253:開戦
状況はわからんが、ここに留まっていてもなにも解決しない。俺はアクセルを踏み込んで、中庭を突破する。この世界で最強の兵種である重装騎兵であろうとも装甲兵員輸送車を止めることなどできない。まして軽歩兵など対抗手段を持たない烏合の衆に過ぎない、のだが。
「城壁際で投石砲が打ち上げの用意しておるようじゃな。届かんとは思うが……」
ミルリルが銃座でPKM軽機関銃を点射すると、前方城門近くで布陣していた投石砲座で兵たちがもんどり打って倒れるのが見えた。距離があり過ぎて状況は把握しきれないが、ミルリルさんの射撃が止まったところを見ると脅威はなくなったようだ。
「城壁上のは、角度が悪いのう」
M79でグレネードを放ったのだろう。シュポンという音が立て続けに響いた後、一瞬の間を置いて城壁で爆発が連続した。吹き飛ばされたいくつもの人影やその断片が中庭に降り注ぐ。……あの高さじゃ、どっちにしろ死ぬけどな。
「えげつないな……」
「何をいうておる。さすがに遠雷砲の攻撃が降り注げば、こちらも少しは痛い目に遭うところじゃ」
「「「少し……?」」」
理不尽なものを聞かされたようなリアクションだが、まあ装甲車が落雷で止まるというのはあまり聞かない話だ。ダメージがあるとしたら銃座で露出しているミルリルだろうから俺が文句をいう筋合いではない。
「ミルさん、もしものときは車内に戻ってね」
「わかっておるが、充填されておった魔力光は消えた。問題なかろう」
ワラワラと逃げ惑うばかりの軽歩兵たちを蹴散らして、キャスパーは城門を目指す。兵たちに取り残されたのか白装束の文官ぽい少女がところどころに立ち竦んでいた。救出しようと一瞬だけ迷うが、戻ってきた兵たちが攫うように運び去って行く。
「あの白服は、殺さないでください!」
「え? ああ、わかった」
「了解じゃ」
中世の城によくある跳ね上げ式の橋でも掛かっていたら、キャスパーの車重を支えられないだろうから皆いっぺん降りて通過した後また車両を出す必要があったのだけれども、ソルベシアは侵攻に対する備えがさほど厳重ではなかったのか城門の前は地続きになっていた。
城門を守る衛兵は怯えて槍を構えてはいたがこちらの威容に竦んで動けず見送ることしかできない。
城門の外には数箇所、橋頭堡みたいな検問があるだけでそこに配置された兵も逃げたのか見当たらない。
難なく城門を突破し城外に出た俺たちは、ほぼ更地になっている焼け跡のような場所を走り抜ける。双子の護衛が悔しげな唸り声を上げているのを見る限り、かつてここがソルベシアの王都だった場所なのだろう。
点在する建造物は焼け残ったか意図的に残したか石造りの頑丈そうな官邸風の建物だけだ。接収した帝国軍と思われる兵士たちが飛び出してきて俺たちの乗るキャスパーを指す。追っ手が掛かるのは時間の問題だろうが、馬がせいぜいのこの世界で追い付けるかどうかだ。
「呆気ないのう」
「外向きの備えはしてあったみたいだけど、玉座への転移は想定していなかった、とか?」
「そうでしょうね。王族の生存を確認していなかったようです。生きていたとしても、戻ってこれるほどの兵力を再編できるとは思っていなかったのでしょう」
「しかし、それではさっき王子がいうておったのと矛盾せんか」
そうだ。兵たちは味方の被害を無視して遠雷砲を放った。あらゆる犠牲を払ってでも俺たちを殺せと命じられているとか。
ハイダル王子は、城を振り返って左右を指す。
「帝国は兵の損耗を考慮しません。運用の効率もです。辺境国に配置される兵のほとんどは帝国民ではないので、一度でも敵の追撃と殲滅を命じられたら、彼らは死ぬまで追い続けます」
「カイエンホルトが死ぬ前に出した、増援への指示がそうだと?」
「はい。指揮官の死は撤回の理由になりません」
「となると、逃げ切るのは、なかなか面倒なことになりそうだな」
「なに、その程度は想定内じゃ」
ミルリルが銃座から進行方向にある建物の屋上に向けて銃撃を加える。
魔力光が弾けて、肉片が飛び散り煙が上がった。
