25:小さな陥穽
「こいつ、ひどい」
「あ?」
「うちの獲物を奪ってグチャグチャにして、変なのに押し込んで散々振り回した」
車でケースマイアンの防衛線まで戻ったミルカちゃん(女の子だった)の第一声は、それだ。
こいつ、というのは、俺である。
たしかにデコボコ道を飛ばして帰ったから、チビッ子エルフは車内でピンボールみたいになってたけど。あと騎兵を散弾でミンチにして殺したのも事実だけど。そうなった理由の半分はお前を助けるためだろうが(もう半分は私怨)。
そんな粗相した犬を見るような目で、こっち指さすなや。泣くぞ。34歳が地面でジタバタしながらギャン泣きするぞ。
俺が反論するまでもなく、ミルカはエルフの男から後頭部をシターンと引っ叩かれた。
「あいたッ! なにすんだコーネル!」
こいつ、たしかミルカが行方不明だって俺たちに伝えてきたエルフだ。戦争開始を伝えてきたのも、こいつ、かな。
コーネルっていうのか。覚えたが、たぶん使い道はないな。他のエルフと混ざると見分ける自信がない。
「無礼を詫びろ」
「こいつに!?」
「当然だ。……が、その前に、ちゃんと礼は伝えたのだろうな?」
「礼? なんの?」
またシターンと引っ叩かれたエルフ娘は、俺を恨みがましい目で見る。
俺は知らんし。車内で跳ね回ったのも、ちゃんとつかまってろっていう忠告をガン無視した結果だし。傷が開いたとか怒られたけど、それシートベルトを拒絶したからじゃん。
安全な場所まで戻ってきてようやく気付いたことだが、平野部の端まで転移で移動すりゃよかったのかもな。戦闘まで間があるいまなら、魔力消費もさほど気にしなくていいし。まあ、いまさらだ。
「いまにも戦争が始まるというのにノコノコ出歩いたまま帰らず、忙しい大人の手を捜索で煩わせた挙句、お前を追ってきた騎兵との戦闘までさせたそうではないか」
「あ、あんなの、うちひとりでも倒せた!」
またシターンと引っ叩かれた。もうやめたげて。その子の脳ミソ死んじゃう。ただでさえ、なんかアホっぽいのに。
「倒せたというがミルカ、お前の武器は」
「いや、いまは……ない、けど! それは、だって!」
「ヨシュアとミルリル殿が助けに行ってくれなければ、死んでいた」
またシターンと引っ叩かれた。俯いたままグーッと歯を食いしばり、両手を握りしめて涙を堪えたまま怒りだか悔しさだか恥ずかしさだか知らんけど激情に身を震わせている。うん。わかる。なんか、そういう年齢の頃の譲れない謝れない感じって、あるよね。
それはいいけど、俺を見るなエルフっ子。叩かれているのはお前の態度と口が悪いせいであって、俺の指示でも責任でもない。
「わかった、もういい。お前は、我らの戦いに出さない。エルフの武器も渡さない」
「……ッ!!」
ミルカはコーネルに食って掛かろうとするが、思った以上の冷え切った目と殺気に怯んで口を噤む。イケメン優男が本気で怒っている顔というのが、これがなかなかの恐ろしさなのだ。
「うちが、勝手に偵察に出たから? こいつらに愛想を振らなかったから? それだけで……」
「それ以前の問題だ。お前は、信用できない」
「!」
ショックを受けたというよりも、怯えたような顔だった。またミルカの目が赤く滲んで見えた。その色も光も、前よりずっと強い。
……赤?
「仲間に敬意を持てない、迷惑を掛けて詫びる気もない。無能なせいで足を引っ張り、多くの者を危険に晒す。誰がそんなヤツと一緒に戦いたいと思うんだ」
「……ッ!」
「勝手に死ぬだけならいいが、俺の……俺たちの、大事な仲間を巻き込むな」
むっつりエルフの急なツンデレターンも、俺には喜ぶ気にはなれなかった。ミルカは駆け去り、ミルリルが後を追う。
イケメンエルフと一緒に取り残された俺は、嫌な予感に囚われていた。
いや、正確には予感じゃない。これは技能による、確信だ。ステータスの向上で、手に入れたのであろう能力。
それは俺にとっては福音ではなく、たぶん呪いだった。
「コーネル、だっけ。ひとつ聞いていいかな」
「なんでも」
「ミルカの目の色、俺たちになんて伝えてたか、覚えてるか」
「……ん? 青だ。アンタも見ただろう。あれは北方エルフの血だな。ここいらでは珍しいが」
「赤い目の亜人はいるか?」
「人兎の民が、北方の大陸にいると聞いたことはあるが。間に大洋を挟んでいるから、我らとの接触はない」
腹の奥が、ズンと重くなる。悪意の監視者、というのがそれだ。悪意や敵意を持つ者の瞳を赤く視認する。コーネルの頭上にも、うっすらと緑の横線が見えた。やっぱHPバーかよ、クソが。
これも、ミルカのは赤かったような気がする。
「……わかった。それじゃあ、もうひとつ。あの子、ミルカがここに来てから、何か変わったことはないか」
コーネルの顔色が、変わった。




