230:サウザント・フリークス
俺は、勘違いしていた。というよりも、人間ばかりと戦ってきた弊害だろうか。人型をして人間のような仕草を見せるせいで、知らず知らずのうちに“ゴブリンも人間のように行動する”という前提で戦いを進めていたのだ。
例えば、負傷者。小口径拳銃弾である7.62×25ミリトカレフ弾は貫通力こそ優れているが、その反面で制圧力というか殺傷力はそう高くない。スポスポと抜けてしまって、致命傷を与えないのだ。
これが人間であれば痛みや出血で動きが鈍り、いずれ死ぬだろうし、死なないにしても周囲に助けを求める。同じ部隊の兵士が重傷を負えば後送のために人手を割く。戦友の負傷や死は士気にも影響して残存兵力の能力を削ぐ。
ところがゴブリンは、気にしない。他者の負傷や死を顧みない。さらに言えば、自分のそれでさえもだ。
「そりゃそうだよな。魔物だもの」
「なにをブツブツいうておる。次が来るぞ!」
おまけにタフで痛みや出血に対する耐性が高く、多少の怪我では却って獰猛になる。下手に手負いにすると、あいつら揃って死兵状態になるわけだ。
「参ったね。銃の選択を誤った」
「うむ。“ふぉーてぃーふぁいぶ”が至高の弾薬であることは明白であろうが、それはいうても始まらん。あるもので最善を尽くすのが戦というものじゃ」
さすがミルリルさん、死線を潜ってきただけに言葉の重みが違いますな。いや、俺も隣で同じように戦ってはいたはずなんだけど。
「こっちは左の群れを狙う。右のを頼むのじゃ」
「了解」
俺の持つAKMアサルトライフルとミルリルのPPSh-41サブマシンガンでは射程も威力も連射速度も数倍違うので、こちらは事前に遠い側の集団を削ってゆく。既に近付いてきている集団はミルリルに拳銃弾で仕留めてもらう。
口径こそ同じ7.62ミリとはいえ、さすがに射出エネルギーが四倍、弾頭重量も二倍ほどあるアサルトライフル弾を喰らったゴブリンは被弾箇所がゴッソリと抉られて事切れ、後続にまで二次被害が及ぶ。単発射撃なので倒せる数は限られるが、撃ち漏らして接近してくる集団はミルリルのサブマシンガンが確実に仕留めてくれていた。
「そろそろ、あいつらが邪魔臭くなってきたのう」
階級か年齢か育ってきた環境か栄養状態かは知らんけど、ゴブリンとひと口でいっても全部が同じではなく、いくつか体躯と知能の差異が見られる。ほぼ剥き身で考えもなしに突進してきては殺される小柄な集団が最多層なんだが、一部は殲滅されつつある状況を見て戦法を変えてきた。それが比較的体格の大きなゴブリンのグループで、いまそのひとつが移動式の遮蔽を押しながら接近してくるところだった。移動速度は遅いので短距離転移で避けていたのだが、諦めずにジリジリとこちらに向かってくる様は俺も鬱陶しく思い始めていた。
「ミル、あれさ」
「うむ、“えむななきゅー”じゃな」
俺が弾帯ごと単発式グレネードランチャーを取り出すと、のじゃロリ先生はサブマシンガンを肩に掛け、続けざまに擲弾を打ち上げた。手際の良さはもう歴戦の勇士である。
元は馬橇らしい移動式の遮蔽を山形の軌道で超えて、背後に着弾したグレネードが派手に雪煙を上げる。転げ回って泣き叫ぶゴブリンの群れは遮蔽からはみ出した途端に追撃の拳銃弾を浴びて動かなくなった。
「地面がフカフカだと効果が薄いのう」
まあ、擲弾の破砕片が雪で吸収されちゃうからね。とりあえず最大の脅威は排除した。次に目障りなのはゴチャッとまとまりのない密集陣形もどきを構成した集団。どこから手に入れたのか頑丈そうな塔状大盾を中心に雑多な盾を重ねてなかなかの防御能力を実現している、ように見える。
「ふん」
ミルリルが鼻で笑ってM79を発射すると、グレネードは低い放物線を描いてゴブリンの足元を抜け、ファランクスの中心に吸い込まれる。
爆発で転がった魔物の群れは一瞬、こちらを見て恐怖に固まる。盾を手放し無防備になった彼らとの距離は既に三十メートルほどしかない。
「しょせん魔物の浅知恵じゃの」
弾倉交換を済ませたミルリルのPPSh-41から三十五発の拳銃弾がバラ撒かれる。ファランクスの残骸でしかないゴブリンのなかで再び立ち上がれる者はいなかった。
「魔王夫妻に刃向かうからじゃ」
比較的知恵の回るグループが潰されたことで、ゴブリンは再び狂乱状態の烏合の衆だけになった。連携もなく無目的な突撃を重ね、確実に死体の山だけが増えてゆく。死体を抱えて弾除けにしようという者は出るのだが、AKMのアサルトライフル弾で死体ごと撃ち抜かれるか、露出した足を拳銃弾で撃たれて転げ回ったところにとどめの一撃を喰らって果てる。
「そろそろ弾切れじゃ。次で最後の弾倉になる」
「よし、撤収しよう」