「あれ、遠雷砲?」
「そのようじゃな。あれは、安いものなのかのう?」
「はい。帝国にとっては、使い捨ての兵器です。充填用の魔石と、魔力を込める魔導師の確保は大変ですが……」
「「ソルベシアの民は、全員が魔力持ち」」
その結果がどうなったかはあまり聞きたくはないが、双子の憤怒の表情を見る限り予想通りだろう。死ぬまで魔力を引き出す使い捨てモバイルバッテリーみたいな扱いだったことは想像に難くない。破壊した砲座に配置されていなかったことを願うしかない。
「開戦当時、ソルベシアに運び込まれた遠雷砲は百を超えたようです。投石砲は七百から千二百」
「この街に、そんなに石は落ちておらんようだが?」
「建物がないのは、砲弾にされたからです。それと……」
「「腐った死体も」」
最悪だな。目的が戦意を削ぐことか病原菌の蔓延かは知らんが、結果的には有効だったように見える。
「ソルベシアの生存者は」
俺の質問に、王子は固まる。
「生きた魔道具として帝国に運ばれた者、国外に売られた者、戦場に配置された者、そして“恵みの通貨”として天に帰った者。自らの意思で生きている者は」
「「わたしたちだけ」」
俯く王子たち三人に掛ける言葉はない。救出の約束などできない。この人数で魔王カイエンホルトを倒しただけでも僥倖だったのだから。
「それにしても敵の動きが早過ぎるな。追撃してくる兵士たちの連絡手段は?」
「囚われた巫女が彼らの目になり耳になるように使役されています」
俺はブレーキを踏んだ。停止した車両のなかで、王子と双子は俯いたまま固まっている。
「なんでいわなかった」
「「救えない」」
「だからって」
さっき中庭にいた白装束の少女がそうだ。あれが、巫女。通信機代わりに戦場に引き出されたソルベシアの魔導能力者。
「巫女は、部隊の中枢に配置されています。指揮官の隣に。それは最も奪還が困難な」
「知るか!」
俺の怒号を、王子たちは黙って受け止める。教えなかったのは、保身のためじゃない。それを聞いた俺たちがどうするかをわかっていたからだ。
「どうするつもりですか」
「助けに戻る」
だから黙ってたんだ、とでもいうような非難の目が双子から降り注がれる。知るか。王子は拳を握りしめて何かをいいかけては止める。知るか。知ったことか。止めるなら、こいつらとの関係もここまでだ。
「ミル」
声を掛ける間もなく、大笑いする声が銃座から降ってきた。
「天晴れ、それでこそわらわの愛する魔王陛下じゃ。わらわの準備は良いぞ」
キャスパーの天井で仁王立ちしたミルリルは、既に煌めく真紅の焔に包まれていた。
「よもや、わらわを置いていくとはいうまいな?」
「いうわけないでしょ。行くときは一緒だよ。どこだって、いつだって、何があったってさ」
固まっている王子たちを置いて、俺はキャスパーを飛び出す。うむ、ドアロックの方法がわからん。
「すぐ戻る。近付く者は全て殺せ」
「「「……はい」」」
笑いながら飛び降りてくるミルリルをキャッチして、振り返った城壁は一キロメートルほど先にある。騎兵らしき追っ手が向かってくるのが見えた。
「さて、行こうか……って、どしたミルリル」
お姫様抱っこした俺は、のじゃロリさんがしげしげとこちらを眺めているのに気付いたのだ。なんです、いつもと同じ量産型中年顔ですけど。
「……不思議じゃの。死が迫るたびに、乗り越えるたびに、おぬしへの思いが強く大きくなるんじゃ」
あ、それ吊り橋効果ですね。平和になったら冷めるタイプじゃないといいんですけど。
内心ひっそり思ったところで、脇腹を小突かれた。
「いま何を考えたかは、わかるがの。わらわの気持ちは、絶対に変わらぬ。そのぐらいは伝わっておろうが」
そりゃバレてますよねー。お姫様抱っこをしたミルリルをギュッと抱き締め、囁く。
「あったりめぇよ。お前さえ側にいれば、俺は無敵だ。何だってできちゃうんだぜぇ⁉︎」
なんかテンパり気味の変なテンションで、俺は最初の転移を掛ける。
突進してくる、騎兵集団の直前に向けて。




