250:殺戮のデリバリー
夜明け前で薄れつつある月明かりが、神木の梢に掛かっていた。まだ数日しか経っていないというのに、水を呼ぶエルフの神木は早くも大木に育っている。その幹の前で、ハイダル王子が両手を広げた。
「“恵みの通貨”は、道を繋ぎました。対価を注げば、我々を玉座へと送ります」
「了解じゃ」
直前まで何やら打ち合わせていたミルリルさんと双子の護衛は、互いにリズムを取って振りを確認し、目配せをして頷き合う。君らは本番前のアイドルグループか。つうか、何する気ですのん?
「さて、では王子以外はこれを着けるのじゃ」
「これ……って」
サイモンからのサービス品に入ってた目出し帽だね。流行りだとかいって顔のところがドクロ柄になってる。ガールズは装着して頷き合っているけど、怖いし。
「待って待って、これから飛ぶ先は暑いんだよ?」
「わかっておる。防寒のためではなく、威嚇のためじゃ」
「……う〜ん」
「いいから被らんかヨシュア。大丈夫じゃ、視界の妨げにならんことは確認しておる」
ドクロ目出し帽を被った俺を見て、目しか見えないミルリルさんは“よく似合っておる”とか笑うけど、嬉しくないです。
「では、行きましょうか」
「「はい、王子」」
「いつでも良いぞ」
俺とミルリルは互いの腰に手を回して王子の裾をつかむ。双子の護衛も同じように反対側の裾をつかんでいた。
「ヨシュア、向こうに着いたら片膝になるのじゃ。良いな?」
「へ? ああ、射界確保ね。わかった」
神木の前には、百体の死体。玉座の間への帰還には、ひとりにつきおよそ二十の死体……もとい、“恵みの通貨”が必要とのことで俺が用意したものだ。
「みんな、戦闘の用意は」
「「問題ない」」
「いつでも行けます。魔王陛下、開戦の鬨でも上げますか?」
「要らないよ。気負うことなく、淡々と進めるんだ。焦らず、逸らず、怠らずにね。これは、最初の一歩に過ぎない。君たちの未来は、ここから始まるんだから」
王子と護衛が頷き、神木に向いて転移のための詠唱に入る。
「行きます、皆つかまって」
死体の山が光の粒子になって拡散し、霧のように俺たちを包む。細かな光は相互にぶつかり合い弾け合って一斉に発光した。
数秒の間を置いて眩い輝きが消えたとき、周囲は薄暗い講堂のような場所に変わっていた。
目の前には、古びた石造りの椅子。これが玉座か。その先に、硬直した中年男と老人の姿が見えた。十メートルほど離れた壁際には三十名ほどの兵士。ほとんどが軽歩兵だが、話に聞いていた通り重装歩兵も混じっている。
戦闘に入ろうとした俺は、ミルリルに引っ張られて片膝立ちの姿勢にさせられる。
え? 射撃位置でやるんじゃないの?
