245:アフリカの亡霊
「ああ、だったらキャスパーがあるぞ」
こちらが置かれた状況と要求項目を説明したところで、サイモンが出してきた提案がそれだった。
キャスパーって、なんだっけ。いきなりいわれても子供アニメのキャラしか浮かんでこない。
「安いし車高も高くて見晴らし良いぞ。大径タイヤで全輪駆動だから悪路走破性も高い。コンパートメントに十人くらい乗れるし、安い。丈夫で防弾も万全、窓も軽機関銃弾くらいは止める。安いしな」
「なんで安いて三回もいった。タイヤってことは、それ装輪装甲車か?」
「そう、装甲兵員輸送車だ。設計は南アフリカだけど……いまでもライセンス生産で現役じゃなかったかな。こっちで出回ってるのは輸出された本国製、最終使用者はアンゴラかブルンジか、そのへんだったはずだ」
「バリバリの戦場帰りじゃねえか。どんだけ数奇な運命を辿ったんだか……」
「ああ、車体部品のいくつかはローデシア軍で使用されたって聞いてる」
ローデシア……って、六十年代じゃん! スゲえな、もう軍オタが燃える歴史の一ページだよ!
「まあ、とにかくお勧めだ。安いし、地雷対策車両の原型になった車両だから、攻撃魔法? くらい止めるだろ、知らんけど」
「おい」
ツッコミはともかく、安い安いって何度もいわれると興味は湧くけど不安にもなる。例によって顔に出ていたのだろう、サイモンは俺を見て笑う。
「ルーフの銃座とガンポート用に、PKMを三丁と交換用の銃身六本、7.62x54ミリR弾の箱入り百連ベルトリンクを二十個付けて、五万ドル」
「やっぱそのパターンかよ!? それ車両価格じゃなくて、単にその金額が必要なんだろ!?」
「よくわかったな」
わかるわ! サイモンまた在庫処分と資金確保を兼ねてるな。どこぞの通販番組みたいに山ほどおまけを付けてくれるんでありがたくはあるんだが、自分とこの資金繰りは俺じゃなく経理と相談しろよ。
それにしても、PKMか……まあ、良いんだけどさ。AKMと弾薬・弾倉を共用できるRPKと違って、PKMは弾薬自体も違うし、ベルトリンクで繋がってるから軽機関銃として別の運用が必要になる。せいぜい弾薬共用できるのは、T-55の主砲同軸機銃くらいか。
「同じ弾薬ってことで、スコープ付きのドラグノフを一丁サービスだ」
こいつ、ホントやり口が上手いというか汚いというか……銃オタの“一回くらい撃ってみたいランキング”の五位くらいで安定してる感じだよね、ドラグノフって。使うときは弾薬をベルトリンクから外さないといけないから、PKMと弾薬共通でもメリット薄いけど。
と思ったら弾薬は別に二百発付けてくれた。ツボの押さえ方が憎い。もう降参するしかない。
「わかったよ。そのキャスパーってのをもらおう」
「まいど!」
どこで覚えたんだ、そのインチキ臭い関西弁。
別途必要な物資をオーダーしたら、それも即座に揃えてサービスにしてくれた。すごく助かるが、えらい丼勘定だな。最近それが顕著になってるような気がする。
「……それで、今度は何を買うんだよ」
「倒産寸前の縫製工場だ。貧困層支援に公営化する」
「なんか聖者の道を邁進してるな、サイモン」
金貨を小樽でふたつ出す。ついでに貴金属と銀貨の入った小樽もひとつ。中身は概算だけど七、八万ドルにはなるだろ。
「ずいぶん多いぞ」
「差額で食堂を作って、労働者に昼飯を出してやれ」
それで雇用も消費も創出されるし、労働者の定着率上がるんじゃないのかね。素人考えだけど。
「わかった。せいぜい美味い飯を提供するさ」
引き渡されたキャスパーAPCは、白く塗られた妙にゴツくて車高の高いトラックだった。ぶっとい車体にボンネットがあって、スクールバスがマッチョになった感じ。俺くらいのヌルいミリオタには見覚えのない車両だが、原型だけあって米軍の地雷対策車両に似てる気はする。
