229:ペネトレーターズ
「……これ、二千じゃ効かないんじゃないですかね」
「だろ?」
城壁の上に上がった俺は思った以上の惨状に呻き声を漏らす。城壁を囲むように無数の小鬼が屯していた。こちらの姿を見ては耳障りな甲高い笑い声を上げ、届きもしない石やら雪玉やらを投げてくる。歓声を上げながら城門を叩いている奴らもいれば、どこかで捕まえてきた鹿やら鳥を生のまま奪い合って貪り食っているのもいる。
まったく、しつけの悪いガキを戯画化したような魔物だ。
「見ているだけで不愉快じゃ。片っ端から撃ち殺して良いかのう」
「もちろん良いけど、大事な45口径は勿体ないんで今回ミルさんの銃はこちらで用意します」
「ううむ……この数では、しょうがないのう」
アイヴァンさんは馬橇をレンタルしようとして止められたのだそうな。それは衛兵隊長への気遣いというよりも、大事な商売道具をゴブリンの餌にしたくないという馬への気遣いだったようだが。
胸壁の陰には弓兵、というか弓の得意な衛兵さんが長弓片手に控えてはいるが、すでにやる気は削がれているようだ。
「ダメですね、隊長」
「なんだよ。矢が足らんなら倉庫から出せ」
「補給の問題もありますがね。あいつら盾持ちが三割くらい、甲冑着込んでるのが二割くらいいるんで、下手な角度だと弾きます」
「おお、あれ甲冑か。あんまり汚ねえからわからんかった」
アイヴァンさんは、いっそ吹っ切れたように明るく笑う。一年以上ぶりとかいう休暇の初日がこれでは、そら笑うしかないだろう。
「もう大丈夫ですよ、後はこちらでやりますから、皆さんは降りててください」
「任せて良いのか?」
「俺たちの魔道具は流れ弾が危ないので、詰所にいてもらった方がありがたいです」
こっちは用意があるので、衛兵の皆さんには見えないところにいてもらう。人影がなくなったところで、俺はPPSh-41を何丁かと、弾倉を八個ほど出した。
「ミル、ちょっと手伝ってくれる?」
湾曲した箱型弾倉が六本と、でっかいドラムマガジンがふたつ。
「なんじゃ、この丸いのは」
「七十発だか入る特殊な弾倉だよ。扱いに気を付けてね」
内蔵のゼンマイを巻いてテンション掛けた状態で装弾するという危なっかしい設計で、戦時下の粗悪品だとバネが弾けて指を切断した例があるとかネットで読んだことがあるのでいささか怖い。
そちらは俺が担当して、ミルリルさんには箱型弾倉の方に装填してもらう。たしか三十五発入りだったはずだが、うろ覚えだ。
「おかしな形のタマじゃの。弾倉が反っておるのは、このせいじゃな?」
ポチポチと装填しながら、ミルリルは箱から出した弾薬を観察していた。30口径のトカレフ弾は、拳銃弾なのに段差のあるライフル弾のような形をしている。先細り傾斜が掛かっているので、弾倉はAKMのように湾曲しているのだ。
「こいつは粗悪な甲冑くらいなら撃ち抜けるから、今回の用途には向いてると思うよ」
この弾薬、エネルギー量は45ACPや9ミリパラベラムと大差ないが、弾頭が小さく高速な上に鉄芯が入っているので貫通力が高い。トカレフ拳銃が日本で違法拳銃の代名詞だった頃には、防弾チョッキを貫通するというので警察も警戒していたはずだ。
「こちらは済んだのじゃ」
「ちょっと待って、俺の方はもう少し……よし」
まだ慣れないので手間取ったが、なんとか装填完了。いくつか銃の状態を見て程度の良さそうなものをそれぞれ二丁ずつ持つ。古い銃なのだが思ったよりも綺麗で、ちゃんと整備もされていた。サイモンの気遣いなのか、最終使用者が几帳面なタイプだったのかは不明。一丁は革帯で背中に回して予備にする。俺には少し重いが、ミルリルさんは平気なようだ。
「ドラムマガジン付きのを最後に使うようにしようか。箱型弾倉を撃ち尽くしたら、転移で戻る段取りで」
「了解じゃ。しかし、ここから撃つのではイカンのかのう?」
銃の操作に熟れるのを兼ねて一弾倉分ほど試射してみたが、城壁が平坦ではなく凸凹に突き出しているので少し死角が多く、しかも撃ち下ろしのため個別に狙いながらになる。なにせ数が多いので水平に薙ぎ払った方が、敵の被害を増やせるとの判断になった。
このあたりはケースマイアンでも苦労した部分だ。安全圏から攻撃し続けるのには、メリットもデメリットもある。
使った弾倉に再装填して、転移先を探した。
「最初は、あの岩の辺りでどうかな」
「悪くないのじゃ。いっぺん、そこで一群を殲滅して様子を見るかのう」
「了解、行くよ」
お姫様抱っこで転移。下ろしてすぐ、ミルリルが群れの厚いところを掃射し始めた。
「これは、タマが出るのがずいぶんと速いのう」
「そういう設計だ。狙い撃ちはあんまり考えられてない」
ミルリルの指摘は、連射速度の話だろう。UZIに比べれば感覚で倍近く、ほとんどMAC10くらいありそうだ。30口径弾自体は、反動も少なく貫通力もあって使いやすい。群れを薙ぎ払うと、二次被害を含めて予想以上の被害を与えているようだ。死んでないものもいるが、治癒魔法による支援などあるわけもないので転げ回ってやがて動かなくなる。戦力は、確実に削いでいる。
