215:死に至るゴールド
西領最大の金鉱山、アイハウルまで数キロの山間部。衛兵隊副長のセムベックさんと地図を確認していた俺は、ここまで順調に進んでいることでいささか気が緩んでいたのかもしれない。
ミルリルさんはグリフォンの屋根に立って、周囲を双眼鏡で確認していた。移動中に吹雪は収まり、粉雪が舞う程度になっている。空はまだ薄暗いが、地平線近くには晴れ間が覗いている。
「帰る頃には、晴れているかもしれませんね」
「そう悠長なことを、いうとる場合ではなさそうじゃ」
天井ハッチから車内に降りてきたミルリルは憮然とした表情で息を吐く。
「どうした、ミル?」
「坑道に続く道沿いに、緑外套の死体が転がっておる。作業着に毛皮の上着をまとった連中もじゃ。あれは鉱夫ではないかの」
「攻め込むか?」
衛兵隊は臨戦態勢だが、ミルリルは首を振った。
「おぬしらの図体と装備では坑道内の荒事に向かん。外まで出てきたところを仕留めてもらうしかなさそうじゃ」
「西領の……兵はともかく民にも被害が出てるのに、ここで指くわえて待ってろってか」
「気持ちは、わかるがの。ここは、わらわたちに任せよ。悪いようにはせん」
「ああ……いや、皆殺しは“悪いよう”そのものなんじゃねえのか」
「失敬な。わらわたちは、いつでも全員を殺しておるわけではないし、それを望んでおるわけでもないのじゃ」
それでもまあ、この手のトラブルは結果として、皆殺しで終わってしまうのが俺たちの常だ。アイヴァンさんの懸念も、わからんではない。
どちらの味方に着くかと訊かれれば、考えるまでもないんだけどね。
「アイヴァンさん、ここから動かないでください。俺たちの武器だと、同士討ちの危険があります。助けが必要なときは、こちらから呼びに来ますから」
「しょうがねえ。あんまり無茶すんじゃねえぞ」
それは相手にいってくれ。俺の気持ちは通じたのだろう、アイヴァンさんは肩を竦めて降りて行く俺たちを見送った。
「ミル」
のじゃロリ先生は減音器付きのMAC10を肩から吊るして、携行袋の予備弾倉を確認する。M79とUZIは俺が預かったので、彼女の装備は他にM1911コピー自動拳銃と極地用リボルバーだけだ。だけ、つっても百発を優に超える装弾数なのだが。
「“うーじ”なしでは、なにやら落ち着かんのう」
「完全武装の重装歩兵中隊を殲滅できるような火力で何をいってるんだか」
「気持ちの問題じゃ」
俺はミルリルをお姫様抱っこすると、坑道に続く道の端に転移で飛ぶ。坂になった雪道のあちこちに死体が転がっている。西領の兵士が十五と民間人が三十ほどか。襲撃を隠す気もないのは明らかで、叛乱軍側が捨て鉢になっているのを感じる。
傾斜の先を確認すると、墨色の外套を羽織った皇国軍歩兵が十人ほど急拵えの陣を組み、こちらを警戒していた。
「さすがに金鉱山を占拠したとなると共和国が奪還に来る想定はしているようだけど……あいつら、いまさら皇国には戻れないだろうに何で北領主に加担してるんだ?」
「わらわにわかるわけもないが、おそらく金鉱石の分け前でも出すと持ち掛けられてるのではないかのう」
「ここで別れて落ち延びるとか?」
死角になる後背位を取ってミルリルを降ろすと、俺はスタームルガーMk2を抜いてペスペスと彼らの頭を撃ち抜く。減音器仕様の22口径ロングライフル弾とあっては、七名がほぼ音もなく崩れ落ちた。残りがこちらに気付く頃には弾倉交換を終え、俺は至近距離までゆっくりと歩み寄って各人を指差すように仕留める。
「上手いもんじゃの」
「さすがに一発で即死とはいかないけどね」
体内で花開くホローポイントとはいえ、有角兎ですら即死には至らない弱装弾だ。人間の、それも屈強な兵士が相手だと頭を確実に撃ち抜いたところで射入角や頭蓋骨の厚さ次第では身悶えて転げ回るのだ。慈悲と確実性を考慮すると、ひとりにつき最低でも二発は必要になる。
俺が使用済み弾倉への再装填と死体の収納をしている間、ミルリルは坑道入り口まで走って偵察を行ってくれた。準備を終えた俺が近付くと、手で制止して奥を指す。
「坑道の奥まで見張りはおらん。直近で三十尺ほど先じゃ」
それは……ええと、百メートルくらいか? 俺には狙えんから転移で……
「脅威排除じゃ」
MAC10が一発だけ発射され、ミルリルさんは俺を手招きする。やっぱ役者が違う感じ、するよね。
「暗視ゴーグルがあって正解じゃの」
ふたりでヘルメットの受像器を降ろし、暗い坑道の先を見据える。百メートルほど奥に倒れている死体が見えた。その間に脇道はない。
「行くぞ、なにやら争う声がしておる」
死体の位置まで転移で飛び、確認すると赤外套の北領兵士だった。収納して周囲を確認し、少し先に見えていた分岐路まで進む。補強の梁桁は前に入った坑道と大きく変わらないが、屈むほどの高さではなく、幅もある。おまけに、地面が簡易舗装のように固く搗き固められていた。要所には板状の石まで埋められている。
