228:レイジーレイダース
静かで長閑なお休みの日には必ず何か起こる、ということで要注意であると認識を新たにした。ちなみに妖精からは逃げ切った。近くで見てないからホントに妖精だったのかもわからんけど。
モフにはガッツリ説教しておいたが、どうもなんで怒られてるのかわからん顔で、“う、うん?”みたいなリアクションであった。
「良いかモフ、おぬしのような由緒正しき妖獣でさえ、知らん奴らが見れば大騒ぎになるのじゃ。あんな大量の妖精が町に入ったら、えらい騒動が起きるくらいはわかるであろう?」
「わふ?」
疑問形である。質問の意図はわからんでもないが、必ずしも納得してはいない。この辺りが自由に生きる妖獣の限界かもしれない。知能の問題ではないのだ。
「まあ、おぬしが妖精と遊ぶのは構わんし、わらわたちも別に嫌っておるわけではないが、町に入れるのは止めておくのじゃ。良いな?」
「わふん」
というわけで一件落着。俺とミルリルにも、しばし静かで平穏な日々が訪れるのであった。
……と思ってた時期が私にもありました。
「ターキフ! ちょっと詰所まで来てくれ!」
またこのパターンだよ。なんだよこのイベントの発生率と敵のエンカウント率。RPGならコントローラー放り投げてるとこだよ。
いつもの美味しい朝食を済ませて、今度こそゆったりした一日を過ごそうとしていた俺たちはお茶の時間に踏み込んできた衛兵隊長に引き摺られ、サルズの東側城門詰所まで連れてこられてしまったのだ。
これは公権力の横暴ってやつじゃないですかね。
「あのですね、アイヴァンさん? わたしたちは、ようやく静かな休暇を……」
「それをいうなら俺もだよ! 一年以上ぶりに取った長期休暇で家族と実家に行こうと思った矢先にこれだよ!」
いや、知らんし。可哀想な感じは伝わってくるけど、そんなプライベートの話を詮索したいわけじゃないです。
たしかに、よく見ればいつもの作業服みたいな制服に外套ではなく、こざっぱりした平服を着ているようには見える。だからなんだという話でしかないが。
「ちなみに、そこにいるのが妻のアイリーンと娘のコリナだ」
「「こんにちは魔王陛下」」
「そっちですか」
「一応、名前も教えてはある」
一応じゃなくて、普通に名前で呼んでくれないですかね。なんで二つ名が先行なんだか。
「元は王国商人で、いまは冒険者のターキフです。魔王というのは、世を偲ぶ仮の姿で」
「いや、ふつう逆だろ」
アイヴァンさんのツッコミにコロコロと笑うアイリーンさんは物静かな感じのタレ目美人で、コリナちゃんはアイヴァンさんに面影の似た健康そうな美少女。ちなみに、三十七歳と十四歳だそうな。いや、奥さんの年齢は要らんだろ情報として。
「アイヴァンによう似とるのに、ここまで美形というのは不思議なものじゃのう」
ミルリルさんがサラッと失礼なことをいってますけど、実際アイヴァンさんも鍛えて世間に揉まれて強面になっただけで、顔形自体はそこそこ整ってるみたいだしな。そう不思議というほどでは……いや、不思議かも。笑顔が愛らしい利発そうな子だ。
「妃陛下もお噂はかねがねお聞きしてます。先日はたくさんのお菓子をいただき、ありがとうございました。大変美味しかったです」
「おお、素晴らしく良くできた子じゃのう。これがおぬしの娘とは。日向魚が龍を生んだというやつじゃな!」
ちょっと! なんか知らんフレーズだけど失礼っぽいことだけは伝わってますよ⁉︎
「恐縮です」
奥さんもムッチャ笑ってるし。いいのか。
「ちなみに日向魚というのは鱗の色だけ龍に似た魚でのう。河を下って海に出たまま帰らんというので放蕩息子の代名詞なんじゃ」
「いや、いま必要なのはそういう情報じゃないです」
「お前ら、好き勝手いいやがって……」
