247:名誉を守るために
森の外れにキャスパー装甲兵員輸送車を出したとき、王子たち三人は言葉を失った。
「「……なに、これ」」
「ええと……そうだな、名馬の産地なら馬車はあるだろ?」
三人は頷く。ソルベシアにも馬車はあると。戦闘用馬車もあるのかな。
「装甲馬車みたいなものだ。敵の攻撃を弾いて、兵を踏み潰し、敵陣を蹂躙する」
現代戦での装甲車の運用はもちろん違うんだけど、まあ他に説明のしようもない。
「馬は、見当たりませんが。これを馬に引かせるのですか」
「いや、馬の代わりに魔道具みたいな物がボンネットに積んである。地面から掘り出した油を燃やして走るんだけど」
「油で動くんですか? その構造はどうなっているんですか? どんな油で、どうやって燃やすんです?」
「「油が燃えて、なんで走る?」」
研究肌らしく興味津々の王子と、思考停止で固まっている双子の対比が面白い。後でエンジンも見てもらおうとは思うけど、内部構造は俺よりミルリルの方が詳しいかも。既に幼稚園バスの分解整備と改修を経験したミルリルにとって、似て非なるものである装輪装甲車の車体構造はある意味、戦車以上に興味深いようだ。
「こやつ、“きゃすぱー”というたかの。野豚の親分のようでなかなか頼もしい姿じゃ」
そうね。ぶっといフロントマスクで低い位置に取ってつけたようなヘッドライト、ずんぐりして太い車体は、たしかに野豚っぽい。ケースマイアンに置いといたら動物の顔が描かれていたことは間違いない。
「この腹はえらい硬いのう。ほれ、まったく反響せん」
舟形になった車体底部をミルリルさんがコンコンと叩く。そりゃ薄い鉄板でしかない民間車両とは大違いだろう。
「腹だけじゃなく、全体が軍用トラックの比じゃないくらい硬い。戦車ほどじゃないけどな」
「「……敵に囲まれても、突破できる?」」
構造や存在はチンプンカンプンとはいえ、自分たちの実務・実利に直結する部分では双子も反応を返してくる。
「うん、弓矢とか槍とかは楽に弾くよ。三人に渡したあの銃の弾丸なんかでは、傷も付けられない。もっとずっと大きくて強力な銃弾でも弾くそうだ。投石砲も、打ち上げられた岩や鉄球程度なら見てから動いても避けられるし、当たったところで壊れたりはしない。攻撃魔法については試したことがないからわからんけど、自然の落雷程度じゃ問題ないな」
王子は目が輝いているが、護衛の双子は脳のキャパシティをオーバーしたのか話の途中から目が虚ろになってしまった。
「「……嘘」」
「いや、ヨシュアがそういうなら事実じゃ。ケースマイアンでも同じであったがの。いちいち驚いておっては身が持たんぞ。深く考えずに、こやつは異常な力を持った男であると諦めて、慣れるのじゃ」
「「「……はい」」」
「納得してくれたのは良いけど、逆に俺が納得できないんですが」
「すまぬ。おぬしにとっては無礼と思うが、やむをえんのじゃ。異常事態を見るたびに迷って動きが止まるようでは危険じゃ。まして戦場では死を招くぞ」
「それはまあ、そうですけどね」
俺たちは、あれこれ調べながら車体各部を確認して回る。サイモンの能書き通り、百戦錬磨の古強者という風情を身に纏ったこいつは、この世界の戦場では無敵の化け物であることに間違いはなさそうだ。
「それじゃ後ろの扉を開いて、なかを確認して。脱出するときには、みんなそこで敵の兵士を排除してもらわなければいけないからね」
「「「はい」」」
車体最後部のドアを開けて、ミルリルと王子たちはキャスパーの内部に入る。重厚な装甲のせいで巨大な外寸から受ける印象より内部はかなり狭いが、天井も小柄な彼らなら頭をぶつけるほどでもない。窓があって外も見えるし、周囲の状況把握に困ることはなさそうだ。
「そこから銃身を出して撃つ。銃はもうひとつ、PPShより何倍も強力なPKMってのを二丁渡すので、後でそれの射撃訓練もしよう」
「「「はい」」」
「わらわは、そこの屋根じゃな」
「そう。PKMが銃座に設置されてる。いざとなったら、ミルリルが頼りだ」
「うむ、任せておくが良いぞ。狩りは得意じゃ」