俺はミルリルを抱えて城壁上に戻る。振り返って見下ろすと、雪原には血塗れの死体が千数百は転がっている。残るゴブリンは五百そこそこだろうか。何の対抗策もなく殺され続けた結果、右往左往するばかりで恐慌状態に陥っている。それで戦意自体は落ちないのが不思議だった。
「全然、諦めないな」
空の弾倉に再装填を進めながら、俺はゴブリンたちの動きを観察する。ゾロゾロと移動しては不満の叫び声を上げ、何匹かは空腹に耐えかねたのか仲間の死肉に食らいついている。中途半端に人と似た姿なだけに気持ち悪い。
「それはそうじゃ。あやつらにはもう帰る先もない。そもそも餌がないのでは帰っても意味がないのじゃ」
「最初の戦闘では、一目散に逃げてたけど」
「あれも、一度きりだったのう。おそらく、目的あってのものではなかろう。急激な集団行動には反射的に倣う……魔物群の暴走みたいなものではないかのう」
小魚の群れが一斉に動くようなものか。たしかに、数が減ってバラバラの小集団単位になってからは、全体でまとまった行動を起こすことはなくなった。
「減ったのはいいけど、こちらからすると薙ぎ払うような集団攻撃がしにくくなったのは面倒だな」
「もう一回降りたら、後は城壁上からでも良かろう」
連続射撃で加熱したPPSh-41は城壁上に残し、収納から予備を出す。七十丁もあるので、いくつか出して可能な限り状態の良さそうなのを選ぶ。よく見ると仕様か生産年度か生産国か知らんけど、型や刻印に少しずつ差異があるようだ。あんまり詳しくないので、どれがどういうヴァリアントなのかはわかんないけど。
「好きなのを選んでいいよ」
「どれでも良いのじゃ。思い入れがあるわけでもなし、ちゃんと弾丸を吐き出してくれればそれで良い」
ミルリルさん、PPSh-41はあんまり好きじゃないのか。
「誤解するでないぞ。これは悪くない銃じゃ。なかなかの威力で、弾丸筋も素直で、確実に作動して、ブレもせず扱いも楽じゃ。これは、AKMやT-55と同じ国の産ではないか?」
「うん。よくわかったね」
「考え方が似ておる。道具としての割り切りは実に見事じゃ。命を預けるには足りるが、宝物には、ならんの」
まあ、そうね。そういう感じはする。社会主義国の製品だけあって、業務用というか、公用の備品というか。個人が購入する商品というには物足りない素っ気なさ。好きな人にとっては、そこが魅力でもあるんだろうけど。
「さて、行こうか」
今度は俺もPPSh-41を装備する。革帯で肩に一丁と背中に一丁。弾倉は箱型三十五発入りのを十本。
「ああ、ヨシュア。PPSh-41は弾倉三本を撃ち切ったあたりから、持ち手まで熱くなるので銃ごと交換した方が良いようじゃの」
「わかった。けどミルリル、手は大丈夫か?」
「鍛治師の手は、そこまで柔ではないわ。しかしおぬしは、そうではなかろう?」
そう、かな。アドバイスに従って、もう一丁を背中に回す。ガチャガチャして動きにくいけど、まあ走り回るわけでもないので問題はないだろう。
ミルリルをお姫様抱っこで抱え、転移で地面に降りる。ゴブリンが遺棄した馬橇の遮蔽を利用して、接近してくるものを狙い撃つ。トリガー前のセレクターで単発射撃に切り替え、無駄弾丸を抑えて着実に倒す方針に変えた。
しかし固いね、このトリガー。全自動射撃では無視できてたけど、一発ごとに引いていると指が痛くなってくる。西側の銃がある程度は感触を重視した繊細さを目指しているのに比べて、オンかオフかを切り替えるレバーみたいな感じ。
「ヨシュア、もう少しの辛抱じゃ」
「大丈夫だよ。問題ない」
辛そうなのが顔に出ていたのか、ミルリルさんに心配されてしまった。忠告されていた通り、三度目の弾倉交換をする頃には銃身どころかトリガーまで熱くなってきたので予備の銃に交換する。
「その調子じゃ。残り二百もおらん」
「了解」
ゴブリンたちも、自分らが殲滅される運命なのを理解できるようになったのか、明らかに浮き足立ってきている。それでも逃げず向かってくるのは、魔物ながらいささか哀れではあった。
「残り百を切ったぞ」
ミルリルさんの声が、どこか遠くから聞こえてくるようだ。こんなに大量の敵を殺したのは初めてかも知れん。三万人と対峙したケースマイアンの戦闘でさえ、自分の手で直接引き金を引いたのは、せいぜい二百やそこらではなかったか。
「熱ちッ!」
ボーッとしてしまったか、加熱した銃身の放熱カバーに触れて銃を取り落としそうになる。革帯でぶら下がってはいるが、すぐに予備は出せない。俺は懐からブローニング・ハイパワーを抜いて迫り来るゴブリンを射殺した。
「そいつらで最後じゃ」
ミルリルもサブマシンガンを撃ち尽くしたのか最後は愛用の銃で締めようとでも思ったか、M1911コピー拳銃を構えてゴブリンたちの目玉を次々に撃ち抜く。
「……ふむ。やっぱり、こやつが一番じゃの」
無数の死体で埋まった雪原で、彼女は輝くような笑みを浮かべた。




