214:ファーラウェイ・フロム
サルズの衛兵隊二十三名を乗せて、俺はホバークラフトを始動させる。助手席にミルリル、その後ろにアイヴァンさんが立つ。
「病原、か。あの女狐を潰せば、たしかに残りは瓦解する」
「いま北領主は、西の領府にいるんですか?」
「……いや。道中に兵を撒いてはいるが、指揮系統はバラバラで補給もなかった。ありゃ足止めだな。狙いは、おそらく西部山脈の金鉱山だろう」
「え」
「皇国馬って、知ってるか。えらく馬体がデカくて、力が強い」
「ええ、皇都で見ました」
「北領主の私兵が、皇国軍の輜重部隊からその皇国馬を奪ってったそうだ。馬橇を連ねて西に移動したところまでは確認されている」
ウソだろ。この期に及んで逃げるでも戦うでもなく金を漁るの? 何を考えているんだ、そいつ。
「アイヴァンさん、俺はそういう……撤退戦というか敗走戦には詳しくないんですけど、兵をまとめて防衛線を敷いて、生き残りを図るところなんじゃないですかね」
「普通はそうだろうが、北領主の“女狐モルズ”は有名な守銭奴だ。西の領府ケイオールは商都だが、規模も発展度合いも集まる富もラファンの半分にも満たない。襲ったところで利が薄い。それよりも、金鉱山を襲って荷車いっぱいの金塊を持ち出せば、もう一戦くらいはできる可能性はある」
「あるわけなかろう……」
ミルリルが呆れ顔で、いいかけて止まる。
「持ち出す? ……まさか、そやつ皇国に逃げ込むつもりか?」
「北領の兵がいうには、皇国軍と手を組みながら奴らの上級指揮官をこっそり殺してたそうだ。共和国の内乱に加担した連中は、皇国軍本隊からすれば面汚しの裏切り者だ。その首を持っていけば皇帝にお目通りくらいは叶うんじゃねえかと……まあ、本人は思ってるのかもしれん」
「阿呆の考えることはわからんのう」
「どうせ共和国では生きられねえんだ。女狐が逃げる先は皇国しかねえよ」
副官セムベックさんが操縦席の後ろで地図を広げる。ダンジョン騒動のときに見せてもらったやつだ。前回は南領と西領の領境くらいまでしか見てなかったけど、そこから北に目をやると西領の概要が描かれていた。
「いまは、この辺りだ」
西領の中央やや南東寄りにあるのが領府ケイオールで、俺たちの現在地はそこから南に百二十哩ほどのところ。ここから北西に七十哩くらいで山裾に突き当たる。山から流れる河を五十哩ほど遡上すると金鉱山があるわけだ。
「……それは、いいんだけどな」
「どうしたんじゃ、ターキフ」
「外敵による南領への侵攻を止めるんなら、喜んで協力する。その首魁を討つのも、先手必勝の策としては納得する。でもこれ、ずいぶん話が違ってきてないか?」
南領の衛兵と一緒になって、西領の金鉱山を襲っている、北領の連中と闘う?
まるで下手くそな英文翻訳だ。その場合、俺の立場は何になるんだ。どういう立ち位置で、どういう関与をするべきなんだ? そもそも、これはケースマイアンの魔王としてであれ共和国の冒険者としてであれ、俺たちが関与するべきことなのか?
「アイヴァンさん、そもそも西領主は何をしてるんですか。基本的には、彼らの問題でしょう?」
「何って、何も」
「は?」
「皇国と首都に挟まれた西領は、強い者に媚び長いものに巻かれることで生き延びてきた。領主も代々、調整能力に長けた……というか要するに日和見主義者ばかりが就任してきたんだ」
「度し難いのう……領主ともなれば、一応仮にも為政者であろうに」
俺は静かに頭を抱える。また、こんなんだよ。どうせ勝っても負けても……負ける気は微塵もないけど、おかしな肩書きやら不思議な二つ名やらがくっついてくるんだろ。
「山脈と魔物の森に囲まれてるせいか、衛兵の士気も練度も低い。領土の保全もおざなりだ。北部の港を皇国に奪われたときには、さすがに叩かれたがな」
その結果がサルズの敗残兵大集合か。そりゃエクラさんも怒るしモフも憤慨するわけだ。
「ターキフ」
ミルリルが俺の耳元でそっと囁く。
「ここで迷う気も、わからんではないがの。さっさと終わらさんと、負傷者たちの治療が遅れるのじゃ」
そうか。みんな弱音を吐いたりはしないけど、足を折ったり腕を斬られたりしたままの人たちがいるんだ。それじゃ急いで……
「わふ」
振り返ると、モフが後部座席でフンフンと負傷者の患部を舐めている。いや、お前そこで何しとる。
「心配要らん、というようなことをいうておるようじゃ、が……」
「ありがとう、楽になった」
衛兵の負傷者がたちが笑顔でモフを撫でている。骨折したひとは足から添え木が外され、斬られたひとも患部は綺麗になっていた。
「ミルリル、あれは?」
「わからんが……どうも、治癒魔法のようじゃの」
……マジか。妖獣、恐るべし。つうか、モフって俺よりよほどチート能力者じゃね?
「わふん」
「いいからさっさと行け、というてるようじゃ」
「うん、いまのはなんとなくわかった」
俺は気を取り直して、ホバークラフトを発進させる。病原を取り除くと、一度は決めたのだ。多少の計画変更は出たけど、その目的は果たす。グダグダはいつものことだ。
「それで良い」
「ありがとう、ミル。少し気が楽になった」