銃身加熱の際に持ち替える予備のPPShと、装填済み予備弾倉の配置を確認。全員にPKMの弾帯交換の手順を説明する。実弾射撃はせいぜい数十発で押さえておくべきだろうが、やったかやらないかで大違いだ。
「まおーへいかー! ふね、くる!」
声のした方を振り返ると、城壁上で女の子が入り江の奥を指しているのが見えた。残留組の最年長、暫定リーダーに決まった十一歳のテニアンちゃんだ。利発そうな子なので、見間違いということはなさそうだ。
「ヨシュア、頼むのじゃ」
俺は頷くとミルリルを抱え、テニアンちゃんの隣に短距離転移で飛ぶ。ラファンのある水平線上に、こちらへと向かってくる帆船が見えた。
「……あれは大丈夫じゃな。タコの紋章が見えておる」
「みかた?」
「そうだ。でも、よく教えてくれた。立派に役目を果たしたぞ」
テニアンちゃんは、部下として見張りについていた少年少女たちと頰を緩める。俺はキャンディーとチョコの大袋を彼らに渡す。
「あのひとたちが来たら、俺と王子たちは少し話がある。下に降りて、みんなで食べな」
「「「ありがとー」」」
案の定、やってきたのはマッキン領主で、領主館を訪問したときにお願いしていた鶏を持ってきてくれた。いや、領主自らでなくても良かったんだけど。
運び込まれた鶏は、雌雄合わせて三十羽。この世界でも呼び名はニワトリみたいだけど、俺の知ってるそれより少し大きくて強そうだ。羽の色は茶色で名古屋コーチンぽい。サイズは五割り増しくらいか。習性や飼育法も聞いてみたが、まあ鶏である。調整次第で肉も卵も取れるし、虫や穀物や野菜クズみたいなものでも餌になる。上手くいけば繁殖もできるはず。
軽く話しただけなのに、マッキン領主は子供たちの服まで用意してくれた。当然ながら冬用の厚目のものだが、森に入ったマッキン領主たちはあまりの暖かさに戸惑いを隠せないようだ。
一番驚いているのは、なんでか同行していた“サルズの魔女”ことエクラ女史。
「本当に、これを魔法でやったのかい?」
「はい。ソルベシアの王族が身に付けた技です」
「……その若さで大したもんだ。おまけに、アンタたち揃って魔力量も凄まじいじゃないか」
なんだか魔導師同士のコミュニケーションがあるようなので俺はマッキン領主と話す。今回の譲歩と協力を受け入れてくれたことで、なんだかいうタコ印の短剣をお返ししようとしたが、断られた。
「それは持っていてくれ。今回の件はむしろ、本来は俺が対処して解決するべき問題のようだからな」
滅ぼされたとはいえ他国の王子を奴隷として国内に運び込まれたとあっては、国際問題になりかねんか。そうかもな。どういう解決が正しいのか、それが可能かも含めて俺にはよくわかんないけど。
「魔王……貴殿ら、今度は何をする気だ」
「なに、といわれましても。海賊に拉致されてきた外国人の保護ですが」
「そういうのはいいんだよ、魔王」
呆れ顔で俺を見るのは、いつの間にやら王子との話を終えてこちらに来ていたエクラさん。サルズの冒険者ギルドを預かるギルドマスターであり、共和国でもトップクラスの魔導師だ。南領の政治にも関与しているようだが、詳しい話は知らない。あんまり、知りたくもない。
「そんな毒にも薬にもならない建前を聞きたかったら、わざわざアタシまでこんなとこまで顔出すもんかね」
「信用ないですね」
「そらそうだろよ魔王。森の端にある、あの馬鹿デカい乗り物を見せられたらな」
おうふ、キャスパー仕舞うの忘れてた……。
「ちょっと、王子の里帰りを、ですね。お手伝いしようかと」
「心配には及ばぬ。カルモンとか、マッキン殿の送迎をしたくらいのことじゃ」
「「それが問題なんだよ!」」
「お?」
そんな、南領の重鎮ふたりにハモられても。
「アンタがサルズで、ローゼスで、ラファンやキャスマイアやハーグワイで何をしたか忘れたのかい⁉︎」
「え、ええと……依頼主の、安全を、守りましたが」
「……忘れたのかい」
エクラさんガックリしてはりますが、なんでや。クライアントを守って任務を遂行したがな。
