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【完結&書籍化】スキル『市場』で異世界から繋がったのは地球のブラックマーケットでした  作者: 石和¥
6:灼熱のソルベシア

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242/422

242:いつか豊穣の地へと

「まさかターキフさんが、魔王陛下とは。奇遇ですね」

「奇遇?」

 拘禁枷(シャックル)やらいう魔力を封じる拘束具から解放されて、ハイダル王子は両腕を広げて大きく深呼吸する。ようやく自分を縛っていたものから解き放たれたのだという、自信と誇りに満ちた笑顔で。

「「……王子」」

「いいんだ。魔王陛下を前に、礼儀を欠くわけにはいかないよ。仮にも、“魔族”と呼ばれたぼくたちがね」

「魔族?」

 俺とミルリルは苦虫をダースで噛み潰したような双子の女の子たちを見る。王子の口からいわせたくなかったのが、それか。その顔から察するに、魔族の称号は彼らにとって、どうにも受け入れがたいものだったようだ。わかるけど。

「魔王陛下には大変失礼な物言いになりますが、ソルベシアの民を指す“魔族”というのは明白な蔑称です。強大な魔力を持ち、他国と系統の違う魔術を使うことからそう称されていたからです。半分は異物への蔑みから、もう半分は得体の知れない者への怖れから、ですが」

 う〜ん……なんか俺らより本格的っぽい魔族登場。いつかこんな日が来るのではないかとは思っていたが。

 勝手に周囲から魔王呼ばわりされて開き直ったはいいけど、俺は“市場”以外に目立った能力がない。せいぜいが転移と収納くらいか。でもそのスキル生きるの商人だよね。ほとんど消去法で魔導師にカテゴライズされてはいるものの、攻撃魔法やら治癒魔法やら魔導防壁だか障壁だか、そういうのはからっきしだ。

 正直、気まずい。

「ケースマイアンの“魔族”たちも、似たようなもんだよ。それと、期待させちゃってたら悪いんだけど、俺が魔王っていうのも、周囲から押し付けられた二つ名だ。悪魔を従えたり、魔獣を使役したりってこともない」

 妖獣と行動を共にしてはいるが、従魔ではなくお仲間である。しかもモフさん、ヌクヌクしたグリフォンのなかから出てこないし。

「お気遣いなく。それは、ぼくらも同じ……いえ、もっと期待外れです。戦う力など、ろくに持っていないのですから」

「そこの双子は、そこそこ出来そうだがのう?」

「正確には、戦わないことを誇りに思ってきた民ですね。ソルベシアの王族は、古代の賢者を始祖に持つ研究者の末裔なのです。天と地の(ことわり)を知り、真理を読み取って、民を豊穣の地へと導く」

「もしや、リンコの同類かの」

「あのポンコツ聖女は、自分の楽しみだけでやってるだろ。少なくとも他人を導く気はなさそうだけどな」

「魔王陛下のお仲間にも、研究者がおられるのですか。是非いつか会ってみたいですね」

「引き合わせるくらいは、お安い御用じゃ」

「では少し、魔王陛下が取り戻してくださった“ソルベシアの力”をお見せしましょう」

 ハイダル王子は、アジトから外に出る。外には広場の端にグリフォンが止まっていて、屋根で緊張感のない妖獣の白雪狼(モフ)が丸まっていた。車内より陽当たりが良いのか風通しが良いのか、そちらに移動したらしい。

「あれは、魔獣ですか?」

「妖獣じゃな。わらわたちの連れじゃ。危険はないので寝かせておいてやってくれんか」

「御意」

 王子は聞き覚えのない呪文のような言葉を口にしながら天に向けて手を広げた。

 吹き溜まった雪の上に焼け焦げた廃材と焼け残った死体の残骸だけが転がると寒々しい広場。その中央が隆起すると、わずかに湯気を発する土に変わる。そこがシュルシュルと伸び始めた草で覆われたかと思うと、青々とした草原になって花が芽吹き出した。

「……おい、嘘だろ」

「なんじゃ、あれは」

「「王族の持つ奇跡」」

 俺たちの背後でウットリと呟いた双子の言葉に、振り向いたハイダルは苦笑して首を振った。

「残念ながら、これが限界です」

 二百メートル四方の広場の真ん中、直径十メートルほどの部分だけが春に変わり、暖かな空気に満ち溢れているように見えるが、そこだけだ。周りは相変わらずの……

「待て、死体が、消えておるのじゃ」

「そうです。この力の根源は、ぼくではないのです。あちらからこちら、単なる命の変換でしかない。十を超える生命の欠片を繋ぎ合わせて、できるのはたったこれだけ」

「たった、って……あれは間違いなく奇跡だろうよ」

「うむ。ただ、命の変換というが、使うたのは死体ではないか」

「ソルベシアの死生観では、魂は死んで天に昇り、清められて地上に帰ってきます。人の世で変換されるのは身体だけ。だから、死体が地上での生命の単位なのです」

「「ソルベシアでは、“恵みの通貨”と呼ばれる」」

 なるほど。双子にハモられるとそれっぽく聞こえるが、サッパリわからん。

 ただ、冬の最中に春を呼ぶのって、研究者というより妖精かなんかの仕事じゃないのかね。

「ちょっと待て。何故そんな強大な魔力を誇った王族の国が滅びるんじゃ。そもそも、砂の国であるのがおかしくはないか?」

 そうだ。何も自分の国を砂に埋もれさせる必要などない。常春の楽園にでもしてやればいいのだ。

「それが、我がソルベシアの民も臣も最後まで理解しなかった現実です。ぼくら王族の魔力や魔導は、無から何かを産むわけではない。手にした結果は豊穣であったとしても、それには引き換えになるものを求められるのです。無尽蔵の天恵のように勘違いした民や臣によって、際限なく欲や願いばかりを押し付けられ、無能な王と王族がそれに応えようと(ことわり)から逸脱していった結果、豊かな地の恵みは失われ、国は砂に埋もれ、やがて滅びに向かった」

