246:魔王の悪夢
「……というわけで、わらわたちはいま、再び海賊砦に来ておる。ここに見えておるのが、ソルベシアの王子ハイダルが成した奇跡じゃな。冬の最中に、常春の楽園を作り上げよった。なかなか見事なものじゃ」
広場の中心に広がる森でモフと戯れていた俺は小春日和の陽気に包まれ知らず知らずのうちに転寝してしまっていたようだ。
ふと目が覚めたのは、楽しそうなミルリルの声だった。
モフと一緒に声のしている方に向かうと、森の中心にある開けた場所で、のじゃロリさんがなにやら空に向かって話しているところだった。
キラキラと差し込む光を浴びてとても可愛らしいけれども、なんでか手には黒い杓文字。
「……ちょっとミルリルさん、なにしてはりますのん?」
「おお、魔王陛下のお出ましじゃ。ここでも元気に過ごしておる。共和国はなかなか良いところでの、飯も美味いし人も多くは素朴で善良じゃ」
え、なにそれ。なんかこう、レポーター調というかビデオレター口調なのがすごく、すごーく引っ掛かるんですけれども。
「隣におる白雪狼のモフは前回に紹介したのう。みなの話も大方理解しておって、会えるときを楽しみにしておるそうじゃ」
「……あの、それ誰に、しゃべってるんですかね」
「あそこに浮いておる、白いのがわかるかの」
わからん。俺の視力では白いも黒いも……って、見えた。百メートルくらい上空に、プロペラ付きの風船みたいのが飛んでる。その下にあるのはゴンドラっぽいけど、人が乗ってるっていう感じじゃない。ちっこいし。
「ほれ、手を振ってみよ」
笑顔でバイバーイ……って、ちゃうわ!
「待って、待って待って。あれ、もしかしたら」
「リンコが作りよった、“どろ〜ん”じゃ」
ちょっとォ⁉︎ あのポンコツ聖女、それでなにしてくれてんの⁉︎
「ただの定期連絡では退屈なのでの。リンコの発案で始めた、“今日の魔王陛下”じゃ」
「テレビ中継⁉︎」
「それじゃな。わらわはよう知らんが、光を映し出す魔道具で街角に流れておるそうじゃ。ケースマイアンでは、かなりの人気らしいぞ?」
いや……ちょっと待て、あの地図。ハートマークって、もしかして……⁉︎
「ミルリル、指輪を買った後の、あれ……」
「おお。リンコが、たまたま見ておったそうじゃな。天上の光が射した瞬間は、残念ながら中継ではなく記録映像だったらしいがの」
余計悪いわ!
「……まさかそれ、ケースマイアンで流してないだろうね」
「そこまで礼儀知らずではないぞ。あやつらも、こちらの“ぷらいばしー”とやらは考慮しておる。街角に映るのは、わらわがこのように伝えるところだけじゃ。そもそも、“どろ〜ん”の高さからでは声までは拾えん。声は、この“まいく”に話したものだけじゃ」
その黒い杓文字みたいの、マイクだったのね。それは良かった。……いや、ホントに良いのかはわからんけど。
ミルリルはそれから、あれこれ当たり障りのない近況報告をして、“それではまた来週”とかなんとかいって中継は終わった。
「リンコが、おぬしに代わって欲しいそうじゃ」
俺はヘッドセットを受け取って、頭に掛ける。
“御機嫌よう、魔王陛下”
「ご機嫌良くないよ。なんで俺たちの冬休みがリアリティ番組みたいになってんだ」
“まだ三回目の放送なんだけど、ケースマイアンで話題沸騰”
「何してんだよ。新しい飛行船で行き来してたのは聞いたけど」
“新型飛行船もあれこれ試行錯誤してるよ。その過程で、騎乗ゴーレムのアクチュエーターをベースに魔法制御のサーボモーターを試作したんだ。それを使ってラジコンできないかなと思ってね。試してみたら、けっこう上手くいったから、どんどん話が転がってっちゃって。電池の代わりに魔珠を積んでるんだけど、これ良いよ。稼動時間が一か月以上もあって、もう少しで自律稼働も実現できそう”
「……楽しそうだな。みんな元気でやってんのか」
“元気元気。みんな楽しくトラブルもなく順調に過ごしてる。あちこちから移住してきて、ケースマイアンの人口も増えてるよ”
「そっか。足りないものとか必要なものがあったらいってくれ。飛行船で来たときに渡すから」
“おっけー。とりあえずは、特にないかな。そんで、いまドローンの長距離型試作機が大陸外に飛んでるんだけど。ナイスタイミング、でしょ?”
「まあな」
このインドアでテロリスト気質のポンコツ聖女、ただ遊んでるだけではない。やることはキッチリこなしてくる辺り、対処に困るのだ。
「ソルベシアって王国があったとこまでの距離はわかるか」
“その国の位置は特定できてないけど、南の砂漠地帯だったよね。だったら概算だけど、七千キロ”
「おい、ウソだろ⁉︎」
そんなとこから戦闘後に荒海越えて帰還となると、さすがに足がないぞ。
ホバークラフトでも不可能ではないだろうが、かなりの無理ゲーになることは想像に難くない。ここはミサイル艇でも買うしかないのか。高額の出費が予想される上に、人員確保に不安がある。まさかカルモンパパを雇用するわけにもいかんだろうし。その上、これが最大の問題なんだけど、冬休みが終わった後で使い道ない。
「近いうちに王子の魔法でソルベシアに飛ぶ予定なんだけど、帰りは少し遅くなるかも……」
“大丈夫、こっちで迎えを出すよ。どこでもいいから海岸線に向かってくれたら、そこで拾うから。七千キロなら……どうだろ、翌日には帰ってこれるかな”
「迎えって、飛行船で? そんなに速度が出せるようになったのか」
“ええと……ああ、うん。そんな感じ。期待してくれていいよ。じゃあ、ドローンから見て良さげなタイミングで拾うんで、頑張って暴れてきてよ”
通信は切れた。距離的にケースマイアンと繋がってるとは思えないし、妙に音声がクリアだったのでヘッドセットに飛ばしていた音声はドローンに搭載された機材からの中継なのだろう。理系でもエンジニアでもない俺には理屈などサッパリわからんが。
「リンコは、なんぞいうておったか?」
「ああ。襲撃決行後は良いタイミングで拾ってくれるそうだ。何で、どうやってかは、教えてくれなかったけど……海岸線に向かえって」
「海か。そうか、あやつらは、ずいぶんと楽しんでおるようじゃのう」
「何の話?」
「わらわも詳しくは知らん。まあ、戻りの足は心配なかろう。海まで出る手段を確保できれば万全じゃ」
「それは、確保したんだけどさ」
「では、問題なしじゃ」
ミルリルは笑って、ドローンに手を振った。正直、俺にはまだ不安と心配しかないんだけどな。
「知っておるか、ヨシュア。リンコはハイマン爺さんたちとの工房で、ひとつだけ決まりを作ったそうじゃ。それが、おかしな話での。……いや、なるべくしてなった、ということかもしれんが」
「決まりって?」
「あやつらが作るのは、“みんなが幸せになれるものだけ”だそうじゃ」