地雷対策なのか車体底部は船みたくV字になってて、かなりリフトアップされている。その結果、運転席はウラルよりずっと高い。スペアタイヤが車体最後部の上に左右対になって装着されているのが変な感じ。まあ地雷原を進むとしたら、そこが一番安全なんだろうけど。
車体の横に並んだ防弾仕様の窓は横長で小さく、その下に片側六か所ずつの銃眼がある。屋根の防楯付き銃座には既にPKMが装着されていた。いかにも臨戦態勢といった迫力は、ウラル軍用トラックの比ではない。
「しっかし、これスッゲぇな……」
「だろ⁉︎」
「違うよ、この弾痕だよ!」
どんだけの修羅場を潜り抜けてきたやら、車体には満遍なく銃弾を喰らった痕跡があった。分厚く塗りたくられた白ペンキでもまったく隠せていない。
「安心してくれ、抜けた弾丸はない」
「嘘つけ、これ運転席周り交換してるだろ。下地の色が違うもん」
「そうか? 死人は出てないって聞いたけどな」
「そう願いたいな」
「なに、エンジンやら駆動系はひと通り改修と整備はしてある。5・6リッターのターボディーゼルで馬力も上がってるし、タイヤもランフラットだ。戦場で止まることはねえよ」
逆にいえば、外装は年代ものってことだ。“車体部品のいくつかは”て、これローデシアの戦場にいたの、車体そのものの方じゃねえか。
磨いたか削れたか各部のエッジが丸まってたりフェンダーグリルのルーバーが欠けてたりと歴戦の勇士……あるいは死に掛けの老兵といった凄惨な空気を身に纏っていた。
「これなら剣や槍は問題にもならんな。矢と投石砲も、こいつの外装で止められそうだ」
「問題は攻撃魔法か。でも聞いた話から判断する限り、即死っつったって対人攻撃だろ? 対装甲兵器じゃなきゃ止められるさ。装甲車だぞ?」
だぞ、っていわれてもな。
まあ、いいか。ケースマイアンに置いてきた車両は長距離移動を想定していない戦車と、キャスパー以下の装甲しかないハンヴィーやウラル、となればこいつに頼るしかない。
“あるもので最善を尽くすのが戦というものじゃ”って、ミルリルさんもいうてたしな。
「……まあ、やるだけやってみるさ。この古強者がどこまでやってくれるか、お手並み拝見といこう」
「戦果を期待してるぜ、ブラザー」
「そうだ、こいつを見てくれ」
あれこれ渡してもらって取り引きが済んだところでサイモンが写真を数葉、差し出してくる。笑顔のひとたちが、大きな建物のゲート前で手を振っていた。当然ながら見覚えはない。
「なにこれ」
「お前の出資で再建された病院だ。ほら、“ミル=ヨシュア記念病院”て、プレートにあるだろ?」
「ちょっと! なんでそこで実名を出すかな!?」
「魔王の出資だからって“サタン記念病院”はさすがに無理だし、日本語の“マオー記念病院”だと、なんか共産主義のヒモ付きみたいだしなあ」
「そういう問題じゃねえだろ」
「学校も、もうすぐ完成する。“ミル=ヨシュア初等学校”と、“ミル=ヨシュア高等学校”になる予定だ」
「自分の名前でやれよ。“サイモン初等学校”とか“聖人高等学校”でいいだろよ」
「やだよ、恥ずかしい」
「おい!」
結局、写真はもらっておいた。ミルリルさんに見せると、彼女は嬉しそうに笑った。
「良い名前じゃの。それに、みな良い顔をしておる」
たしかに、大きくて綺麗な病院で、写っている医師も看護師もスタッフも、みんな若くて頼りになりそうな感じに見えた。いまサイモンが頑張って積み上げているものは、幸せな未来なんだと確信できる光景だった。
俺も、幸せな未来が作れるように努力しようと思った。せめて、手の届く範囲だけでも。




