237:フレッシュなボディ
結局、防盾角鹿の巨体はとてもじゃないが食い切れんとの判断で解体した端からノルダナンの住民総出で煮炊きし焼いてのバーベキューパーティに雪崩れ込み、酒が酌み交わされ歌うわ踊るわの大騒ぎとなり、それは夜半まで続いた。
「頭痛い……」
そりゃそうだろうよ。
一夜明けて、ポテポテと横を歩く細マッチョのルーエさんは顔が浮腫んで完全な二日酔いだ。おそらく近隣住民も男性陣は同じような状況だろう。平気な顔しているのは酒に強いらしいアイヴァンさんと、節度を保ったオーエンズさんの父子くらいだ。あまりにも酷い状態のひとは、白雪狼のモフがなにやらさりげなく治療してくれてるようだ。さすがに飲み過ぎは自業自得だと思うんだが、優しいなモフ。
ミルリルはそんなに酒が好きではないらしく素面のまま。俺も酒が弱いのと翌日運転があるのとで飲まなかった。あの荒れ具合からすると、それで正解だったようだ。
ノルダナンの住民みんなで空けたとはいえ、ウォッカのボトルが二十本は転がってた。エールの小樽も十や二十じゃなかったしな。鹿肉はすごく美味しかったし楽しかったから良いけど。
ちなみに、スペイン製コピーは簡単にクリーニングして収納入り。中国製の45口径モーゼル、山西十七型もミルリルさんから返された。
“なかなか楽しいオモチャ”ではあるが、命懸けの戦闘には手に馴染んだ信頼できる銃が良いとのこと。それは、わかる気がする。いや、昨日はかなり手には馴染んで信頼もしてた銃のせいで、ああなったわけだけど。
「そう悔やむほどのことではないぞ、ヨシュア。あの鹿は、もはや銃の選択を誤ったとかいう問題ではないんじゃ。どんな銃であろうと目玉を射抜く以外に勝ち目がなかったんじゃからのう」
「それは俺もう始まる前から詰んでたってことじゃないですかーやだー」
棒読みの俺を、のじゃロリさんは慰め半分からかい半分で小突く。
「いま生きておるなら、おぬしの勝ちじゃ。ほれ、前にいうておった……“けっかおーらい”とかいうやつじゃな」
町の南にある通用門の先で、ホバークラフトのグリフォンを出す。巨体が唸り声を上げると、近くの民家から酒が残った顔の住人たちが手を振ってくる。
「ターキフさーん、また来てくれー」
「ありがとうございまーす」
「ターキフ、ひと晩ですっかり人気者じゃねえか」
「あははは……喜んで良いやら」
俺たちは運転席から、見送りのひとたちに手を振る。
「それじゃ、お世話になりました」
「楽しかったのじゃ」
「わふ」
「ターキフさん、ミルさん、鹿の駆除だけでなく素材の提供まで、ありがとうございました。ノルダナン住民を代表して、お礼を」
「いえいえ。元はといえば、こちらの都合でしたから」
「オーエンズ殿にはわからんかもしれんが、あれはターキフにとって良い経験だったのじゃ」
「……そう、なんですか?」
「良い教訓、といった方がいいかもしれんのう」
「いや、ミルさん、もう、そのへんで。わかってますから、ホントに」
死に掛けたのなんて出会った頃以来だ。もしくは、勇者と無意味なタイマン張ったときくらいか。油断と過信と思い入れに縛られていたとはいえ、反省すべきところの多い鹿狩りであった。
「……ああ、思い出した」
「何をじゃ?」
「オーエンズさんて、初対面のはずなのにどこかで聞き覚えあると思ったら、あれだ。ラファンでシーサーペント焼いてた料理人と同じ名前だな」
「あやつ、そんな名だったかのう?」
ミルリルさん、肉にしか意識が向いてなかったのでは。
「まあ、そう珍しい名ではないわ。たしか……“糧をもたらす者”というような意味の古語じゃの」
「なるほど。水運業者と料理人なら、お似合いの名前だな。しかし、ミルリルさんホント博識ね」
「疑問をそのままにできんのは、職人の性じゃ」
ノルダナンに別れを告げた俺たちはグリフォンを発進させ、進路を東へ取る。民家のない平野部を抜けて、可能な限り最短距離で海に抜けるのだ。ラファンにも顔を出す気ではいるけれども、その前に早く用を済ませたい。処分する場も方法もなかったからストックしたままにしておいたけど、気になってはいたのだ。
