221:ミッション・タイトロープ
「こんちはー」
「邪魔するのじゃ。エクラ殿はおるかの?」
冒険者ギルドに入ると、まばらな冒険者の面々が俺たちを見て、受付嬢ハルさんに視線を送る。新人受付嬢って感じの見慣れない女性にカウンターを任せて、ズンズンと近付いてきた。
「ええ、いますよー」
ちょッ、笑顔が、なんか怖いんですけど。
ハルさんは俺たちの腕を両手に抱えて真っ直ぐ階段に向かう。冒険者たちは、俺とミルリルを生暖かい視線で見送る。屠殺場に引っ張られて行く家畜を見るような目だ。
「ギルドマスター? ターキフさん、いらっしゃいましたよー?」
「「「おおぉ」」」
二階のギルドマスターの部屋をノックすると、室内からは複数の淀んだ声が聞こえた。なんで複数……と思う間もなくドアは開かれ、テーブルに積み上げられた書類の山を囲んで俯く四人の姿が見えた。
「これはこれは、魔王陛下。お早いお越しで」
俺に後片付けを押し付けられて、すっかり以前の慇懃無礼モードに戻ってしまった、“サルズの魔女”エクラさん。ギルドマスターとして事態の収拾に当たっているであろうことは予想できていたけど、あとの三人は?
案の定というか、ひとりは衛兵隊長アイヴァンさん。そうね、報告とか説明とかあるだろうから。困った顔はしているが、衛兵隊として危機の山は越えているのでさほどダメージを受けてはいない。
残るふたりは、少しだけ意外だった。
「なんでまた、おふたりがここに?」
また少し痩せた……というか、窶れたように見えるイケメンが商業ギルドのギルドマスターに就任したイノスさん。そして、商業ギルドの隠れた実力者、初老のお婆ちゃん職員ケルグさん。
「なんで、といわれましても」
弱々しい顔で笑うイノスさんに対して、肝が据わった感のあるケルグさんは笑顔で俺たちに席を勧める余裕があった。ミルリルとふたりで空いた席に腰掛け、ハルさんに手土産の手作り菓子を渡す。
甘い香りと職員みんなに行き渡るだけの量を見てパァッと明るい笑顔になったが、一瞬だけ“こんなことでは誤魔化されませんからね”というような目で見られてしまった。うむ、そのようですな。
「ターキフさんに、当事者としての自覚は」
イノスさんが首を傾げてエクラさんに視線を送る。
「ああ、ないね。魔王は自分がサルズをぶっ壊したとは思ってないんだよ。困ったもんだ」
「なにを失敬な。わらわたちはサルズを守ろうとはしたが、壊してなど……」
ミルリルさんは四人の顔を見渡して、俺を見て、あーっと小さく溜息を吐いた。
「いや、壊したのう」
「え」
「無自覚とはいえ、わらわたちの行ったことじゃ。……いや、ターキフの場合はおそらく、自覚してはおるが考えないようにしておったのであろう」
“わかるよね?”“ホントはわかってるよね?”って顔で四人プラスのじゃロリさんから見つめられるが、わからんわ。救いを求めて視線を逸らすと、眉間に交差点型の青筋を立てたハルさんからも、“わかってますよね〜?”て顔をされる。だーから、わからんて。
だって冒険者ギルドと商業ギルドが協力しなくてもほら、サルズの行政区にはこの町のトップがいるんだから……
「うそん」
「思い至ったようじゃな」
もしかして、大手商会の大規模犯罪に、行政の長が関わってた? どれだ。どこに関与してた。どいつだよ。行政区なんて入ってもないから、名前も顔も知らんわ。
エクラさんが呆れ顔で、ケルグさんを指す。
「そうだよ、魔王陛下。アンタのおかげで膿は出したが、その結果として商業ギルドも冒険者ギルドも、そしてサルズの行政区も機能不全に陥ってる。今日ケルグに来てもらったのは、彼女が現役当時に行政区の高等政務官だった経験からだ」
元は公務員上級職ですか。そら器が違う感じがしたわけだ。
「このまま排除したクズの後釜がいないのであれば、ケルグをサルズの街区長代理に据えるしかなくなる」
「……さすがに、ずっとは難しいですが。後進を鍛えて引き継ぎをするくらいでしたら」
「ずいぶんと楽観的な見方だねえ。アタシも同じようなことを考えていたんだが、もう七年もギルドマスターだ」
女性陣ふたりの責めるような顔に、男性陣ふたりはツイッと視線を逸らす。その流れで俺を見られても困るんですけれども。わしら共和国の人間じゃないし。
アイヴァンさんが、苦笑しながら俺に手を振る。
「いや、誤解のないよう伝えておくが、お前たちがサルズの犯罪組織を壊滅させたことについては、感謝している。そこは、この町の官憲を代表して礼をいう」
「まあ、そこだけならアタシも同意するよ。サルズの大手商会ペイブロワとベイナン、それに盗賊ギルドが噛んだ大規模な犯罪計画……だと思ってたんだがね」