「そりゃ、あの……止むを得ず、不幸な事故も、少しは」
「「少しは⁉︎」」
ハモるな。あ、エクラさんやめて、詰め寄られると怖いねん。
「アンタ、悪党の町の住民半分を肉片に変えて山ガラスの餌にしたことが、不幸な事故⁉︎」
「幸福な出会いもあれば、不幸な別れもあったということじゃ」
「風流な旅人みたいなこといって誤魔化そうとしたってダメだよ! アンタたちが出張って死人の山が築かれなかった試しはないんだからね!」
「そうはいうがの、エクラ殿。どうするというのじゃ、よもや付いてくるとはいうまいの?」
「行けるもんなら行くさ。さすがに止められるとは思えないけどね。でも無理ならせめて、無事に帰れる算段があるかどうかくらいは確認させてもらいたいね」
「わらわたちが?」
「へんッ、アンタたちが死ぬもんかい。そこの王子様と護衛の子たちがだよ」
へんッ、ていわれたでオイ。
王子様たちはといえば、少し離れたところで固まって俯いている。まあ、バリバリの武闘派魔女を前にリアクションしにくいのはわかる。
「万全じゃ。往路は王子の魔法でひとっ飛び、復路はケースマイアンが誇る驚異の新技術でひとっ飛びじゃ」
「行った先じゃ敵の兵たちが千だか万だかひとっ飛びなんだろ?」
エクラさんは手をグーパーと開いて、なにやら粉微塵に吹き飛ばされる様を表す。上手いね、しかし。
「相手の出方次第じゃの。王子の祖国を滅ぼした仇敵じゃ。再興が叶わんのであればせめて一矢報いさせたいと思うのが人情であろう?」
「一矢てのはね、少なくとも共和国じゃ一桁の人死にで済むような話をいうんだよ」
「勉強になるのじゃ」
喧嘩売ってるのかコントやってるのかギリギリな会話に俺は小春日和の森のなかで背中を冷や汗が伝うのを感じる。マッキン領主も同様なようで、一生懸命にフォローのタイミングを図っている。無理だろうと思うけどな。
「王子の仇敵ってのは、どこのどいつだい」
「我が祖国を滅ぼした、帝国の筆頭魔導師です。ヘルベルト・カイエンホルト。大陸全土を蹂躙し征服した、帝国が誇る殲滅魔導技術の重鎮。手向かった国の為政者を捕らえては実験台として不具にするのが趣味の異常者で、併呑された国からは、“魔王”と」
エクラさんとマッキン領主はポカンと口を開けて固まった。すぐに俯いて震え始める。
いや、ちょっと。このひとら、笑ろてはるでオイ。
「……わかった」
わかったんかい!
つうか、そこの小太り領主! そんな重々しい口調でいうても誤魔化されんぞ⁉︎ それ、ムッチャ笑い堪えてる顔じゃねえか。
「それじゃあ、しょうがないねえ」
なにを訳知り顔で頷いてるんですかエクラさん。なんでアッサリ退いた⁉︎
「魔王を騙る不埒な蛮族を殲滅するのは、まあ職業上仕方がないことかもしれないじゃないか」
「そうだな。ここは、送り出すとしよう。こちらに残った子供たちの世話は共和国南領主の名において、間違いなく遂行すると約束しよう」
「アタシも、できる限りの協力はするよ」
「戻ったら、領主館に顔を出してくれ」
「じゃあね」
え、あの……帰っちゃうの? 協力してくれるのはありがたいんですけど、なんでそんな急に物分かり良くなったのかが、逆に不安というか。
護衛を連れて立ち去る領主たちを不思議に思いながら見送っていた俺は、ミルリルから脇腹をつつかれる。
「ヨシュア、おぬしはわからんかもしれんがの。ふつうは、自分や血族の名を騙られたとあれば、殺す以外の雪辱はあり得んのじゃ」
「そんなもんか。いや、ミルリルのお父さんの名を騙った盗賊団を殺すのは理解できるけど、魔王……はホラ、別に俺の専売特許じゃないしさ」
「言葉はわからんが、なんとなくいわんとしていることは伝わるのう。しかし、そういう話ではないんじゃ。おぬしの名を汚されるということは、おぬしを信じ支える者たちの気持ちを踏み躙るということだからのう」
名誉を守る、か。そういうのは、元社畜の俺にはあまり理解できていないことなのかもしれない。
自分さえ良ければいい、というだけではない問題に俺は初めてプレッシャーを感じ始めていた。




