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【完結&書籍化】スキル『市場』で異世界から繋がったのは地球のブラックマーケットでした  作者: 石和¥
6:灼熱のソルベシア

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248/422

248:出陣前夜

 森のなかにサイモンから調達した軍用の大型テントを張り、なかに折りたたみベッドや寝具を並べる。もうひとつのテントには水と携行食料、缶詰や菓子類や乾パンやレトルト食品を置いた。火の起こし方はわかっているようなので、鍋での加熱方法や調理方法、容器の開け方を教えて、昼飯には実際に作って食べてみた。

「おいしい、ふしぎな、あじ」

「これ、おにく?」

「ええと……ビーフってかいてるから牛肉だね。うし、わかる?」

 子供達は顔を見合わせて首を振る。ソルベシアに牛肉食がないと知って一瞬ちょっと焦ったが、王子に訊くと単に牛を飼育していないだけで宗教的なものではないとわかって安心した。

 有角兎(ホーンラビット)の肉や根菜など、生鮮食料品もいくらか置いて行くが、それは小春日和の森ではなく、まだバリバリに冬の気配が残っているアジトの丘付近に立てたテントのなかだ。ちょっとした保冷庫くらいの温度なので、帰ってくるまでは問題ないだろう。

「水をくださる神木には、朝晩に祈りと魔力を注ぐように」

「はい、おうじ」

 リーダーのテニアンちゃんに、王子が森で過ごす心得を伝えている。ハイダル王子の創り出した春の森は寒さも悪天候も防げるというが、それでもトラブルが起きたときには魔法的な対処が必要になるようだ。

「長くても五の夜を過ごすだけだ。テニアン、お前ならできる」

「はい、おうじ」

「何が起きても、落ち着いて対処するんだ。仲間さえ守れれば、他のことはどうでもいい」

「はい、おうじ」

 緊張してはいるが、テニアンちゃんはしっかりと頷いて仲間を守ると誓っていた。

「モフ」

 俺も、出発前に肝心なことを済ませておかなければいけない。

「わふ?」

「俺たちが出掛けている間、ここに残る子たちを守ってもらいたいんだ。テニアンちゃんがお姉さんとして皆を率いるし、マッキン領主やエクラさんも手を貸してくれる。でも、俺たちが最も頼りにしているのは、お前だ、モフ」

「わふ」

 あれ? すごく気持ち込めて頼んでるのに、なんだか反応が、えらく素っ気ないような。

「頼まれるまでもない、といったところじゃの。こやつは、元々そうするつもりだったようじゃ」

「わふん」

「そう、なのね。うん。ありがとな、モフ」

 俺はモフの喉元と腹をワシャワシャと撫で回し、賢く優しい仲間の存在をありがたく思った。

「わふ、わふん」

「ほう」

「わふん?」

 ええと……なんだろ、この微妙な空気。ミルリルさんとモフが見つめ合っているんだけどイマイチこう、気持ちが擦れ違っているような、上滑っているような違和感がある。

「どしたん?」

「わ、わふ……」

「……なんやら色々というとるようじゃが、ソルベシアの民は持っておる魔力が実に豊富で濃厚で美味いと」

「わ、わふッ、わふん!?」

「本当かのう?」

 ミルリルがモフの顔をホールドして、ジーッと目を見つめている。尻尾が垂れ下がって腹の方に巻かれているあたり、スッゲー格好いい感じだったのに台無しである。

「悪気がないのはわかっておる。しかし、あまり子供から魔力を奪うでないぞ?」

「わ、わふーん!?」

 なんか、“そんなことしませんホントですー”て感じで激しく否定しているようだが、ここまで動揺するモフの姿を見るのは初めてだな。ミルリルさんも、そのへんにしといてあげなさいな。


