐ戻る。そこの砲台の陰に隠れて。絶対に動かないで」
「でも」
ふと思いついて、彼女の胸元から拘禁枷を収納で剥ぎ取り、そのまま手渡す。
「俺たちを信じて。必ず、戻ってくるから」
「え? これ……」
ミルリルを抱き上げて、砲座の位置を確認する。兵たちが集まっているが、知ったことではない。転移で少女の横に飛ぶと、ミルリルごと抱えてまた城壁の上に戻る。
「ただいま」
「「え⁉︎」」
新しく連れてきた少女はミリアンと揃って困惑の表情を浮かべる。城の前で放置状態だったもうひとりの少女もひっつかんで再転移。城壁の上で三人並べて、ミルリルを下ろす。
「もう大丈夫じゃ。他に仲間はおらんのか」
「あ、あの」
「落ち着いて。俺たちは、君たちを傷付けない。助けたいだけだ」
残るふたりの拘禁枷も収納で外して渡す。よく見ると、王子たちに装着されていた物とは形が少し違うようだ。簡素なデザインで、バインドされたベルト状の部分も細い。魔力を通信に行使できる程度には抑えるとか?
わからんが、知ったことか。何にしろ、こんな物を着けられて良いことなんてあるわけない。
「あなた、たちは」
「ハイダル王子に手を貸しておる商人と、その妻じゃ。おぬしらが王子の同胞と知っての。助けに来たのじゃ。全員を救えるかどうかはわからんが、できる限りのことはしたいと思っておる。他に仲間はおらんか」
「「おしろの、うえ」」
「上?」
玉座の間じゃないよな、兵士とオッサンと爺さんしかいなかったし。
少女たちが指す方を見ると、城の尖塔に監視哨のようなものがあった。兵士が詰めてはいるようだが、俺の視力で内部は見えない。何かの合図なのか、手旗信号が送られているのは見える。
「兵が五人おるが……ううむ、女子は見えん」
「時間がない。飛ぶよ」
ミルリルを抱えて、転移のため位置を見定める。
「おぬしらは砲台の陰におれ。すぐ戻る」
「「「はい」」」
思い出した。あの喋り方。
「テニアンじゃの」
「そう。海賊砦に残った子供たちのリーダー。あの子も巫女だったのかな」
「そうやもしれんの。本来の巫女とは、神託を得る神職者ではなかったか? 何をさせられたか知らんが、帝国とやらも胸糞悪い奴らじゃ」
「そういう話は後だ」
「うむ」
転移で飛んだ先は尖塔の監視哨に入るための階段、小さな踊り場のような場所の窓枠だ。ミルリルはスルッと入り込めたが、俺の体格では窓枠につかまるのが精一杯だった。
「おいおい……」
よせば良いのに、反射的に眼下を見てしまう。十センチほど張り出した足場の下は二十メートルほど離れた城の屋根まで遮るものがない。さらにその先に広がる地面までは百メートル近くある。……ように見える。股間が縮み上がる感覚に慌てて窓枠を乗り越えようとした俺は、足を滑らせて一瞬ずり落ちかける。
「……ッ、ぎゃぁッ!」
「しッ、声を上げるでない!」
そんなこといわれたって、ムチャクチャ怖いわ!
