225:聖人の錬金術
「ブラザー、ペーペーシャ要らねえか?」
“市場”を開いて第一声、サイモンは俺にそういった。
「要らん」
それについては、考慮の余地などない。ペーペーシャ、というのはPPSh-41という、第二次世界大戦で活躍したソ連製の短機関銃だ。後年のMAC10と同様、というかそれ以上に“弾丸を振り撒く”機能に割り切った銃で、命中精度なにそれ美味しいのレベルだというような話を聞いたことがある。そもそも四十年代の製造だし、大量の弾薬消費が前提の銃なので状態もお察しだろう。そんなもん買っても使い道がない。
「程度はまちまちだけど、合わせて七十丁で四万ドル」
「いや、だから要らんて。なんだよ、七十丁て。そんなに必要ないぞ。総力戦は終わったから、そんな銃器の運用もしないし。これ以上あれこれ弾薬の規格を増やしたら管理できないんだよ。わかってんだろ」
「サービスで30口径拳銃弾二十万発と、ドラムマガジンを含む各種予備弾倉百三十本、同じ弾薬を使うビゾン五丁とトカレフ軍用拳銃を三十丁……」
「だーかーら、要・ら・ん、ってば。聞けよ」
だいたい二十万発なんてムチャクチャな数をどっから持ってきた。いままで調達した弾薬全部より多くねえか?
「……それに、ブルームハンドルを三丁付ける」
「か、……」
危ない。いや、要らんもんは要らん。要らんぞ、そんなん。抱き合わせとか、騙されん。
「ビンテージ状態のモーゼルC96が一丁と、状態そこそこのM712が一丁、スペイン製コピーが一丁。銃床にもなる木製ホルスターふたつ付きだ」
「…………か……買う。買います買わせてください」
「そういってくれると思ったぜ。それじゃ、さらにサービスで45ACP版の中国製コピーを二丁付けよう」
あー、そっちは銃身太くてシルエットがモッサリしてるから、あんま好きじゃないかな。
……っていうか卑怯だろ、それは。モーゼル自動拳銃の誘惑から逃げられる日本の銃オタはおらん。独断だけど。
しかも、弾薬二十万発付きか。トカレフ弾なんだろうけどな。モーゼルミリタリーの弾丸とほぼ同規格、というかモーゼルの三十口径(7.63×25ミリ)拳銃弾をコピーしたのが――日本だと一時期、違法拳銃の代名詞として有名になったトカレフ軍用拳銃の――7.62×25ミリトカレフ弾だ。
規格としては合うし使えることは使えるんだけど、弾頭の被覆が銅ではなく鉄なので銃身摩耗が酷く、銃身交換ができないモーゼル自動拳銃での使用は非推奨と聞いたことがある。
モーゼルは、勿体無いから可能な限り使わんとこ。
「それで、どういう風の吹き回しだ。サイモンが積極的なセールスに出るほどの商品じゃないと思うんだけど」
「不良在庫の処分だ」
正直だなオイ。たしかに現代の顧客に受ける代物じゃないけどさ。誰も欲しがらないようなもんは俺に引き取らせんのかよ。
「いや、誤解のないようにいっとくが、銃としての機能に問題はない。確認もしたし整備も済ませた。馬鹿なチンピラ相手には売れるんだけどな。売りたくない」
ほう。聖人様は商売相手を選ぶようになったか。そんな不良在庫の銃を丸ごとこっちに押し付けようってのが……まあ、気に食わんとまでは、いわんけどな。ケースマイアンじゃ、使えんこともないし。理由もなく押し付けてんじゃなさそうだしな。
「それもこれも、アンタのお陰なんだよ」
「は?」
サイモンは少し言葉を濁して、俺が前に渡した金貨を指先で弾いた。それはクルクルと回って、いまや爪まで綺麗に整えられた聖なる指先にキャッチされる。
「知ってるか? ちょっと前まで、こっちじゃ殺しの依頼は二ドルが相場だったんだ。いまは二百ドルでも受ける奴はいない」
「……ええと。治安が、良くなったってことでいいのか?」
「ああ。俺のいる地域から、ものすごい勢いで犯罪が減ってる。それに伴って、銃器の需要も落ちてる。当然ながら弾薬消費もな。浮いた武器弾薬を流す先も、ないことはないんだけどな。しょせん、そこも同じ国だ。手放した筈が回り回って汚れて痛んで犯罪歴が付いて、戻ってくる可能性や、こちらに向けられる可能性も捨てきれん。となれば、できればあんたに引き取ってもらえるとありがたいんだよ。それが無理なら、処分するしかないと考えてる」
なるほどな。資金洗浄ならぬ銃器洗浄か。いや、戻ってこないって意味じゃ単なる資本の洗浄どころの話じゃない。
「お前、政治家にでもなる気なのか?」
「いいや、そんなつもりはない。妻の実家が、政治家の家系でな。贔屓目なしに、良くやってると思う。俺は俺なりのやり方で、彼らを支えて、国を変えていくさ。まずは、自分の暮らす地域からな」
「なるほど」
それは良いんだが、いままで流した金貨の量を考えるとサイモンがカネに困ってるってことはなさそうだ。その割に、今回は金額が妙に具体的だった。商品は雑多で数も状態も適当などんぶり勘定なのにな。逆にいえば、必要なカネのために要らんもんをテーブルにどんどん乗っけてたように思える。
「四万ドルで、何ができる。というか、何をしようとしてる」
「学校ふたつか、病院ひとつ。急な競売の話が出てな。いま押さえれば、すぐ改装に着手できるんだが」
いまのサイモンにとってみれば、四万ドルなんて端金だろうに。俺の考えは顔に出ていたらしく、聖人は笑みを消して首を振った。
「資産運用の健全化が裏目に出た。アンタのお陰でカネには困っていないのに、すぐに動かせる現金がない」
「学校か病院? だったら、両方やれよ」
小樽に入った金貨を渡す。何枚あるのかは、数えたことないからわからん。
「足りるか?」
「十分だ。助かる」
銃がカネに変わって、医療や教育に投資され、未来を作る。死が、希望に変わる。
サイモンが洗浄しているのは、彼のいる世界の悪意だ。
「大したもんだな。さすが聖人様」
「……やめてくれ。そんなんじゃねえよ。より多くのカネを生み出すためだ」
元ラスタマンは悪ぶっていうけど、一部が裕福になるだけじゃ、治安は向上しない。力や恐怖で押さえ込むなら、銃器はダブつかない。たぶん、地域全体の経済状態を上げたんだろう。どうやったのかは知らん。門外漢の俺が口を出すところでもない。
「それじゃ、こいつが商品だ」
俺の側にドサッと、アホみたいな量の木箱が置かれた。銃器と弾薬なんだろうけど、特に中身は確認しない。その上に、サムソナイトのトランクがふたつ置かれる。
「こっちがモーゼル、そっちがビゾンとトカレフ軍用拳銃だ」
さっき名前が出てたな。ビゾンというのは、円筒状の大容量螺旋給弾式弾倉を使用して六十発だかアホほどのトカレフ弾を吐き出すサブマシンガンだ。見た目は短縮化したAKMといった形をしていて、たしかメーカーも同じ。構造も似てなくはない、はず。FPSでしか見たことがないので、あんまり詳しくない。
「なあ、俺が妻の実家から、何て呼ばれてるか話したっけ」
サイモンは樽に入った金貨を見て、俺に笑いかける。ニヤケ顔ではない、諦観めいた笑いだった。
「聖人、ではなく?」
「神の錬金術師、だとさ」
まあ、そんなに間違ってはいないだろうさ。正確には“魔王の”、だけどな。




