241:少年少女に迫る魔の手
「……拘禁枷さえ、なければ」
双子のどちらかが――あるいは両方かもしれないが、ボソリと呟いた声が俺の耳に届く。聞き慣れない単語だが、妙に引っ掛かった。
「もう一回いって」
「こんなことには、ならなかったって、いった! 王子は、無能なんかじゃない!」
「いや、それは、なんとなくわかる。でも、サックルってなに?」
「シャックル。魔力を封じる枷」
知らんのか、というような顔で双子少女のひとりが応える。フェルかエアルか、俺にはわからん。そんなことはどうでもいい。
俺は慌てて王子の首を見るが、何もない。そんなものが付いていれば外していた。少なくとも、外そうとはしていた。少女ふたりを見るが、何でか答える気はなさそうだ。
「どこにある」
そうだ。会ったときからあった漠然とした違和感。俺は自分に魔力を感じる能力はないと思っていたが、さすがに何にも感じないとなると違和感があったのかもしれない。双子から敵意は感じていたのに、頭の上に赤いバーは見えなかった。あれが魔力の波長変化によって表示されていたのだとしたら。
「どこに着けられてるんだ、見せてくれないか」
「「できるわけない!」」
いや、どこだよ。俺の意図を察した王子が、ボロ切れのような服をはだけて胸元を見せてきた。なるほどスマン、これは見せられるわけないわな。
「血の巡りに合わせて、身体のなかを回る魔力を封じているんです」
「そう、みたいだな」
心臓を囲うように結束されている漆黒の魔道具。全身を循環する血流から魔力だけを阻害するのが目的、なのだろう。なんというか、太い蜘蛛の巣のような、左胸だけ亀甲縛りしたような奇妙なデザインに首を傾げる。
「これは、外すと何か起きる?」
「「外れない」」
「そうじゃなくて、無理に外そうとしたらどうなるかを知りたいんだけど」
「だから、呪術者以外には解除できない魔道具」
「切れないし外れない。肉体を切っても締まるから無駄」
話が通じていないのか思考停止しているのか、彼女たちの反応に困ってミルリルに救いを求める。鑑定を掛けてはみたが、術者が俺より魔導師として上位なのか表示が文字化けて読めん。
「……わらわの見たところ、皇国の首輪にあったような仕掛けは施されておらん。紋様も文言も単機能の封印呪符だけじゃ。他への接続も感じられん。材質は、王国の切れん例の首輪に似ておるが……強度と執拗さはこちらの方が遥かに勝っておるのう」
「じゃあ、収納しても大丈夫かな」
「ハイダルの身体に対しては問題ないのじゃ。せいぜいが、呪符を仕込んだ術者に、封印が解除されたことを知られてしまう可能性くらいじゃの」
それに関しては、どっちにしろ喧嘩売るつもりだからいいけど。どうかな。
「王子、これを装着した術者は誰かわかる?」
怪訝そうな顔で俺を見ると、諦観めいた笑みを浮かべて答える。
「ヘルベルト・カイエンホルト。……ソルベシアを滅ぼした帝国の、筆頭魔導師です。魔導技術の革新で帝国の世界征服を後押しする異常者で、併呑された国からは“魔王”と怖れられていました」
「ちょッ」
「……ほう? これは傑作じゃの。ぷははははは!」
ミルリルが笑った。俺も思わず笑ってしまった。
ソルベシアの少年少女は、そんな俺たちを見て眉を顰める。自分たちの命を縛っていた悪党を軽く見たことで気分を害したのだろうけど、すまん我慢できんかった。
「「何がおかしい」」
「いや、すまんのう。その、なんだかホルトとやらとは、いずれ相見えることになるのであろうな。それを思うと、おかしくてのう」
「「だから、何がおかしい!」」
俺は手を振ると、収納で奪った拘禁枷を三つ、彼らの足元に落とす。
「悪いな、ミル。俺は、そいつを殺すことに決めた」
「おぬしの堪え性の無さにも、困ったもんじゃな。国の奪還から国情の安定までハイダルを支えるとなれば一生の仕事じゃ、どうあっても反対するつもりじゃったがの」
俺に堪え性がないって、どの口がいうかな。ミルリルさんは穏やかな口調と微塵も合っていない獰猛な笑みを浮かべる。
「ケダモノ狩りとなれば、そう手間も食うまい。わらわも、喜んで手を貸そうぞ」
王子はポカンと口を開けたまま固まっていた。
双子は服の上から自分たちの胸元を撫で擦り、こちらを睨み付けてくる。ちょっと痴漢を見るような目なのが引っ掛かるけど、それはまあいい。俺は、もう決めた。俺の目の前でガキが震えて泣いてるのなんて見せられるくらいなら。
殺す。みんな殺してやる。だって俺には、それしかできないから。
「おい、こッ、これ……な、なにをした!?」
「外したんだよ」
「外し……って、ターキフさん、いったいどうやって!?」
「お前、何者だ!? おい!」
三人のアタフタする声を背後に聞きながら、俺は眠っている子供たちの間を縫って、サクサクと枷を外して回る。
「なあ、王子。そっちの魔王は、大したことないな」
全部で十三個の 拘禁枷を放り出して、俺は笑った。
「「「は?」」」
目を白黒させている三人を見て、嬉しくてしょうがない。困ってる弱者のために自分のできることがわかると、いつもこんな気分になる。理由は知らん。
何ひとつ成すことのできなかったオッサンの承認欲求かな。惨めな人生の埋め合わせに、過去のコンプレックスやらトラウマを代償行為で埋めてんのかな。
なんにしろ、自分でもガキみたいだって思う。真面目で健気な王子や、ずっと気を張って必死な護衛の双子なんかより、遥かに馬鹿で単細胞で考えなしのガキだ。
三十四歳なのにね。
「ターキフさん、あなたは、何者なんですか」
過労死寸前で社会のド底辺を這い擦ってたブラック企業の社畜だよ。それでもね、いつか、いつかって未来を夢見てたんだよ。お前らみたいに、絶対できやしない、願うだけ無駄だって、必死んなって心の奥底に押し殺してさ。
「教えてやれ、我が妃よ」
「「「……きさき!?」」」
ブッサイクなドヤ顔をしているであろう俺を見て、ミルリルは呆れたように首を振った。でも優しいのじゃロリさんは結局、ちゃんと乗ってくれるのだ。
彼女は王子たちに優しく微笑み、俺に掌を向ける。
「こやつは、異界から渡ってきた、異形で、非道の、怪物魔導師、ターキフ・ヨシュアじゃ。喪われた亜人の国を再興し、数千の流民どもを楽園へと導いた聖者。押し寄せる三万の侵略者を無傷で殲滅した戦略の鬼才。弱きを助け、悪を滅ぼす正義の使者。神の祝福を授けられた天啓の拝領者……」
ちょっと、ミル姉さん⁉︎ なんか盛り過ぎ、盛り過ぎですッ、そういうのホントもう、顔赤くなるんで、巻いて巻いて……!
「そして、わらわが生涯を賭けて愛すると決めた、世界最強の魔王じゃ!」
たっぷり十秒ほどフリーズしていた王子と護衛は、ドヤ顔でフンカフンカいうてるミルリルを見て、俯き気味に赤面している中二病のオッサンを見て、またミルリルを見て、いった。
「「「……あ、はい」」」