苦笑しながらもアイヴァンさんは何かを待っているようだ。まさか“サルズの魔女”エクラさんのお出ましじゃないだろうね。そうなったら大討伐やら大遠征だかっていう流れになるんだろうし、俺は逃げるぞ。しばらく働かないと決めたんだからな。決めたのは、いまだけど。
「隊長」
「おう、どうだった」
詰所に入ってきたのは意外にも副長セムベックさん。こちらは休暇ではないのか、いつもの衛兵の制服である。
「無理だな。完全に囲まれてる。早馬ならともかく、馬橇じゃ逃げ切れんな」
何にですか。サルズを包囲するような奴らは、もう軒並み退治したはずですけど。
「衛兵隊としての緊急性はない。城門は閉めたし、あいつらに城壁を越える力はないしな。いまのところ外に出ている住民や訪れる予定の商人もいない。備蓄も数か月はまったく問題ない」
「問題は、俺の旅行と休暇の行方くらいのもんだ」
「それは、いったい……ん?」
何か、変な声が聞こえるんだけど。なんというか、ガキんちょの大集団が興奮して奇声を発しているような。それほどの脅威という感じはしないけど、全方位から聞こえてくる上に数が尋常じゃないな。
ミルリルが、声を聞いて嫌そうに顔を顰める。
「……あの声、ゴブリンじゃの」
それは、あれか。イエルケルの森やダンジョンで見た、ちっこい魔物。キモいが、強そうではなかった。衛兵隊が対処できない相手ではないと思うんだが。俺の視線を受けて、セムベックさんが肩を竦める。
「たしかにゴブリンは弱い。雑魚といってもいい。十や二十の群れなら、俺たちで蹴散らしもするがな。外の少なく見積もって二千はいるぞ」
「……は? 二千⁉︎」
そんな数、どっから湧いてきた。いや、もしかして、それって……?
「あいつら、装備が上等すぎる。ありゃダンジョンの棲息群だな。内部の生態系が崩れたんだ」
「……へ、へえ」
目を逸らす俺たちの肩を、アイヴァンさんがガッシリとつかむ。
「冒険者パーティを救出してくれたことについては、もちろん感謝する。浅い階層の魔獣や野獣を一掃してくれたことについてもな。でも、やり過ぎたのは事実だ」
セムベックさんが苦笑する。
「大岩熊と巨鬼を複数体、それに有角兎と洞窟群狼を二百以上、だっけな。洞窟群狼の群れの長らしいのを番で仕留めたとなれば、二階層まで一年以上は再生しない。となれば、そこを餌場にしていた深い階層の魔獣や魔物は、食い物を求めてダンジョンから出てくる」
いや、知らんし。冒険者には常識なのかもしれんけど。
「責めてるわけじゃない。この件は、ちゃんと依頼として出す。成果報酬にも色を付ける。だから頼む、ゴブリン退治に手を貸してくれ!」
サルズのなかでは最も付き合いの長い衛兵隊長さんに頭を下げられたら、断るわけにもいくまいよ。おまけに、美人の妻子を前にして――しかも前提条件として俺が責任の一端を担っているような話をされた後となれば、だ。それは、ちょっとズルいんじゃないと思わんでもないけどな。
「エクラさんは?」
「ラファンまで、定例報告に向かってる。戻りは二週間後だ」
そんときゃ休暇は完全に終ってる、というようなことをモソッと漏らす。う~ん、あのひとがいたらゴブリンの二千や三千、鼻歌混じりに一掃してくれたんだろうな。サルズの周囲に更地やらクレーターやらを大量生産してたかもしれんけど。
「ちなみに、念のため訊いておきますけど、ゴブリンの肉なんて食べないですよね?」
「食うわけないだろ、あんな汚らしいもの」
「じゃあ、いいや。受けますよ。ちょうどいい物が手に入ったところなんで」
弾丸でズタズタにすると素材買い取りが安くなる上に、調理したとき体内に残った弾頭で歯が欠ける。今度の弾薬だと、たぶん残らずに抜けちゃうとは思うんだけどさ。
「なんじゃターキフ、ちょうどいいものとは?」
「そうだな。たまにはミルもUZIばかりじゃなくて、PPSh-41も使ってみないか?」