「ここ、土竜の巣より綺麗だな」
「あっちは安い魔石かクズ石炭の、しかも廃坑じゃ。比較にもならんわ。つぎ込むカネの差もあれば、重い金鉱石を積み出す都合もある。ほれ」
ミルリルが指すところを見ると、固めた土の上に蹄と轍の跡が残っていた。坑内まで馬車や馬橇が入る想定なのか。そりゃ整備もするわけだ。
「こっちじゃ」
先行するミルリルを追って、緩い傾斜を降りて吹き抜けに出る。直径は十メートルほどだが螺旋状の傾斜で巻きながら地下に向かうようになっていた。
要するに、まともに移動したら発見されるわけだ。
「……む?」
縁から覗き込んだミルリルが怪訝そうな声を上げると、手招きして下を指す。
彼女の隣に並んで見下ろすと、三十メートルほど降りた最下層では、ふたつの集団が剣を抜き掛けた格好で睨み合っていた。どちらも外套を着た兵士だが、緑に染まった暗視ゴーグルの視界では赤も墨色も識別できん。
いっぺん受像器を上げて見直す。篝火の光に浮かび上がった三十名くらいの集団が皇国軍、五十名ほどの集団が北領の兵だった。
「……ッろうが、この……」
「……かせ、きさッ……」
遠い上に反響して何をいってんのかまでは聞き取れんが、彼らの隣に巨大な馬を繋いだ馬橇が数台あるところからして、分け前で揉めてることくらいは阿呆でもわかる。荷台には石ころみたいなのが積まれている。何色をしてるのかハッキリしないが、おそらくあれが金鉱石なのだろう。
とりあえずの問題は、そちらではない。周囲に倒れたままピクリとも動かない、外套を着ていない者たちの方だ。
「……あやつら、鉱夫を皆殺しにしおった」
「なりふり構っていられないんだろ。もうチョイしたら、あいつらの間でも殺し合いが始まるぞ」
いってる側から皇国軍兵士が襲い掛かり、北領の兵士が斬り殺される。そこからは入り乱れての乱戦だ。
「……手間が省けたの」
呆れ顔で、ミルリルが呟く。俺たちの横にあった横穴から五名ほどの小集団が姿を現した。
「すまんが、少し頭を下げてくれんかの」
ミルリルがMAC10を振って、単発射撃で敵を撃ち倒す。赤外套の北領兵士だ。長弓を抱えていたところを見ると、高所から支援攻撃でも加えようとしたのかもしれない。完全に両軍が入り交ざった状況で、正確に倒せたのかどうかは甚だ疑問だが。
しばらくすると、生き残りは数えるほどになっていた。数名の兵士に守られた指揮官らしい人物が近くの御者台に上げられる。兵士の多くはそのまま足止めに残って、指揮官とふたりの護衛だけが馬橇で走り出す。巨大で力強い皇国馬とはいえ傾斜を登ってくる速度は遅く、積み荷の重さが感じられた。
後続の馬橇は、走り出そうとしたところで御者役の兵士が捕まり、その場で引き摺り下ろされ嬲り殺しにされた。
「逃げ延びたのは、あやつらだけかのう」
必死に馬を責め立てて、傾斜路を登ってくる。近付いてくると、御者台に座った指揮官らしい人物が女性だとわかる。もしかして、守銭奴の女狐領主とやらか。
「これはもう、隠れんでもいいのではないかのう」
「そうね」
俺は差し出されたMAC10と予備弾倉を受け取り、愛用のUZIを返す。自分もスタームルガーを収納してAKMに持ち替えた。
「向かってくる馬橇の方は頼んだ」
「あれは、領主であろう? いっぺん捕らえた方がいいかのう」
「そうだな。可能なら無傷で、抵抗するなら殺してもいい」
俺は最下層まで転移で飛ぶと、馬橇に取り縋っていた皇国軍の連中を射殺する。ひとりに一発、7.62ミリ弾を叩き込んでゆくとすぐに動く者はいなくなった。
「おーい! 誰か、隠れている者はいないか! 共和国南領から、救出に来たぞ!」
返事なし。周囲には軍民合わせて百を超える死体が転がっているが、誰ひとりとして動く者はいない。
まあ、わかってはいたが、念のための確認だ。
馬橇は三台。荷台にはそれぞれ金鉱石の山が積まれている。行き掛けの駄賃ということで、収納する。不満そうな馬たちに同情して、馬車と装具を収納で外してやった。自由になった彼らは、鼻を鳴らして何処へやら走り去った。
いつもの習い性で、すべての死体を装備ごと収納する。ついでに横穴を覗き込むが、坑道が続くだけだ。全てを確認して回るほどの時間も意欲もない。どこかに隠れているような奴がいたとしても、そこまで面倒は見切れない。強く生きて行って欲しい。
「さて、と」
さっきまで上の方で、何発か銃声が鳴っていた。怒鳴り声もしていた気がする。まさかミルリルさんが三人相手に梃子摺るってこともなさそうだけどな。
「ミル?」
「……ああ、問題ない。こちらも、脅威排除じゃ!」
不満そうな声。問題ないって感じじゃないな。どうやら、あちらも全員を殺すことになったようだ。
アイヴァンさん、あなたの読みは正しかったよ。




