23:迷子のエルフ
「ヨシュアー、これ美味しいよ?」
「そっか、よかったな。いっぱい食べろ。足りなきゃ、もっと持ってくるからな」
「ありがとー!」
獣人の子供たちがモフモフと食べているのは、缶詰のシチューと薄いパンケーキのようなもの。
小麦粉はサイモンから手に入れた、横流しと思われる国連援助物資の白い大袋だ。食料は雨や野生動物の食害を避けるため教会のなかに積まれている。
他に、同じく援助物資の紙袋に入ったコメとトウモロコシの粉もある。トウモロコシの粉はどうやって食うのか知らん。まあ、女性陣が張り切っているようなので彼女たちに任せよう。
俺の調達した食材以外にも、近くで狩ったと思われる鳥や獣の肉も竈の火でスモークされていた。食料は、しばらくは持ちそうだ。
食材だけでなく、調理済みのものもある。缶詰。ビスケット。スナックバー。12本とか24本で括られた、大小様々なミネラルウォーターのパック。
他にも、グループレーションというのか、軍用携行食の大人数版。ホテルのビュッフェで惣菜が置いてあるようなサイズのアルミトレーになっていて、本来それを小部隊単位で温め、よそって食うようだ。これが日本で買うと高価な上に、食品衛生法を逃れるためコレクション用とか書いてあったりする。俺も実際に見るのは初めてだ。
ブラックマーケットが供給先なだけに、ひとつの国のものだけではなく、それぞれバラバラだ。ほとんどのパッケージが軍用色なのでレーションなのだとは思うが、平べったかったり丸かったり、単なる市販の缶詰を大きくしただけ、みたいのもある。
「この文字どこの? ぜんぜん読めないんだけど」
すまん、俺も読めん。
そこの四角いのはロシア語っぽいし、向こうのはアクセントの点があるからドイツ語かフランス語か? こっちのは逆立ちしたクエスチョンマークがあるからスペイン語圏かも。うん、わからん。
「中身は、開けてみたらいいさ。なんにしろ、みんな食い物だ。……たぶんな」
補給品の山を引っ掻き回していた子供のひとりが、糖衣チョコの詰まった袋を発見して歓声を上げる。あれもサイモンのサービスか?
うん、気が利くな。でも値段交渉は甘くしないけどな。
「ヨシュアー、こっちの水は甘くて美味しいけど、こっちの水は酸っぱい」
「酸っぱい?」
ちょっともらって飲んでみるが、悪くなっているとかいうことではないようだ。たぶん、軟水と硬水の違いをいってるのだろう。
もしかして猫耳の坊主に、硬水は飲ませちゃダメか?
「甘い方は泉の水で、酸っぱい方は、高い岩山で湧く水だな。ミネラル……だから、たしか身体を丈夫にするはずだ。けど、気になるなら他の水を飲め。みんなもな」
「「「はーい」」」
「なあミルリル、ここ高い位置にあるけど水の供給って、どうしてるんだ?」
「街のなかに木があるじゃろ?」
彼女が指した方を見ると、たしかに、いくつか生い茂った巨木が見える。廃墟化しているとはいえ、それなりに整備された街並みのなかで、そこだけ少し不自然に思えた。
「あれはエルフの村に伝わる、あー……なんだかという神木で、水を呼ぶのじゃ」
「呼ぶ? 吸い上げる、ではなく?」
「いかに巨木であろうと、地下水脈は根が届く距離にないわ。そうではなく、水をどこぞから集めるのじゃ。マナという常在魔力を水に変換しているとも聞くが、そのあたりはドワーフのわらわにはわからん」
少し近付いてみると、木の根元辺りに小さな水場が作られているのがわかった。木から染み出す水が受け止められて貯められ、水飲み場というか水汲み場というか、簡易水道のようになっている。
おお、ファンタジー。これまた地味だけど。
「……ん〜?」
「なにをジロジロ見ておるのじゃ? わらわの頭になにか、ついておるのか?」
「いや、いま緑のバーが見えた気がして……」
「バー?」
いや、まさかな。そんなん、JRPGのHPバーじゃあるまいし。
見えたのは一瞬で、すぐに揺らいで消えた。
気のせいだな。俺は、そう考えることにした。現実逃避なのかもしれないが、そもそも異世界にゃ逃避するような現実自体が存在しねーってんだよ、クソが。
「ヨシュア、ちょっといいか?」
エルフのひとりが、俺に声を掛けてきた。
