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【完結&書籍化】スキル『市場』で異世界から繋がったのは地球のブラックマーケットでした  作者: 石和¥
5:魔王の冬休み

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234/422

234:キモオタは箒に乗って

 謎の商業ギルドマスター氏との顔合わせは案外、順調に和やかに終わったのだが、その後の交渉は決裂した。というか、それ以前の問題だった。

 とりあえずそのうちまた、というフワッとした感じで応接室から脱出した俺たちはアイヴァンさんの実家があるノルダナン西河岸に向かう。ちなみにエクラさんごと仕事をほっぽり出して抜け出してきたマッキン領主は朝イチでラファンに帰るのだとか。もちろんエルフのローリンゲン氏もだ。魔女からムッチャ怒られるの確定らしいが、自業自得である。


「ああ、ターキフさん、いらっしゃい」

「どうぞどうぞ、ようこそいらっしゃいました」

 アイヴァンさんの実家は古いが広くて落ち着いた雰囲気で、アイヴァンさんの育ってきた環境が伺える居心地の良いところだった。俺とミルリルは、ヒゲのお父さんオーエンズさんと、恰幅の良いお母さんミルエーナさんから暖かい歓迎を受けた。

「すみません急にお邪魔して」

「とんでもない、うちの愚息が大変お世話になったようで。お話は聞いていますよ」

 その日は客間に泊めてもらった。夕食は大きな河魚のグリルと山菜のソテー。実に美味であった。こちらも焼き菓子とお酒を出して、大変に喜ばれた。


 さて。

 翌日、アイヴァンさんたちはノルダナンの東河岸にある奥さんの実家に顔を出すとかで、午前中いっぱい留守にするという。お母さんのミルエーナさんは町の奥様方の会合に出て不在、水運業を営んでいるというお父さんのオーエンズさんも商工会に呼ばれて外出、となると他所様のお家に俺たちだけが残るという妙なことになってしまった。

 ラファンに出発してもいいんだけど、このタイミングではマッキン領主とローリンゲン氏がエクラ女史にドヤされてる真っ最中に到着しそうだ。

 正直、俺は沖で死体を捨てたら撤収したかったんだけど“吶喊(バトルクライ)”の連中からは家を買ったので訪ねてくれといわれている。

 ラファンの実家に戻った元冒険者カルモンからも、実家に立ち寄って欲しいとルイが伝言を頼まれていた。カルモン本人はともかく、娘さんのノーラちゃんには会いたい。

「わふ」

 サルズで置いてかれたのにアッサリ追いついてきた白雪狼(スノーウルフ)のモフも、ノーラちゃんとこには行く気満々な感じ。

「みな昼には戻りますので、ちょっとだけお待ちいただけますか。近所にお出掛けされるのでしたら、鍵は掛けずにそのままで結構ですから」

 アイヴァンさんのご家族に念を押されて、俺とミルリルは半日お留守番させてもらうことにした。それにしても、鍵掛けないでいいって……日本の田舎じゃよく聞くけど、ノルダナンって治安良いのね。


「さて、どうするかのう。ノルダナンの町は、わざわざ出歩くほど面白いものはないといっておったが」

「じゃあ、ちょうどいいや」

「ぬ?」

 俺には、ずっと気になっていたことがあったのだ。

 というのも、PPSh-41の調達時に受け取った二十万発の30口径拳銃弾。そのほとんどは安価で流通量の多い7.62×25ミリのトカレフ弾だったが、サイモンは少しだけ――とはいっても母数が膨大なだけで千発以上はあるのだが――7.63×25ミリのモーゼル弾も入れてくれていた。

 特に急ぎの用もなく少し時間を持て余していたので、俺は秘蔵のモーゼルミリタリーを、手入れしておきたいと思っていたのだ。可能なら、どこかで試射もしたい。

 俺は早速、客間のテーブルに一式を取り出して並べる。

「……おお、美しい……」

 あくまでも、試射である。戦闘になんて使わない。使うわけがない(・・・・・)。特に、木の化粧箱に入ったC96は、状態が良過ぎるので撃ちもしない。これは無理。ビカビカに磨き上げられたスチールブルーの輝きは、触れるのに白手袋が欲しいくらいだ。