「誰だ!」
あ、ごめん見つかっちゃった。ミルリルが呆れ顔で俺を手で制し、上階に向かう。タンタンと五発の発砲音がしてすぐに静かになった。俺はなんとか窓枠を乗り越えて上階に向かう。腰が抜けかけて情けない動きだが、せめてもの援護をと思ったのだ。無意味だったけど。
八畳くらいのスペースに監視用の兵士が配置されていたのだろう。五人全員が目玉を撃ち抜かれて死んでいた。剣を抜く暇もなかったようで、ポカンと呆けたような顔で事切れていた。
「こっちじゃ」
部屋の隅に蹲った少女を見て、兵士に同情する気持ちは完全に失せる。首輪を着けられ、鎖で壁に繋がれた少女は、薄汚れてボロボロの顔で怯えた表情を浮かべていた。
「あ、あの」
「助けに来たぞ。もう大丈夫じゃ。よう頑張ったのう」
「できない。いけない」
俺たちには助けられない、とでもいうつもりだったのだろう。首輪を収納し拘禁枷も収納で外し、彼女を立たせてミルリルに移動中の確保を頼む。
「ミル」
「うむ、こやつはわらわに任せよ」
壁の開口部から城壁上でこちらを見ているであろう白装束の三人……と思われる人影が見えた。しかし、ムッチャ高いなここ。
俺は微動だにしないミルリルさんの肩に頼りながら、おずおずと下を覗く。海賊砦からラファンに飛んだ連続転移もこれ以上の高度で紐なしバンジーしてたんだろうけど、高さを意識し始めるとここまで恐怖感があるとは。
「ヨシュア、何をしておる。早ぅせんか」
「あ、はい」
そうだ。怯んでいる暇はない。俺は深く考えないことにして、ミルリルごとふたりを横抱きにすると城壁上に転移した。
「「「あああ」」」
最後のひとりが現れると、三人の巫女たちは喜びの表情を浮かべる。やっぱり、知り合いだったのね。
「おぬしら、怪我をしているものはおらんか」
「「「だいじょぶ」」」
「わたしも、へいき」
改めて並べてみるとわかるのだが、彼女たちは年齢も風貌もかなり似通っている。元いた世界でいうと小学校の真ん中へんといったところか。ボロボロ具合は尖塔の監視哨にいた子が一番ひどいけど、それは置かれた環境の違いであって個人差ではない。
「じゃあ、みんな並んで。王子たちのところに戻る」
「「おう、じ?」」
「ハイダル王子が魔王を殺しに来たんじゃ。それは無事に果たされ、おぬしらの窮状を見て救出を命じられた」
「「あなた、は」」
さっきは商人とその妻、ていうたけど無理あるよな、うん。
「こちらにおわすお方は、北方魔王領ケースマイアンの君主、異界の魔を統べる真の魔王。ターキフ・ヨシュア陛下。そして、わらわはその妃のミルじゃ。故と縁あって、ハイダル王子に力を貸しておる」
うん、相変わらず盛り盛りですね。なんかトッピング増えてるし。
「「「「「まおーへいか、と、おくさん」」」」
「そんなに畏まらんでよいぞ。わらわたちは、そういうのは気にせん」
まあ、いいや。むず痒くなるんでスルーして巫女さんたちを立たせる。
「さ、行こう。みんな、集まってお互いの身体を支えてね、すぐ済むから」
我ながら不審者っぽいフレーズだなと思いながら、遥か彼方に見えるキャスパーの横に長距離転移を掛ける。車の周囲に人影も死体もない。不在中に敵の襲撃はなかったようだ。
「「「「……え」」」」
巫女さんたちはキョロキョロしているが、二度目ともなれば混乱というほどでもない。艱難辛苦はひとを鍛えるのだな。
「王子、連れ帰ったぞ!」
「魔王陛下」
キャスパーから降りてきたハイダル王子と護衛の双子は、巫女さん四人組を見て驚きの表情を浮かべる。
「「「「おうじ」」」」
跪こうとする彼女たちを押し留めて、王子は頭を下げる。
「ソルベシアの民に苦難を強いた。力無い王族ですまない。この通りだ」
「「「「……おうじ」」」」
遠くから馬の蹄が立てる地響きのような音が聞こえてくる。帝国軍は感動の再会を待ってはくれないようだ。
「すぐ乗って。ここから海岸線を目指す。誰か、最短はどちらかわかるか」