それでわかった。たぶん、あれだ。ヤバい、俺って昨日の死体に混ぜちゃった⁉︎
「ああ、カチンコチンの死体の山んなかに、街区長も混じってたよ。……で、だ。そのステキなポケットから、出してくれるんだろ? 事件の、途切れた脈絡も、さ?」
「いや、そんなサラッと関与を認めたみたいにいわれても……」
「認めてるようなもんじゃないか。本当に……アンタは考えてることが、みーんな顔に出るんだねえ……」
「そうなのじゃ。バカ正直も度を越すと、ひとつの戦略じゃな」
エクラさんとミルリルからムチャクチャ失礼なこといわれてるけど、こっちはそれどころではない。殺したなかに、行政の重鎮ぽい奴なんて……
ああ、いたわ。“狼の尻尾亭”前で盾持ちの護衛に囲まれてた、身形の良い爺さん。盗賊ギルドの幹部かなんかかと思ってた。
俺が見た目を伝えると、エクラさんが頷きアイヴァンさんが唸る。
「ああ、そいつだ。サルズの街区長オファノンだよ。衛兵隊からの調査報告じゃ、アンタたちがローゼスに旅立つ前の晩から姿を消してる。四人の護衛もだ。それに、盗賊ギルドの雇った傭兵や冒険者崩れの連中もだね」
「サルズに入ったところまでは衛兵隊で確認しているが、出て行った記録がない。狭いサルズにそんな数の小悪党が姿を隠せる場所はない。となれば、誰がやったかなんて明白だろうが」
だよねー。ローゼスのクズ衛兵じゃないんだから、城門警備がちゃんと仕事してたら、人の出入りは把握してるもんだよね。ろくな奴を見てこなかったから、この世界の官憲を甘く見てたわ。
「“吶喊”の連中が捕まえた盗賊ギルドの専属監視者、ヘルギンって小男をアイヴァンに釈放させて泳がせたんだけどね。関係者が消えてることに本気で動揺してたんで、どうも奴らが意図した事態じゃないとわかった。どうしたもんかと思ってたんだが……」
「それで」
「ヘルギンを処分して戻ってきたところに入ったのが、ローゼスが壊滅したって報告さね」
そりゃバレるわな。俺は、両手を挙げて降参の意思を示す。元々がそれほど真面目に隠そうとか潔白を装おうとか考えていたわけではない。面倒臭いから隠しちゃえ、程度のガバガバなやり方でしかなかったのだ。
「アンタたちがやったことは、まあいいさ。済んだ話だし、殺されて当然のクズどもだ。でもね、土竜義賊団アジトで、何か手に入れなかったかい? もしくは、ローゼスの盗賊ギルド本部でさ」
「あー、と……ええ、たぶん」
観念した俺の顔を見て、受付嬢のハルさんが手を出してくる。バサボソドサとそれっぽい書類やらなんやらをその上に出すと、テーブルを囲んでいた四人が深い溜息と共に頭を抱えた。
「共和国の公文書、ですね。使役規約書に、守秘義務契約書に、達成報告書……これ捺されてるのは拘束魔導印です」
ハルさんがひとつずつ確認しながらエクラさんたちの前に置いてゆく。俺には読めないものばかりだけど、盗賊ギルドが血眼で探し出し奪還しようとしていたくらいだから、事件の真相を明かす何かが書かれているのだろう。
「これで事件は一件落着、てとこかい。後始末は、まあ追々考えなきゃいけないがね」
「……あのなあ」
「止しな、アイヴァン。これは互いの信用の問題だ。あのときアンタが手を出したって、魔王はホイホイ渡しちゃこなかったさ」
「それはどうかの。ターキフは、案外あっさりと渡しておったかもしれんぞ? 訊かれなかったから、話さなかっただけでのう」
ミルリルさんにいわれて、アイヴァンさんは面食らった顔をする。
「しかし、そのままサルズには帰ってこなかったであろうな」
「それじゃ本末転倒じゃねえか⁉︎」
「失うものがない人間というのは、そういうもんじゃ。あのときは、おぬしらは敵でこそないが身内とも思っておらんかった。そんな相手に、損を覚悟で利益を分け合う者はおるまい」
ドヨーンと沈んだアイヴァンさんと対照的に、エクラさんは俺とミルリルを見て面白そうな顔で笑う。
「何を凹んでるんだい、アイヴァン。アンタのその後が、魔王夫妻を変えたってことじゃないか」
まあ、そうかもな。カルモン一家の護衛として出て行った頃のサルズは、まだ“ちょっと立ち寄っただけの悪くない町”でしかなかった。わざわざ帰ってきたのはアイヴァンさんたちへの義理ではなく……
「わらわたちがサルズに戻ってきた最大の理由は、“狼の尻尾亭”じゃからのう」
「「「え」」」
「あの絶品料理と気さくな女将がおらなんだら、別にラファンに居っても良かったのじゃ。なんなら、他の国でもじゃ」
身も蓋もないミルリルさんのコメントに、今度はエクラさんも一緒にドヨーンと沈んでしまった。




