223:御用聞きの魔王
単位修正T多謝
「おお、魔王陛下。どうだったんだい?」
冒険者ギルドに赴くと、ギルマスのエクラ女史自らお出迎えしてくれた。いつもの不敵な感じはなく、期待半分不安半分といった顔だ。
「手に入りそうですよ。とりあえずは、いまあるだけ引き取ってきました」
「助かるよ。春になって事態を把握してからじゃ間に合いそうにないからね」
今回の内乱、及び皇国軍の侵攻によって、共和国内は荒れた。東領と北領は、少なくとも来年いっぱいまでは中央領の直轄地になるそうな。サルズのギルドと同様、次の領主選出が上手く行かなければ次の年以降に持ち越しという事態も有り得る。西領だって領主に何らかの罰が下るようだしな。
政治的混乱はともかく、問題は食糧だ。生産と流通が滞ることは予想されるものの、その規模がわかるのは春以降。そこからでは対処するにも限界はある。中央領も南領も、農地は少ない。穀物生産は二領合わせても共和国内の二割ほどしかないのだ。かといって、輸入するにも問題がある。
結果的に、ではあるが自国の軍を差し向けてきた皇国との関係は最悪。停戦交渉に乗り出したとは聞いたけど、難航が予想される。なにせ、そいつらは皇国にとっても叛乱軍であり、皇帝に管理責任を追求したところで受け入れるわけがない。しかも、裏切り者とはいえ持ち出した戦力は共和国で虎の子の艦隊ごと殲滅されてしまっているのだ。交渉決裂で済めばいいが、そのまま戦争になる可能性だってある。仮に(あまり現実的ではない前提だが)停戦合意と賠償請求がスムーズにいったとしても、皇国側にそれだけの財貨が拠出できる状況とは思えない。
そこの部分だけでいえば、まあ俺のせいといえなくもないんだけどな。知らんわ。勝手に他人んちに攻めてきた方が悪い。
まあ、とはいえ、現在の共和国との間で(というよりも南領マッキン領主個人との間で、だが)協力関係にあるのは王国南部領の貴族たちしかないが、あちらも内乱の余波がどこまで出るかわからない。
ここは食料の確保が喫緊の課題なのだ。特に、穀物。
「小麦二十長屯、他の食用穀物が十長屯ほどあれば、最悪の事態は回避できる」
エクラさんからの依頼を聞いたとき、俺は首を傾げた。状況と内訳は理解したけど……なんじゃ、その単位。初めて聞いたぞ。
「一長屯が二千衡です。一衡が……何と説明したらよろしいでしょうか」
知らんがな。距離の単位、哩や尺と同じく、どうやら重量も大陸内の共通単位らしい。それを俺から知らんといわれ、イノスさんは説明に苦慮している。やっぱこのひと、頭は良いけどアドリブに弱いタイプか。
「ターキフは市場で壺入りの虫蜜を買うたであろう、あれがひとつ四衡くらいじゃ」
ミルリルさんのフォローで、なんとなくわかった。秤を持ってきて計ってもらったら、虫蜜の場合は壺の重量を差し引いているらしく、四・三衡。まあ、商売としては良心的なんだろうけど正確な重量感がイマイチわからん。手に持った感じ、虫蜜の壺は二、三キロくらい。
「てことは一衡は、五百から七百グラムってところか……?」
俺はふと思いついてペットボトルを計量してもらった。商業ギルドのギルマスだけにイノスさんはPETの材質とコストにえらく食いついてきてたけどスルー。秤で見る限り五百ミリリットルのペットボトルが一衡を少し超えるくらい。それが二千で一長屯だというから……
「……こっちの世界って、ヤードポンド法で動いてんのか」
「やーどぽん、というのは?」
俺の呟きを拾って、イノスさんが尋ねる。
「わたしのいたところにも、こちらと似た質量単位の国があったんですよ」
「ほう、ターキフのいうておった、あれじゃな。”しんくろーにしてー”とかいう、偶然の一致……?」
「その可能性も、否定はできないけどね」
偶然の一致にしては、全単位があまりに揃い過ぎてる。英米出身者あたりが転移か転生かしてきた結果として、その原器が定められたって方が腑に落ちる。少なくとも、俺にとっては。
「大昔に、なんらかの接点があったんじゃないかな」
「おぬしの同類が基準を定めた、ということか。そうやもしれんがの」
「いまとなっては推測するしかないですね。何千年も前ですから、定めた人間の名前などは伝わっていません」
まあ、単位を定めたひとの名前を知ったところで何か変わるわけでもないんだけどな。
……で、だ。メートル法で生きてきたので正確な数字はうろ覚えだけど、たしかステーキの一ポンドは四百五十グラムを少し超えるくらいだったはず。かける二千だっつうから、一長屯は約一トンでいいだろ。厳密には端数が出そうだけど、知らん。
「保管場所が決まったら教えてください。いま確保してあるのは、小麦一・五……長屯? それとトウモロコシ粉が十分の四長屯、コメが五分の一長屯です」
「そちらは金貨で払うよ。商業ギルドで価格交渉はするけど、基本的には言い値だ」
非常時だから、足元見たりはしない。双方に利益が出るようじゃなきゃ今後に差し支えるしな。砂糖と蒸留酒は別の商売を考えて保留。“狼の尻尾亭”でカフェバーでも企画しようかな……
「それで、だ。魔王陛下? ここからは別の話なんだけどね」
あら。なんかエクラさんが、すごい笑顔。ものっそい、嫌な予感がするんですけど。その後ろで、受付嬢ハルさんと商業ギルド改め街区長代理のケルグさんまで満面の笑みで近付いて来ている。
「昨日いただいた、素晴らしいお菓子について少し、お礼と、お願いがあるんだよ」
「はい。わたしからも、某女性冒険者たちから出ていた“天にも昇るような至上の甘味”という噂の真相について、少しお訊きしたいことがありまして」
「商業ギルドからも、今後のお取引きについてご提案があります。ちなみに虫蜜業者との利害調整は商業ギルドと行政区で完璧に行いますので、ご心配なく」
なんですか、その有無を言わせぬ迫力は。ちょ、女性陣の笑顔が、怖いんですけど⁉︎