「“奇跡”の顕現、たしかにお見受けいたした」
ミルリルさんが朗々と語り始めて、俺は屈んだままポカーンと彼女を見つめる。
「王家の聖嫡と友誼を結びし証として、我が魔の力を持って、いまこそ」
「「玉座の間を穢す蛮族どもに、掣肘を与えん」」
……いや、何してんの君ら。そういう演出は俺も入れてくれ。セリフを割り当てられたら、たぶん噛むけど。
ミルリルさんと目が合うと、無言で頷かれた。ほっとけ。
事前に繰り返したフォーメーションの通り、俺たちは王子を中心に角度を取って互いの射界を確保する。
「総員、射撃用意」
「「「「射撃用意」」」」
静かに告げると、王子を含む全員が復唱と同時にボルトハンドルを引く。PPShはボルトハンドルについたセイフティが使いにくいので、初弾発砲までは薬室を空にしていたのだ。揃った金属音が、静まり返った部屋に響いた。
訓練と同じ号令、訓練と同じ手順。落ち着いて、正確に、素早く、いつものように行うだけだ。
各個判断で発砲しろ、と身振りで告げると頷きが返ってきた。戦闘開始だ。
老人と中年男は揃ってこちらに身構えていた。カイエンホルトがどちらかわからん。ここで俺が射殺して終わり、ではあまりに不人情というものだろう。
「……お前、は。……ハイダル、だと?」
「生きて、いたのでござりまするか!?」
「ああ、そうだ。死の淵から戻ってきた。やり残した罪を、拭うためにな。我が罪は、王国を食い荒らす害虫を、無辜の民の前に生きて残したことだ」
「貴様……!」
中年男の方が、壁際の兵士たちを怒鳴りつける。
「何をしている! 先王の血族を騙る賊だぞ、その罪、万死に値する! 殺せ!」
ハッと我に返ったらしい兵士たちが剣を抜き、俺たちに向かって突進してくる。王子はそのまま動かず、護衛の双子が発砲を開始した。俺たちも自分の立つ側の敵を掃射して薙ぎ払う。
「なッ……⁉︎」
決着は、一瞬だった。愕然とした中年男の声が虚しく響く。壁から玉座までの十メートルは至近距離とはいえ、サブマシンガンを相手に近接武器を持っただけで向かってくるのは過酷すぎる条件だ。間には数々の調度品があり、乗り越えや迂回を余儀なくされるが遮蔽の役には立たない。そもそも兵士たちは、こちらの武器がどういうものなのかも理解しないまま一瞬で蜂の巣にされて倒れ、動かなくなった。
「……そんな、馬鹿な」
背後に控えていた重装歩兵が五人、中年男の前に出て盾を構えた。聞いていたよりも反応が鈍く、動きも遅い。
盾の庇護から弾き出された老人は、床に這い蹲って頭を抱え、震えながら祈りのような言葉を繰り返していた。こちらがカイエンホルトという線は消えたな。
「……なん、だ、これは」
混乱から回復していない男、魔王カイエンホルトは盾の向こうで俺たちを睨みつける。初めて見た銃器の脅威に、有効な対応を考えることもできないのだろう。
ハイダル王子が、魔王に向かって一歩だけ進み出る。PPShを構えた王子に前方への対処を任せ、護衛の双子と俺たちは周囲の警戒に回る。
「カイエンホルト」
王子は、静かにいった。
「貴様に滅ぼされたソルベシア王家の名に於いて、誅伐を行う。これは正義ではない」
玉座の陰になった物陰で動きがあった。即座に反応した護衛の双子が銃弾を浴びせて射殺する。
「……私怨だ、偽魔王」
自嘲めいた王子の声に、カイエンホルトが不快げな呻きを上げる。
「偽魔王、だと? 貴様、は何を……」
フンと鼻を鳴らして、ミルリルさんが前に出る。止める間もなく俺に手を向け、紹介するように腰を下げた。
「数奇な縁により、王子に手を貸すことにはなったがの。こちらにおわすお方は、真の魔王、魔王のなかの魔王じゃ。人呼んで、“鏖殺の魔神”。北方魔王領ケースマイアンを統べる、ターキフ・ヨシュア魔王陛下じゃ」
あの……ミルリルさん。なんすかそれ、初耳なんですけど。
まあ、いいや。ここまできたら威嚇も隠蔽も必要なかろう。俺は暑苦しい目出し帽を剥ぎ取って、カイエンホルトに素顔を晒す。量産型のオッサンでしかない俺の顔を見たところで特段のリアクションはない。探るような視線と魔力による鑑定に似たくすぐったい感触が伝わってきたが、それだけだ。