 ハイダル王子は地面に木の枝で簡単な図を描く。日本人にとっては理解しやすい、大気と水の循環を描いた図だ。

「泉の水が熱せられて空に上がり、雲になり雨となって地に降り注ぐ。水は地に吸い込まれて地下を巡り、やがて泉となって水を(たた)える。それが、世の(ことわり)です」

 理解できているかを確認する教師のように、王子は俺たちを見た。水でいえば、わかる。ただ……

「生や死や地の恵みも、同じく回っていると?」

「はい。ですが、水がそうであるように、あちらからこちらへと変換されるたびに、少しずつ恵みは目減りし、総量は着実に失われるのです。しかも結果は確実ではない。建国からずっとそれが繰り返されれば、そんな国の末路など明白ではないですか」

 たしかに彼らは研究者であり、科学者だ。

 マナとオド、だっけか。理屈は以前俺がいた世界と少し違っているようだが、基本的には同じような真理を示している。

「我々の先祖がもたらした豊穣も、生命の息吹を糧にして……言葉を変えれば、死を媒介にして生み出したものでしかなかったのです。それを、誰も理解しようとはしなかった。帝国の人間はもちろん、ソルベシアの人間でさえもです」

 前に、リンコがいってたっけな。

 この世界は魔導技術に依存し過ぎて、自然科学や化学が極端に遅れてるって。ある程度の知識層であっても、すべての事象を“外的魔力(マナ)”“内的魔力(オド)”“術式(マギ)”で説明付け、理解外のことは思考停止してしまうんだとか。

「なるほど」

「わかっていただけましたか」

「全部を理解したわけではないけどね。もしかして、ここに死体があれば、力の源になる?」

 王子と護衛は、俺の言葉を聞いて静かに身構える。

「……魔王陛下。もし我々の仲間を糧にせよというのであれば……」

「ああ、ごめん。そういう意味じゃない。死体は、もうあるんだ」

「「そんなものはない」」

「ぼくらは、砦の隅々まで調べました。海賊と異国の民の死体が七つ、仲間の死体が四つ。それが全てです」

「うん、ちょっと待ってな」

 収納から死体の山が引き出され、ボソリと広場の端に積み重なる。

「「「……え⁉︎」」」

 元は兵士か海賊だったであろう、大人の全裸死体。数でいうと、三百ほどか。収納のなかは時間が止まったままなので、たぶん死んですぐの状態だ。

「魔力による変換が、どれくらい大変かわからないから、最初は少しだけ渡しとくよ」

「「あれが、少し⁉︎」」

「少なく見積もっても二百はありますが」

「だいたい三百だね。実は、あれが全部で七千近くあるんだ。他にゴブリンの死体が二千以上ある」

「「「……」」」

「おぬしら、“恵みの通貨”とかいうたかのう。それについていえば、幸か不幸か、わらわたちはお大尽(・・・)なんじゃ。正直にいえば、今回ここを訪れたのは、あれの処分に困ってのことでの。湾になったここの内海に沈めるか、地に埋めるつもりであったが」

「「……魔王。それを、どこで」」

「手に入れたかって? 一応、いっとくけど攫ったんでも買ったんでもないよ。あれは俺たちが奪還した亜人の国、ケースマイアンに攻め込んできた敵兵と、その後に俺たちや仲間を殺そうとした敵だ。こちらは、平和に暮らしたいだけだったんだけど」

「もしかして、先ほどミルさんがいわれた“三万人殺し”というのは、誇大表現ではなく」

「単なる事実じゃな。しかし殺さなければ、殺されておったのじゃ。この男は甘っちょろいことも青臭いことも考えの足りんこともよくあるが、やるときはやるのじゃ」

 あの、ミルリルさん? もうちょっと言い方……。とはいえ、死体に使い道があるのであれば引き渡すことは構わない。というか、こちらとしても助かる。

 そう伝えると、ハイダル王子は俺たちを見て真剣な顔になる。

「魔王陛下。そして、妃陛下。この地を、借り受けることはできないでしょうか。対価はお支払いします。どんなことをしてでも」

「……ほう?」

 ミルリルが王子の顔を見て感心したように微笑む。彼の覚悟は見て取れた。それを受け止めたミルリルが手を貸す決意をしたこともわかった。俺については、最初から決まってる。

「大丈夫だよ。ここの領主は、異文化に寛容だ。きちんと頼めば、きっと悪いようにはしない」

「いざとなれば、貸しもあるしの」

「ありがとうございます。もし雪辱の機会をいただけるのであれば、ぼくは今度こそ、我が民を守ってみせます」

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