 そもそも十発のクリップ装弾だから、拳銃の戦闘距離で使用するのは現実的じゃないしな。うん。

「なにをそんなにニマニマしておるんじゃ」

「ああ、うん。大好きな銃を手に入れたんで、少しだけ撃ってみたいんだけど……どれを使おうかなって」

「ほう? なんぞ次から次へと取り出したかと思えば、これがヨシュアの宝物か。面白い形をしておるのう」

 端の方に置いた45ACP仕様の中国製山西十七型拳銃(シャンシィ)は、素性も出来も状態もあまり良くないので厳密には宝物じゃないんだけど、なんか“ふぉーてぃーふぁいぶ”をディスってるみたいな話しになるので黙っとこ。

「ふむ、こっちのふたつが正規品じゃな?」

 ……って、あれ? ミルリルさんは箱入りのC96と、銃床兼用の木製ホルスターに収められていたM712を正確に指してる。

「なんでわかったの?」

「なにを驚いておる。贋作の鑑定も出来んで職人が務まると思うのか」

 そんなもんか。まあ、保存状態も段違いだし、ここまで大事に箱入りなら一目瞭然……だけど、スペイン製コピー(アストラ)はM712と見た感じ大差なくない?

「そちらの三丁は、あちこちに意匠が違う部分があるんじゃ。急拵えで手を加えたのが丸見えじゃの。こいつでいえば、ここじゃ。……こちらのは、そもそも弾薬が違うのであろう?」

 指したのはアストラの右サイドに後付けされたセレクター、山西十七型拳銃(シャンシィ)は銃身と弾倉延長部分だ。太い弾薬を使用することでモーゼル特有の優美なバランスが崩れている箇所である。

「……おう。ご明察だな。真ん中はアストラっていう、ミルリルのM1911コピー(スター)と同じ国が作った複製品。だけど、それなりに工業力のある国だから精度自体はそう悪くはないはずだよ。独自の連射機構を組み込んで、M712(こっち)の本国製品に影響を与えた逸品だ」

中国製コピー(これ)は、“ふぉーてぃーふぁいぶ”かの。使い込んでおるのはともかく、作り自体が雑じゃな。鉄の質も落ちる」

「そこは当時、工業後進国でね」

 ある意味、いまもか。

 それをいうならスペインの工業力も戦後にドイツの技術者を取り込んだことで上がったとかいう話もあるから、この時期のアストラはどうなのかわからん。

「まあ、いいや。こちらの銃には、この弾薬を使います」

PPSh-41(ぺーぺーしゃ)のと似ておるが、どう違うのじゃ」

「基本的には同じ、というかモーゼル拳銃を鹵獲して弾薬を流用したのがPPSh-41(ぺーぺーしゃ)だ。ただ、弾頭の被覆を銅から鉄に変えたり、エネルギー量を最大で五割増しの強装弾にしたりと無茶な改変が多いんで、そんな弾薬を貴重で繊細なモーゼル(これ)には使えない。危ないし勿体ないからね。本来の30口径モーゼル弾(正規弾薬)があるんだから、それを使う以外ないでしょ」

「ふむ。わらわも見せてもらっても良いかのう」

「どうぞどうぞ。撃つのは後で、ひとのいないところでやろうか」

 まず触るのは、やっぱり本命のC96。磨き上げられた青い鋼はトロリとした艶が乗って惚れ惚れするような美しさだ。この仕上げは、後世に掛け直したものかな。こんなもん、とてもじゃないけど撃てんわな。