瞬く間に箱型弾倉を撃ち尽くしてリロード、次の弾倉を撃ち尽くす頃になって、ゴブリンたちはようやく一目散に逃げ始めた。
「ミル」
「うむ、良いぞ」
お姫様抱っこで、ゴブリンの群れが逃げる先に転移。少し横に角度を取って、突進してくる集団を横薙ぎにする。ふたりでそれぞれ弾倉三本分、計二百数十発を叩き込んだところで、ドラムマガジンを装着した予備の銃に持ち換えた。
そこで向こうが逃げるなら一度撤退、向かってくるなら迎え撃つつもりだったが、数を恃んで襲い掛かるべきか殲滅を恐れて逃げるべきかゴブリンの大集団は判断に迷っているようだ。知能が低い上にリーダーもいない烏合の衆は、そこで動きが止まる。
狙い撃ちのチャンスだ。
「城壁に戻るのは、ドラムマガジンを撃ち尽くしてからで良いか?」
「問題ない。いざとなれば、M1911があるのじゃ」
UZIは俺が収納で預かってるけど、ふたりともショルダーホルスターには拳銃を持っている。俺のブローニング・ハイパワーも十三発装填してあるし、すぐに戻れないアクシデントがあったところで時間稼ぎ程度はできるだろう。
「よし、掃射」
ドラムマガジンの七十発ずつをフルオートでばら撒くと、ゴブリンたちは右往左往しながら崩れ落ちて痙攣し始めた。見たところ、死体は全部で三百ちょっと。負傷者も含めて群れの二割前後は無力化したようだ。
「良いぞ、いっぺん戻ろう」
城壁の上に転移で戻った俺たちは、また弾倉への装填作業に励む。今度はもう少し多めに、箱型弾倉十二本。
「こっちの方が楽じゃのう」
「同感」
装填に手間が掛かる割りに効率が良くないので、ドラムマガジンの使用は止めた。装弾数は箱型弾倉二本分なのに、装填には三倍以上の時間が掛かる。トラブルは発生しなかったけれども、バネが弾けて怪我するのも怖い。
「ターキフ、ミル、無事か?」
衛兵隊長アイヴァンさんが、詰所の方から声を掛けてくる。
「順調じゃ、問題ないぞ!」
むしろ、問題があるとしたらゴブリンの群れに逃げられてしまうことなんだけどな。城壁から覗いてみた限り、飢えて後がない彼らに撤退という判断はないようだ。徒党を組んで盾持ちを集め、反撃の機会を伺っている。その意気や良し、てとこなんだろうけど見た目が気持ち悪いんで褒める気にはならない。こういうのも、差別意識に近いのかもしれんが。
「あやつらに情けを掛ける必要はないぞ」
「ん?」
「武器や防具を見たであろう。あれは冒険者から奪ったものじゃ。持ち主はおそらく、ゴブリンの餌になっておる」
うへえ……もしかしたらそうなんじゃないかとは思ったけど、改めて聞くとグロいな。やっぱ異世界って過酷だわ。
「わらわたちが助けた冒険者たちも、駆け付けるのが遅れればそうなっておった。魔物を相手にするときは、殺すか死ぬかの選択でしかないのじゃ」
装填終了とともに、俺たちは再び雪原に身を躍らせる。遮蔽もない開けた平原に立った俺たちを見て、ゴブリンは一斉に槍を投擲しながら向かってきた。
転移で背後に回って、PPSh-41をフルオートで掃射する。悲鳴を上げながらも怯まず、ゴブリンたちは仲間の死体を踏み越えてこちらに向かってきた。
「小癪な!」
互いにカバーしながら弾倉交換し、俺たちは弾丸を送り込み続ける。小鬼が手にした盾も身に着けた甲冑も、鉄芯の拳銃弾は呆気なく貫いて物言わぬ骸に変えた。
「ヨシュア! 小さな群れが、右から回り込んできよるぞ!」
「そちらは任せろ!」
ミルリルさんの警告に、俺は彼女と背中合わせになって小集団を迎え撃つ。あまりに数が多いため、セミオートで狙い撃ちしようという気にはなれない。こういう状況では、重なった敵まで一気に貫ける小口径高速弾がありがたかった。
結局、二回目の襲撃で倒したゴブリンは四百ほど。群れの三分の一くらいは無力化できた、とは思うんだけど……
「魔物の分際で、なかなか考えたのう」
「……おい。あんなもん、どっから持ってきた」
馬橇の残骸なのか、残ったゴブリンの一部は木製の移動式遮蔽物に隠れて、こちらを攻撃しようとしていた。一方で分厚い塔状大盾を組み合わせて歪な集団陣形を組み始めた集団や、仲間の死骸を抱えて盾にした一団まで出始めている。
「生き延びるためには、魔物も知恵を使うようになるもんじゃのう」
「感心してる場合じゃないですよ、ミルリルさん」
弾倉への装填を済ませて、三回目の襲撃。念のため、俺はAKMを装備する。ミルリルはPPSh-41装備のままだが、弾倉はひとりで二十本も持っている。その弾薬数、実に七百発。
前からわかってたけど、このひとランボー的なワンマンアーミー嗜好が強いのね。いつも安定の、のじゃロリ無双である。
「さあ、これで準備は万全じゃ。行くぞヨシュア」
彼女は笑う。
「狩りの時間じゃ」