「死体は七千やらいうたか。捨てるのは、どの辺りが良いかのう?」
「あと追加でゴブリン二千何百もあるから、ほぼ一万体だな。あんまり岸から近いと漁の網やら針やらに掛かっちゃうし、岸に打ち上げられでもしたら迷惑だろうしな」
「魚が肥えて喜ぶのではないかのう」
「そこだけ見ればそうだけど、丸々太った魚が死体を食ってたって知ったら、買う側はやっぱ気分悪いだろ」
「サルズの冒険者ギルドでは、使い道のない廃棄素材を魔女の湖に捨てておるというようなことを聞いたがのう」
「ゴブリンみたいに食えない生き物の死骸が大量に出ると処理は大変そうだもんな。でもそれ絶対、一般の人には伏せてるだろ。みんな知ったら牙魚の売り上げに影響するんじゃないかね」
「わらわは気にせんが……いや、さすがに人間の死体を食った魚となれば抵抗があるかのう」
「でしょ?」
「あそこはどうじゃ、前に殲滅した海賊の砦。内湾になっておったじゃろ。深みに沈めれば、そうそう流出はせんと思うが」
いいのか、あんなとこに一万もの死体を捨てて。
「流れ出す心配があるようなら、穴にでも詰め込んで埋めてしまうという手もあるのじゃ」
ある程度のサイズなら、収納で掘れるか。海賊砦までは南領の東岸から沖に三哩、五キロ弱はあったはずだ。海賊がいなくなったとなれば訪れる者もいないだろ。病原菌の心配という意味では、そんなに悪くない選択のような気もする。
「あそこにしてみるか。行ってみてダメそうなら他を考えよう」
「よし、前進じゃ!」
俺はフラットな雪原を見つけて、グリフォンを東に向けて走らせる。いまいる場所は一定の幅で開けていて、左右から見ると少し低いことから河の上と思われる。ときおりバサッと車体……船体? の下で雪面が崩落して、激しい水流が顔を覗かせる。
「しかし、雪国だと便利だなホバークラフト。燃費悪いけど」
「わふ」
「ほう、こやつの動きは妖獣や魔導師の全力疾走に似ておるそうじゃ。風に乗るからかのう」
そっか。冒険者パーティ“吶喊”の魔導師エイノさんが雪の上だと最速だとか聞いてことがあったな。ディーゼルエンジンに頼らないだけで、魔導師ってこんな感じで進むのか。浮かんで抵抗をゼロにして推進、って感じかな。転移より気持ち良さそうだ。俺にはできんけど。
おしゃべりしながら操縦しているうちに、海岸線らしいところに出た。そのまま海面に出て真っ直ぐ沖に向かう。海賊砦のあった場所は……うん、ぜんぜん覚えてない。
「右じゃ。この方角じゃな」
「わかるの?」
「なんとなく、ではあるがの。どうせ半刻も走れば何がしかは見えてくるのじゃ」
すげえなドワーフのナビゲーション。エルフとか獣人も視界の通ってない森でも迷わんとか聞いたことあるから、こっちの世界の人たちには備わってるもんなのかもしれん。というか、簡単に迷うのは自然から離れて暮らす現代人だけなのかも。
「あれじゃな。もう少しこのまま前進じゃ」
あれ、ていわれても俺には真っ平らな海面しか見えんのですが。他に選択肢もないので、ひたすら信じて進む。波は多少のうねりが出ているが、風もさほどなく揺れも少ない。前に吹きっ晒しの漁船で向かったときに比べれば天国だ。
「……む?」
ちょっと、そういうの止めてくださいミル姉さん、またそんなアクシデンタルなリアクションされても困ります。さっさと死体処理の用を済ませたら帰ってノーラちゃんとこに遊びに行くんだから。毎度毎度ハリウッド的なアクションとか疑惑と陰謀のサスペンスとか血飛沫舞い散る銃撃戦とか、そういうの要らないんで。お腹いっぱいです、ホントに。
「何を考えておるかは、なんとなくわかるがの。わらわも好きこのんで荒事に首を突っ込んでおるわけでは……」
ミルリルさんは屋根を開いて銃座に飛び乗る。
「……ないこともないのう」
ないんかい! 俺は遥か水平線に浮かび上がった海賊砦の中心で立ち昇っている煙を……炊煙というにはあまりにも大量の濃密な煙の原因を思って暗澹たる気持ちになっていた。