 ガンマニアの憧れ、ブルームハンドル。箒の柄と称される細くて涙滴型というかナスビ型というか、独特のグリップを持っただけで、自ずとテンションは上がる。

「ああ、これだよ、これ。やっぱデケえ……つうか、長げえ……」

 モーゼルミリタリーはいろんな意味で拳銃というよりも、ちっこい小銃である。スッと伸びた細い銃身が比類ない精悍さと優美さを表している。精巧な機関部を内蔵した分厚い後端部とのコントラストがまた良いのだ。

「う~ん、この重さと艶と輝き。堪らん。金属製のモデルガン持ってたけど、あれ亜鉛合金だから手触りも作動音もなんとなく柔らかくてなあ。やっぱ本物は違うわ……」

「なにをいうてるのか半分もわからんが……ヨシュア、目が飛んでおるぞ。見ていて怖いのじゃ」

 ミルリルさん失礼ですな。これは、銃オタの本能です。条件反射みたいなものなので、しょうがないのです。

 C96は論外として、M712ならどうにか撃てなくもないか、とは思ったものの年式を考えるとこれはこれで状態は良いのだ。十発用の箱型弾倉と二十発用の延長弾倉が付いているのだけれども、どちらもほとんど使用感がない。

「……いや無理。これも大事に仕舞っておく」

「おぬし、かつて見たこともないような、だらしない顔をしとるぞ」

「ほっといてください」

 ニマニマしながら正規品のモーゼル二丁を散々弄り倒した後で、結局試射はアストラ903にする。こちらは二十発入りの延長弾倉が三本。銃も弾倉も手入れはされているが、結構使い込まれている。これは、撃っても良いやつや。

 ボルトを引いて固定(ホールド)すると、付属していたクリップを使って30口径モーゼル弾を五発だけ込める。着脱式の箱型弾倉なので本来は必要ない作業なんだけど、いいんです。しょうがないんです。

 エジェクションポートから弾倉にカートリッジを押し込み、クリップを引き抜く。バシャンと思ったより軽い音で初弾が薬室(チャンバー)に送り込まれた。

「……お、おう……これこれ」

「わふ?」

 居間で寝そべっていたモフが何かに気付いて声を掛けてきた。トラブル、というわけでもなさそうだけど注意を引こうとしているのか、トタトタとこちらに歩いてくる。

 薬室装填済みのモーゼルを持っていた俺は、ハンマー横のセイフティレバーを下げて、テーブルに置く。

「どうした、モフ」

「わふん」

「誰か訪ねてきたようじゃの。わらわが出るか?」

 玄関でノックの音がして、俺と同年代くらいの男性が顔を出した。

「なあオーエンズさーん、アイヴァンが帰ってるって聞いたんで頼みたいことがあるんだけどな」

 モフにミルリルを乗せて、俺が戸口に立つ。

「すみません、いまオーエンズさんたち外出してまして。昼には戻ると聞いてますが」

「そっか。あんたは、ここのお客さん?」

「はい。サルズでアイヴァンさんにお世話になってる、商人のターキフといいます。こちらは妻のミルと、白雪狼(スノーウルフ)のモフ」

「ミルじゃ」

「わふ」

「ああ、ノルダナンへようこそ。アイヴァンの幼馴染で、ルーエだ。オーエンズさんとこで河船乗りをやってる」

 いわれてみれば、細身だけど鍛えられた身体をしている。肩と腕の筋肉がすごいボクサー体型だ。

「う〜ん、しかし参ったな。いま西の森に鹿が出てね。弓が使えるもんが出払っちまってて困ってたんだ。アイヴァンなら衛兵だから、どうにかならんかと思ったんだけど」

「鹿、ですか。それは、害獣か何か?」

 ルーエさんは苦笑して、両手を広げた。

「害獣そのものだよ。目方が橇馬の三倍はある巨体で、木の皮やら枝やら若芽やらを全部食い荒らして枯らしちまうんだ。それだけでも問題なんだけどさ、一番拙いのは、現れたのが子連れだから気が立ってるみたいでなあ……」

 西側からブモォーッと、凄まじい咆哮が響き渡る。なにあれ、怪獣?

「西の船着場が、襲われちまいそうなんだ」

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