24:鬼畜の銃
俺はアクセルをいっぱいに踏み込む。120km/h、平地とはいえデコボコの土の上を走るのには限界に近い速度だ。へたったサスペンションは底突きして跳ね、車体が激しく軋む。
こんな車なんて、壊れようとどうなろうと、間に合えば、それでいい。
「見えたぞ、あれじゃ!」
森の切れ目から走り出てくる、ちっこい人影。エルフかどうかは、俺の目ではわからない。傷を負っているのか足を引きずり、片腕を押さえている。
軽装の騎兵が3騎、それを追いかけて走ってくるのが見えた。ゆっくりと包囲するように、手槍を持って仲間に何か叫んでいる。逃げるエルフの子をいたぶるのが目的なのは明白だった。彼女の手に武器はない。殺すのはいつでも出来るし、自分たちは反撃されても傷を負う心配はない、とでも思っているのだろう。
ニヤニヤ笑っていたその顔が、俺たちの方を見て強張る。
「クマ!?」
クラクションを鳴らしながら、馬を引っ掛ける勢いで敵のど真ん中を通過した。馬にぶつけるのは車体が壊れるだろうからもったいない、と思ってしまったあたりが貧乏性である。
まあ、いい。騎兵たちは散り散りに距離を取ったから、目的は果たせた。
「ミルカ! こっちだ、走れ!」
気力と体力が切れたのか、エルフに反応はない。車を止めると同時に、ミルリルがドアから飛び出す。へたり込んだエルフの子を無理やり引きずり起こして肩に抱え上げ、一瞬で車内に駆け込んでくる。
「いいぞヨシュア、出せ……うぉッ!?」
「むぎゅッ!」
閉じたばかりのアコーディオンドアに、ガキンと槍が突き立つ。庇おうとしたミルリルから床に放り出され覆いかぶさられて、息が詰まったのかエルフが赤く滲んだ恨みがましい目で俺を見上げた。
危ないところだった。車体はともかく、体に当たれば無事では済まない。
「逃げる気か、薄汚い亜人どもが!」
「そのおかしな乗り物に隠れてないで、出てこい!」
「いいや、人獣もどきは、コソコソ逃げ隠れするのがお似合いだぜ」
「おーい、そのガキを渡せば、命だけは助けてやるぞ! そいつは、俺のもんだ。まだ槍しか、突っ込んでねえけどな!」
車の外で、下卑た高笑いが響く。弱い者イジメしかできない腰抜けが、ふざけたこと抜かしてやがる。
「構うなヨシュア、いまはここから逃げることが先決じゃ!」
「そいつは、無事か?」
「お? おう、問題ない。傷は負っておるが、深手ではないしの」
「そっか。じゃあ、少しだけ待っててくれ」
俺はギアをリバースに入れて車体を反転させ、騎兵たちからブラインドになった側でドアを開ける。エンジンを掛けたまま、ミルリルに開閉スイッチを示す。
「俺が降りたら、こいつでドアを閉めろ。できたら、そいつの治療を頼む」
「おい待たんか。一時の感情で、無駄な危険を冒すものではないのじゃ」
「ああ……いいや、あいつら斥候だろ? 無傷で帰すわけにはいかない」
「それは、いま思いついたんじゃろ」
うん、これはバレてますな。まあ、そうだよね。俺は肩をすくめてミルリルさんを見る。
本気で止められたら、ちょっと気持ちが揺らぐかも。
「ああ、もう……しょうがないヤツじゃの。くれぐれも、油断するでないぞ?」
「心配すんな。見えてる敵なら、問題ない」
降りてきた俺を見て、騎兵たちはまたニヤニヤと笑い始めた。手槍を持ったのがふたり、もうひとりは槍を手放しているので、腰に下げていた剣をゆっくりと抜く。
「ほう、こいつは人間みたいな形だな」
「親が亜人と混ざったんじゃないのか? だとしたら珍しい。売れば値が付くかもしれんぞ?」
「冗談じゃねえ、亜人の男なんて要らねえよ。さっきのガキの方がまだマシだ」
丸腰と思って甘く見たのか、剣を抜いた男がそれを大きく振りかぶって俺に迫る。
「死ぃ……」
ねえ、とでも続けるつもりだったのかもしれないけどな。俺は巨大な拳銃みたいなものを収納から引き出して騎兵の鼻先に突きつける。サイモンから受け取ったばかりの追加サービス品。銃としては安いものだろうが、これがなかなか重宝する。……はずだ。
ドゴンと轟音が鳴って、騎兵は口から上を失った姿で固まる。下顎が戦慄き、舌が躍って、馬から転げ落ちた。その向こう側で、ポカンと口を開け目を見開いた騎兵ふたりの姿が見える。
うわあ……なにこれ、引くわ。全力でドン引くわ。
自分で撃っておきながら、俺は手にした銃の威力に呆れる。
サイモンお手製の、ソウドオフ・ショットガン。水平にふたつ銃身が並んだシンプルこの上ない散弾銃を、銃床も、銃身も切り詰め、大きな拳銃くらいのサイズにしたものだ。
元いた世界でもこんなもん犯罪者のお手製以外になく、ふつうの国では当然、違法だ。というよりもこの銃、犯罪者以外、まるで使い道がない。
散弾の散らばり方を抑制する銃身の絞りがなくなるので、発射された散弾はいきなり広範囲に広がるのだ。有効射程距離は壊滅的に落ちる代わりに、接近した状態での敵へのダメージはマシンガン並みに凶悪。
まさに、1発で蜂の巣というやつだ。ただし、装弾数は2発だけどな。
「さて、俺をどうするって?」
俺の声で我に返り、ふらふらと槍を持ち上げようとした騎兵の腹を撃つ。エルフのガキを槍で突いた――そして槍以外のもので突くと、公言した男だ。
ただでは殺さない。せいぜいもがき苦しんで、野垂れ死ね。
転げ回って悲鳴を上げ、神にか俺にかは聞き取れないが、慈悲を請う声もすぐに小さくなる。散弾の銃創は思ったより致命的なものだったようだ。
死んだかどうかは確認しない。どうせ反撃は不可能だし、もう生還も出来ない。
真っ青な顔で震える最後のひとりに、俺は銃を突きつける。水平2連の散弾銃なのでもう弾丸はないが、こいつにわかるはずもない。
「いまから10数えた後で、俺はお前を撃つ。せいぜい逃げろ。生き延びられるかどうかは、お前と……お前の馬の頑張り次第だ。……10」
逃げようと馬体を翻した騎兵を、俺は静かに見据える。
「9」
こういうの、映画で見たな。俺の行為は、悪役のものだったけど。
「……8、……7、……6、……5、……4、……3」
必死で馬を走らせる騎兵は斥候だけあってなかなかの手綱捌きだ。あっという間に距離を離し森の陰に入ろうとしている。
「……2、……1、……OK、時間だ」
聞こえてはいないだろうが、俺は宣言してAKMを単射で1発。
わずかな間を置いて騎兵は傾き、馬ごと倒れて転がったまま、動かなくなった。
ありがとうございます。次回は明日1900更新予定です。