前にも見たな。たしか、名前は……うん、忘れた。というか最初から聞いてないかも。エルフはイケメン揃いだけど、それだけに見分けがつきにくいのだ。双子の識別用標識みたいに、前髪にリボンとか付けとけ。
「何かトラブルか?」
「いや、まだわからん。が、斥候の……ひとりが、帰ってこない」
「斥候? エルフか? 見たとこ、みんないると思うんだけど」
銃を支給された獣人たちは、みんなクリーニングキットで整備の真っ最中だ。全員が丸腰にならないように、その間はエルフと俺たちが監視と哨戒に当たっている。
ドワーフたちは機関銃と、IED(要は手作り爆弾だ)の用意に勤しんでいる。
子供らは満腹したのかダンゴになって寝てるし、不在の者が誰なのかわからない。
「……ミルカだ。金髪で、青い目。まだ半人前で、先走る癖があってな」
あー、なんか目つきの悪いムスッとしたちっこいエルフがチョロチョロしてた、ような気はするが、覚えてない。
「そんなのを斥候に出して大丈夫なのか?」
「我々が認めたわけではない。そんな指示も出していない。書き置きを残して、いなくなったのだ」
自分を認めて欲しい、役に立ちたいと思う気持ちはわかる。が、いまはタイミングが悪い。戦争が始まるのが時間の問題、こちらが偵察を必要と考える状況なのだから、当然、王国側も斥候や先遣部隊を放っているはずなのだ。
「そいつ、武器は」
「弓だ。短弓だが毒を使う。それと、短刀」
……う〜ん。要は、甲冑相手だと、ほぼ無力ってことだな。
「捜索や回収は我々が行うが、報告だけはしておこうと思ってな」
「ダメだ。エルフが抜けると上空警戒監視網に穴が開く。長射程の制圧能力もなくなる」
エルフの目が細くなる。背後からミルリルが硬いもので突いてくる。
ちょっと、もしかしてそれUZIの銃口じゃないだろうね!?
「ヨシュア、まさかおぬし、ミルカとやらを見捨てろとでも……」
「言うわけねえだろよ。俺が行く。誰よりも速くて、矢くらいは防ぐ足もあるし、身を守る武器も持ってる」
「し、しかし、これはエルフの問題だ」
「んなわけねえだろ! ふざけんなよ、エルフなんて耳が長いだけだろ、俺と何が違うんだ?」
知能とビジュアルと戦闘能力、とかいわれたら泣いちゃうので、ここは強気で押す。
「覚えとけ。もう俺たちは一心同体、一蓮托生なんだよ。困ったときも、死ぬときもな!」
「……ぅ、うむ」
「すぐに出る。ここは任せた。お仲間の責任を感じるってんなら、せいぜい自分の役割を果たせ」
「その通りじゃ」
あ、あれ? ミルリルさん、なんで戦闘準備万端、みたいな顔で俺にくっついてんの?
「ほれ、早く出すのじゃ」
「いや、マイクロバスは出すけど、行くのは俺ひとりで」
「んなわけねーだろ、なのじゃ!」
真似された。ドヤ顔で。
「だいたい、おぬしは警戒も温いし、脇も甘い。ひとりでは遠くの戦闘も察知出来んし、敵影も見分けられん。近くにいる敵の気配も読めんから、隠れているミルカの発見も出来んであろうな。それでは、ただ行って帰るだけになるのがオチじゃ。あの魔道具の騒音と図体で、囮としては優秀であろうがのう?」
「……ぐぬぬ」
俺はミルリルに促されるまま、車を出して走り出す。渓谷の手前側、街に上がるスロープの下にある阻止線は越えられないので一度収納。トラップを避けて渓谷の南側に出たところで、敵影がないのを確認しながら再度マイクロバスを収納から出した。
乗り込む前、ミルリルは目を細めて周囲を見渡し、首を傾けて耳を澄ませる。
首から下げた双眼鏡、貸してやったのに使わんのかいな。返せよ、もう。
彼女は運転席の横、最前列のシートに座ると、確信に満ちた顔で南西方向を指した。
「この方向、そのまままっすぐじゃ」
「まさか、ミルカとかいうのが見えたのか?」
「いや、戦闘音じゃな」
視覚でも驚きなのに、聴覚? 森の端まででも、優に2キロ近くあるんだけど。
「急げヨシュア。馬の嘶きと、あの金属音、おそらく会敵しておる。まだ若いエルフには馬から逃げるほどの脚も、騎兵を倒すほどの力もない。あのまま追われて出てくるか……」
フルスロットルでマイクロバスを発進させた俺の横で、ドワーフ娘がぽつりと呟くのが聞こえた。
「……森から出ることも出来ずに、殺されるかじゃ」
ありがとうございます。次回は明日1900更新予定です。