「「このまま北へ」」
双子の言葉に頷き、俺たちはキャスパーに乗り込む。後部コンパートメントにはベンチがあるので、巫女たちはそこに座ってもらう。血塗れの服を着替えてもらおうと考えたが、いま俺には冬服しか手持ちがない。どうしたものかと困っていると、巫女たちはシンクロしたように揃って笑顔で首を振る。
「だいじょぶ、です。じょうか、できます」
浄化。身体とか服とかキレイにするやつか。すごい、こっちの世界に来てから初めて聞いた。
拘禁枷で魔力を縛られていたから使えなかっただけで、いまは四人で代わるがわる身体や髪や服をキレイにし始めている。
ちなみに巫女の適性者は治癒魔法もできるそうな。いざとなったら頼りになりそうだが、そんな事態が発生しないように努めよう。
「少し揺れたり音がしたりするけど、このなかにいる限りは絶対に大丈夫だから。できるだけ動かないで。安全が確保されたら休憩を取るから」
「「「「はい」」」」
全員に好きに食べていいといって、エナジーバー的な携行食とミネラルウォーターのペットボトルを渡す。海賊砦の子供たちに受けが良かったチョコレートもだ。粒がカラフルにキャンディーコートされてるのを見て、食べ物とは思っていないのか見つめたまま動かない。俺が勧めても戸惑って顔を見合わせるだけだ。
「「甘くて力が付く」」
護衛の双子の説明を聞いて、恐る恐る口に入れている。まあ、いいや。
俺は、キャスパーを発進させ、北を目指す。乗り心地や燃料消費を考えてアクセル全開にはしないが、しばらくフラットな路面でそれなりに速度が乗る。最短距離を進めるので、順調に行けば一日前後で海岸線まで到達できそうだ。
王子の話によれば、ソルベシア国内も近隣諸国も、正確な地図はないし、あっても戦乱で変化が激しすぎ役に立たないだろうとのこと。帝国とやらはどんだけの国や街を潰したんだか。
「王子、この先にもソルベシアの民は配置されておるのかのう」
銃座から降りたミルリルは前方の警戒を続けながら王子に尋ねる。
「わかりません。大部隊が置かれた場所であれば、いるかもしれません」
魔導師は一般兵士よりも移動と防御の能力が低く、行使し続けると消耗が激しい。そのため野戦では大部隊でしか運用できないのだそうな。輜重を持った数百規模の部隊であれば、巫女や他のソルベシアの民が囚われ使役されている可能性はあると。
「使い潰すつもりならどうじゃ。不愉快な話じゃが、ソルベシアの民を人とも思わん連中ならやりかねまい」
「最初から兵として育てた帝国軍の魔導師とは違って、ソルベシアの民は力の差が大きいので軍に組み込むのは難しいと思います。巫女を使った“口伝え”がせいぜいでしょう」
「その通信を止める手段はあるのかな?」
「基本的には、巫女を殺すしかありません」
当然それはダメだ。可能な限り奪還することで機能停止するしかない。
「巫女のみな、お仲間の位置がわかったら教えてくれんか。できる限りは助け出すのでな」
「「「「はい」」」」
ベンチシートに背筋を伸ばして座り、四人は行儀よく頭を下げる。
やっぱ、あの子たちテニアンちゃんに似てる。利発そうではあるんだけど、どこか反応がぎこちない。会話も片言気味というか、頭で考えをいっぺん翻訳してから話しているような印象を受ける。
テニアンちゃんは、もう少しだけ話し方が自然で、自我もあったように思えるけど。
「テニアンも、ここにいた頃は、あんな風だったのかのう?」
海を越え死の恐怖を乗り越えて、小さな子たちを支え守りながら苦難の末に、いまの頼り甲斐というかタフさを得たのかもしれない。だったら、今後に期待か。
「「「「まおーへいか」」」」
巫女さんたちが、揃って声を上げた。ちゃんと聞き取れるくらいにシンクロしてる辺り、どんな育ち方をしたのかと不憫な感じがする。
「みんなでしゃべらなくても、ひとりが話してくれたらいいよ。それで、どうかした?」
「「「「まおーが、きます」」」」




