219:祝宴
「我らの勝利と無事の帰還を祝って!」
「「「「かんぱーい!」」」」
短く簡潔なアイヴァンさんの音頭で、エールのジョッキが打ち合わされた。
「ぷはーッ、仕事の後の一杯は最高だな、オイ!」
エールの淡い泡を口に付けて、アイヴァンさんが満面の笑みを浮かべる。こういうのは、どこの国も一緒なんかね。
エールって、温くて泡のない気の抜けた不味いビール、みたいな印象を持っていたんだけどな。共和国のそれは、なんていうかアイルランドとかイギリスにあるようなコクがあって麦の香りが生きてる感じの……っていうか、あれがまさにエールか。要するに、これがなかなか味わいがあって悪くないのだ。そもそも冬の最中にキンキンの生ビールを飲みたいとも思わんしな。うむ、これは美味し。
宴会場になったお店は、我らが“狼の尻尾亭”。アイヴァンさんが女将さんと幼馴染だとかで、急な話だったのに半貸切状態にしてもらった。うるさくてもいいっていうお客さんには入ってもらってるけど、ほとんどの人は案外そんなに気にしてないみたい。衛兵隊の武勇伝を聞いて一緒に乾杯してる。
メインは丸焼きの巨大な鳥……七面鳥サイズだけど名前は知らん。薄いタレのようなものが塗られた皮がパリパリで、なかの肉はぷりぷりジューシーで、素晴らしく美味い。お腹に詰めてあるのは香草をまぶした細切りの芋と、カラフルな根菜。これが旨味と脂と肉汁を吸って、まあ美味いこと美味いこと。
サイドメニューのつくねに似た串焼きミンチ肉団子は、なかにウズラのような小さめの茹で卵が入っていて美味い。少しシャリシャリした食感は刻み玉ネギか。火が通って甘いところと辛味が残ったところが混じり合い爽やかな甘辛さとなって肉の旨みを引き立てる。
大きな陶器に入ったのは、サルズの名物だという内臓系の煮込み。大皿で添えられたマッシュポテトと合わせるようだ。こってりして滋味深く、地物のエールにすごく合う。そんなに酒を好まないらしいミルリルさんは果汁だけど、みんなと笑いながらモキュモキュと幸せそうに食べている。かわええ。
しかし、女将さんの料理は無限のバリエーションを持っているな。できればケースマイアンの料理上手だちと技術交流したいところだ。無理なら俺がレシピを交換してもらうんでもいいや。早く定期航路を繋ぎたいところだ。夢が広がるな。
「いやあ、サンドラこれ美味いな! 喉の奥が焼ける感じがたまらん!」
「ああ、それはターキフさんとこから持ち込んでもらった火酒(蒸留酒)だよ。これから仕入れの話をしようと思ってるとこなんだけどね」
「おお、良いな。たっぷり仕入れてくれ」
「ウィスキーですか。それは海の向こうから入ってきたお試し品なんですが、春から、わたしのとこで作ろうと思ってるんですよ」
「ういすきー、か。これ一本いくらくらいだ」
売値か。まだ考えてなかったな。女将さんに聞いたところではワンショットで大銅貨三枚、もしくはダブルで銀貨一枚くらいだと大人気になるだろうとのこと。てことは、ボトルはショットグラス二十杯前後だった気がするから……銀貨十枚から十二枚くらいか。ちょっと値付けが高過ぎる気がしないでもないけど、少量を珍しさで売るなら安売りはしない方がいい。
「銀貨……十枚ちょっとくらいですかね」
「けっこうするな……でも、その価値はあるぞ!」
サイモンからの仕入れは、たしか日本で酒の量販店で買うより安いくらいだったはず。いまアイヴァンさんが飲んでるJ&Bなら千円しない。ケースマイアンで作ると、どのくらいになるかな……まだ設備どころか計画も話してないくらいだから完全に皮算用だけど。
「そっちの透明なのは、もうちょっと安いですよ。たぶん一本銀貨八枚くらい」
「隊長、これも素晴らしく美味いっすよ!」
どうでもいいけど、こっちの人たちってホントにお酒を割らないのな。四十度とかの蒸留酒をストレートでグビグビいくとか、酒の弱い俺には考えられん。みんなベロンベロンになってるけどな。
まあ、幸せそうで何よりだ。
「あ、忘れないうちにこれ渡しときますね」
「ん?」
いいながら俺は全員の手に鶏卵ほどの金鉱石を突っ込む。ボーッとした目の衛兵たちが、一瞬それを見て黙り込んだ。
「たまたま拾ったんで、山分け……」
「これはダメだ」
アイヴァンさんが俺に返してくる。セムベックさんたちも、いくぶん名残惜しそうに返却してきた。
「このくらいのことは良くあるって知ってはいるがな。せめて俺たちだけでも、一線を超えないようにしてる。ローゼスは良い教訓だった」
「一歩間違えば、自分たちがああなる運命もあった、ということじゃな。なるほど、それはそれで慧眼じゃの」
ミルリルさんの言葉に、衛兵隊が苦笑する。最初の出会い次第では、たしかに、そうだったのかもしれない。
「しかし、それでは“うぃんうぃ〜ん”の思想には合うまい。のう、ターキフ」
「そうだね」
「うぃーん……なんだって?」
「そこで終われば美談ではあろうがの。愚直の清貧を眺めながら、自分たちだけ財貨を抱え込むのは好かんのじゃ。手の届く範囲くらいは安らかでないと気が済まぬ。これぞ魔王の傲慢さかのう」
困ったもんじゃ、とかなんとかいって俺に丸投げするのは勘弁してくれないですかね。正直なんも考えてないわ。
俺は指を振って金鉱石を収納、驚く彼らの手に別のものを戻す。それを見て、ミルリルさんが満足げに頷く。以前に、面倒な袋詰めを手伝ってくれたからね。
「「「おおぉッ⁉︎」」」
「それなら良かろう? わらわたちが、自らの手で仕留めた魔獣どもの、魔珠じゃ。そもそもの産出が共和国外なんでの、問題にもなるまい」
「問題には、ならんとしてもだ。賄賂であることには変わりないんじゃねえのか?」
それはそうだ。そもそも袋詰めして小分けにしておいたの自体、どこかで賄賂に使えないかと思ってのことだ。取っておく用の大きいのと、売りに出す用に小さいのをいくつか。大小取り揃えて皮袋に入れてある。ほとんどが王国南部で仕留めた魔獣のものだ。希少価値があって、足はつかない。贈答用に最適。
「まったく、硬いのう……考えてもみよ。この期に及んで、わらわたちが、おぬしらに何かを要求することなどあると思うか?」
そもそもアイヴァンは既に菓子を……ボソッと呟いたミルリルさんの言葉に清貧隊長は慌てて手を振る。
「わ、わかった! これは、贈り物だ。個人的な、友好の証だ。な⁉︎」
「うむ。おぬしらの頑張りは、ちゃんと見ておる。清廉であることにも報恩はあるという証明じゃ。さあ、ここは気分良く収めるが良い」
売れば最低でも、さっきの金鉱石くらいの値段にはなるだろ。衛兵たちは嬉しそうに皮袋を懐に収める。
「さあ、乾杯じゃ!」
「「「おおおぉ!」」」