 子供たちがモフと一緒にテントで眠りに就いたところで、王子と護衛の双子を呼んで最後の打ち合わせを行う。

「玉座の間への帰還は夜明け前、ひと気のない時間を狙って行う」

「「「はい」」」

「その場にカイエンホルトがいない可能性は?」

「ありません。旧ソルベシア領を統治する上で、制御可能な魔導師が玉座の間を離れることは常に奪還の危険が付いて回ります。安定した状態であれば代理や護衛の兵だけでも任せられますが、王族と民を武力で排除してから、まだ一年も経っていないのですから」

「転移と同時に、その偽魔王と出くわすことになるのじゃな?」

「はい。他人を信用しないカイエンホルトは玉座か、続きの間にある寝所にいるでしょう。置けるだけの兵に身の回りを守らせて」

「城外までの道は、車両が通れるかどうかギリギリの幅だな。そこは状況を見て考えよう。車幅が通れたとしても、途中の橋の強度が少し不安だ」

「「「はい」」」

 王子たち三人は手に馴染むまで使い込み自ら入念に整備したPPSh(サブマシンガン)を各二丁、携行している。銃の過熱を考えて皮手袋を装着し、携行袋に箱型弾倉を十本ずつ持っている。銃本体と合わせて四百二十発。ミルリルさんはUZIとM1911とアラスカンで百三十発。俺はAKMとRPKで三百発。

 これで玉座の間を襲撃してカイエンホルトを倒した後、可能な限り早い段階でキャスパーの車内に逃げ込む算段だ。車内に入りさえすれば、PKM軽機関銃三丁と予備のPPShが十丁、三千を超える銃弾が臨戦態勢で用意されている。M79グレネードランチャーと追加購入したIEDもだ。

「よもや負けんとは思うがのう。おぬしらが怪我をせんのが最優先じゃ。覚えておけ。無事でいられさえすれば、報復の機会は何度でも訪れるんじゃ」

「「「はい」」」

「気が高ぶっておるのはわかるが、少しでも寝ておけ。払暁(よあけ)とともに出発じゃ」

「「「……はい」」」

 車内環境に慣れるのを兼ねて、王子と双子はキャスパーの後部コンパートメントで横になり、俺とミルリルは運転席と助手席で休む。

「明日には砂の国か、楽しみじゃの」

「うん、ミルリルのそういう前向きなところには、本当に助かってるよ」

「なに、戦は常に最悪を想定して、最良を望むのじゃ。おぬしがいうておった話ではないか」

 そうだっけね。覚えてないけど。

 王子から聞き出した話によると、海岸線までは最短で四百キロ、最長で七百キロにもなる。その間には砂漠の他に山岳地帯や灌木地帯、わずかながら森林地帯もあるそうだ。住民は旧ソルベシア王国にとって敵対する国や部族がほとんどで、非常事態でも助けは期待できない。逃避行は、帝国の追撃がなかったとしても楽なものではないだろう。

「“きゃすぱー”は、良い“くるま”じゃの。こやつがあれば不思議と、どうにかなると思わせるものがあるのじゃ」

「そうかもな。こいつは、もう六十年近くも戦場を駆け回った老兵なんだけど、こいつに乗って死んだ奴はいないそうだよ。商売上手な商人の売り口上によれば、だけどな」

 他愛ない話をして笑い合いながら、俺たちはいつの間にか、浅い眠りに落ちていた。

 夢と現を行き来しながら、俺は切れ切れの夢を見ていた。どことなく野豚に似た巨大なラクダに揺られて、俺はミルリルと月の砂漠を進んでいる。俺の前に腰掛けたミルリルはふわりと薄衣のようなベールを被り、砂漠の民が着るような民族衣装を身に纏っている。

「月が綺麗じゃのう」

 ミルリルが振り返って笑いかけ、俺はひどく満ち足りた思いで頷いた。

「ああ、綺麗だね。本当に」

 月の光に照らされて、砂丘の上には無数の死体が折り重なっているのが見えた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] エンディング。色んな意味で。
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