もういい。用は済んだ。俺は、王子と護衛に弾倉交換を指示する。
「お初にお目に掛かる、名ばかりの魔王。……そして、ここでお別れだ」
俺が手を振ると、王子たち三人からの一斉射撃で総計百五発の7.62ミリトカレフ弾がカイエンホルトに振り注ぐ。渾身の魔導防壁を張っているようで着弾のたびにバチバチと魔力光が弾け飛ぶ。
「卿を守れ!」
「応!」
大盾を保持したふたり護衛が、射線に身を投げるように前に出た。俺も王子たちをサポートするためRPKを全自動射撃で叩き込む。鉄製の大盾に魔導防壁の重ね掛けでもしてあったのか数発は弾き逸らしていたようだが、三十発の7.62ミリアサルトライフル弾を食らった護衛たちは青白い魔力光を跳ね散らせながら貫通弾に臓腑を食い破られて事切れる。ガシャンと甲冑が床を打ち、PPShの、次いでRPKからの銃火が弾薬を撃ち尽くして途絶える。
「弾倉交換!」
「「「はい!」」」
「俺たちが押さえる、貴様は増援を呼べ!」
前列のふたりが死んだ穴に、中列のふたりが入れ替わって収まる。その頃には、PPShとRPKの弾倉交換が済んでいた。次の三十発が叩き込まれ、援護射撃として放たれた王子たちの7.62ミリ拳銃弾がカイエンホルトの周囲に火花と魔力光を散らす。三人で攻撃や着弾のタイミングをずらし、攻撃位置を散らすように掃射しているせいでカバーしきれなかった身体の末端部分に流れ弾が当たり始めた。
「あああぁッ⁉︎」
傷付けられた経験がないのか、悲鳴を上げて身を竦め、怯みながら下がる“ソルベシアの魔王”。中列だったふたりも倒れて、残る護衛はひとりだけだ。
後方にいた護衛は手にしていた魔道具を用済みとばかりに放り出す。機能は知らんが、増援を呼ぶための警報機か通信機なのだろう。大盾に持ち替えてカイエンホルトを守る位置に踏み出す。
「カイエンホルト卿、足止めします。脱出を」
「俺に、逃げろ……だと? こんな、蛮族のガキに!?」
「そんなことをいっている場合では」
その実、足が竦んで動けないようだけどな。俺は挑発で動揺を誘い攻撃の隙を作る。
「逃げるのは構わんがな、カイエンホルト。無駄だ。我が死の鏃は百何千と降り注ぐぞ。お前が死ぬまで、どこへ逃げてもな」
「黙れ、下郎! すでに増援は呼んだ。生きては王城を出られんぞ」
護衛が兜の庇から、怒りの篭った目をわずかに覗かせる。睨みつけてくる重装歩兵に、俺は笑いかけた。
「……ほう、増援。増援か。それは何万くらいのものかな?」
「なに?」
「北方魔王領ケースマイアンを襲った敵は、重装歩兵や重装騎兵を含む三万の兵力だった。半日も掛からず蹴散らされたがね。その後の敵も、最新最強の布陣で望んだが、全て返り討ちにしてやった」
「くだらん世迷言を……!」
「増援とやらを頼みにしているのなら、残念ながら無駄だ。本当の魔王の戦い方は、そんなに生易しいものではない。もっとも……」
RPKを構えるより前に、UZIの弾頭が兜の隙間から目玉を貫いていた。
「……それを知る機会は訪れんだろうがな」
「まったく、偽物の魔王に付いたのが運の尽きじゃ」
床に転がっていた老人を盾に、カイエンホルトが立ち上がった。
「おのれ……ッ!」
魔法陣が王子の足元に広がる。護衛の双子が襟首をつかまえて引き戻すと、ハイダルのいた場所に爆風が吹き上がった。
「死ね死ね死ねぇ……! 死に損ないの魔物どもが!」
王子を庇いながら退却する彼女たちを追って床に次々と魔法陣が出現する。RPKから三十発のアサルトライフル弾を叩き込むが、カイエンホルトが翳した手の魔導防壁に阻まれる。弾倉交換をしてさらに三十発。その間にもトカレフ弾と四十五口径拳銃弾が雨霰とばかりにカイエンホルトへと降り注いだ。
「この、程度で……ッ!」
魔王と呼ばれた男も猛烈な弾雨に押し負けるかと思ったそのとき、駆けてくる足音が聞こえた。
「第二近衛師団、参上!」
振り返ると、増援らしき重装歩兵の一団が数十名、扉を蹴り開け玉座の間へと踏み込んでくるのが見えた。




