222:サイモン・セッズ
金鉱石の設定に言い訳じみたフォローをしてみたり。
あと、しばらく更新不定期になりそうです。
「ブラザー、ええと……もういっぺん、いってくれるか?」
サイモンは、演台みたいなカウンターに肘をついて、俺を呆れ顔で見る。
いつの間にやら、また体型が細くなった。モノポリーのマスコットみたいなヒゲも適度な口髭になって、身形も落ち着いて白いシルクのシャツに黒のベストとズボン。精神状態もしくは家庭の状況と一緒に、体重とセンスまで上下するみたいだな。まあ、あのまま太られても困るから良いことではあるんだろう。
「小麦を二十トン。コメ十トン。トウモロコシ粉を三トンに……」
「待て、待て待て待て。……トン⁉︎ トンって、あのトン?」
「どのトンか知らんけど、小麦二万キログラム。コメ一万キログラムに……」
「いや、わかってる。計算できないって意味じゃねえよ」
「掃き溜めの聖人様が、庶民の糧を手に入れられないなんて、いわないよな?」
「いうわけねえだろ。小麦やコメくらい何トンだって調達してやる、けどな。アンタ……たしか、魔王なんじゃなかったか?」
「まあな。でも、いまはオフで、商人をやってる。バカンスで滞在してる国のクライアントから、たっての要望でな。国内の穀物生産と流通が、しばらく内乱の余波で滞りそうなんだとさ」
「それの、どこがオフなんだよ。ジャパニーズのバカンスってのは、そんなもんなのか? 俺には理解できんな」
いや、俺にも理解できねえよ。
しょうがねえじゃん。あんなおっかない魔女の頼みを断ったら、カエルかなんかにされちゃいそうだし。
「揃えるのに、どのくらい掛かる?」
「ああ……そうだな。二日もあれば。百キロ単位でなら、すぐ出せるぞ」
「さすが聖人様だ。ある分だけもらおうか。あと、砂糖を二トンと、適当な蒸留酒をグロスで」
「……アンタ、ホントに商人みたいだな」
サイモンは不思議そうな顔で引っ込み、すぐ戻ってくる。フォークリフトにパレットを乗せて。上着を脱いだタキシードみたいな格好で重機を動かしている姿はシュールだ。
「小麦は在庫が一トンちょいあった。トウモロコシとコメは……調べてくるから、ちょっと待ってろ」
行ったり来たりで小麦一トン半にトウモロコシ粉が四百キロ、コメ二百キロに砂糖百キロ、ウィスキーとウォッカをボトル百本ずつくらい出してきてくれた。金貨を小樽で渡すと、高そうなブランデーとワインを二十本ほどおまけにくれた。サービスだそうな。さすが聖人様、気前が良いね。
「ああ、そうだ。ちょっと、これ見てくれるか?」
価値がどの程度あるのか訊いてみようかと、俺は馬橇から抜いておいた金鉱石を渡す。サイモンは重さを計った後あれこれ調べ、首を傾げた。
「こいつは、どうしたんだ」
「金鉱山から奪われそうなところを、悪党どもから奪還した」
「それは、アンタが奪ったっていうんじゃねえのか? まあ、いいんだけどな。そっちじゃ、こんな状態で埋まってんのか。これが、どのくらいあった」
「埋まってんのは知らんけど、手に入れたのは馬橇に四つ分。小さい方の軍用トラックのコンテナに半分くらいかな」
呆れ顔で首を振る。
「そっちと貨幣価値が違うわけだ。こっちで産出する金鉱石だと、金の含有量がこの3%もねえよ。さっきもらった金貨一枚鋳造するのに、鶏卵大金鉱石が最低でも三百は要る」
てことは……こっちじゃサイモンに渡した金鉱石が十個ほどあれば金貨一枚作れるのか。それがどのくらいスゴいのかイマイチよくわからんが。魔法がある世界だから、その技術を採掘やら精錬に使ってんのかもな。
「……なるほどな。いや、それは持ってけ」
「いいのか?」
「どうせ、お前んとこに行くんだしな。こっちもやるよ」
使い道もないしエクラさんとこに返すのもなんなんで、収納しておいた残りの金鉱石もサイモンに渡す。
「それじゃ、残りは用意しとく。適当なときに持ってってくれ」
「ああ、頼む。天使と聖女によろしくな」
「そうだ、マイエンジェルは伝い歩きを始めたぞ。相変わらずアンタからもらったスプーンを宝物にしてる」
「……そっか。それは良かった」
俺は笑顔で手を振って、市場を閉じる。
「……やっぱりな。そうじゃないかと思ってたんだ」
最初に会ったときから何度か違和感があったけど、直視しないようにしてた。いまさらそれを認識したところで何が変わるわけでもないから。もはや帰るべき場所でも帰れる世界でもないのだろうから、深く詮索しないようにしてた。
でも、わかった。俺がいるこの世界とサイモンがいる世界では……時間の進む速度が、違う。
「……そりゃ……ねえだろよ」
ブラックマーケットとはいえ、元いた世界と繋がっている感覚が、俺の喪失感を防いでいてくれていた。でもいま、俺だけが切り離され取り残され、世界が高速で遠ざかって行くような感覚があった。
接続間隔にもよるのかもしれないし、他にも条件があるのかもしれないが、あいつの体型変化からすると四倍くらい。天使のような娘さんの成長から考えると、十倍近い可能性もある。あるいは、それ以上かも。
いまの関係には、もうそれほど時間がないのかもしれない。
「ヨシュア?」
気が付けば、そこは市場を開いた“狼の尻尾亭”の部屋のなか。心配そうな顔のドワーフ娘が、俺の顔を覗き込んでいた。
「……おう、ミル、リル」
「何を……もにゃ!」
ぷにぷにした血色の良い頰をつまみ、フワフワのクセ毛を撫で回しながらキラキラ輝く瞳を眺めていると、やがて気持ちが落ち着いてくるのを感じた。
「ど、どうしたんじゃヨシュア? どこか痛いのか? 具合でも悪、いッ⁉︎」
ミルリルをギュッと抱き締め、柔らかく暖かい感触を確かめる。胸いっぱいに深呼吸すると、かすかに甘いミルクのような匂いがした。
ミルリルは俺の背中を、落ち着かせるみたいに優しくポンポンと叩いてくる。心が平静を取り戻し、俺は笑顔を浮かべて彼女を見た。
「……ヨシュア。おぬし、何があった。なんぞ問題でも起きたのか? 良かったら話してみい、悪いようにはせん」
「うん、わかってる。ありがとな、ミルリル。もう大丈夫だ。問題なんて、何もない」
もし仮にサイモンとの繋がりが消えても、そのときは、そのときだ。いままでと何も変わらない。俺のいるべき場所は、ここだ。ここだけだ。
「……う、うむ。それなら、良いのじゃ」
「さあ、行こうか。腕利きの商人として、顧客を驚かせてやらないと」
俺は身支度を済ませて、再び冒険者ギルドへと向かった。ミルリルの小さな手を握って。ちょっと武器弾薬をストックしとこうか、なんて、さっきと矛盾したことを考えながら。




