211:安穏とアンノウン
翌日は夜明け前から天候が荒れた。共和国に来てから本格的な吹雪を体験していなかったので、俺は興味津々で窓の外を見る。まだ午前中だというのに灯りが必要なくらいに暗く、吹き荒れる突風に木造の建物がビリビリと震える。美味しい朝食は取ったものの、出掛けられず手持ち無沙汰である。今日は冒険者ギルドで買い取り素材の清算をしてもらうはずだったんだけどな。とはいえ、こんな天候じゃ訪れないことくらいハルさんにも理解してもらえるだろう。そちらよりも問題は、領境に向かった衛兵隊である。
「アイヴァンさんたち、大丈夫かな」
「地元の人間で、仮にも軍事組織の精鋭じゃ。荒天の備えくらいはしておるであろう」
「それはそうかもしれんけどさ」
「なに、戦場が荒れるのは悪いことばかりではないぞ。敵の数や装備や経験が自軍を上回っておるときなど、むしろドーンと引っくり返す好機じゃ」
そうなー。天候が大荒れのときは競馬やモータースポーツでも番狂わせが出ることあるしな。
「そうか」
まともにぶつかれば、番狂わせでもないと勝てないのか。ダンジョン攻略で頭がいっぱいだったから、軽く考えてた。北領主の私兵とやらがどんだけの勢力なんだか知らんけど、たしかマッキン領主の話では東領や北領が陸兵の大半を所有していたような話だった。中央領キャスマイアでの戦闘で大きく数を減らしたが、相手は更迭されたとはいえ元領主。一地方都市でしかないサルズの衛兵に兵力で劣るとは考えにくい。ましてアイヴァンさんたちが連れてったのはサルズ衛兵隊の約半分、二十数名でしかないのだ。
「……ミル」
「助けに行くのか? 構わんぞ、昨日はあっさり終わりすぎて拍子抜けしておったしのう」
「ターキフさん、ミルちゃん」
階下から声を掛けてきたのは“狼の尻尾亭”の女将、サンドラさん。俺たちは手早く防寒衣を身に着けて階段を降りる。
「モフちゃんが何か訴えてるんだけど」
「室内に入れろとか?」
「そう思ってドア開けてみたんだけど、違うみたいなのよ」
白雪狼てくらいだから吹雪くらいで泣き言いったりはせんのかもな。妖獣だし。
「ちょっと調べてきます。もし必要なら、そのまま戦闘に参加するかもしれません。俺たちが出たら、宿は施錠してください」
「……大丈夫かい?」
「心配は無用じゃ。共和国に、わらわたちを倒せるものなどおらん」
ドアを開けて吹雪のなかに出る。モフが城門を向いて警戒の姿勢を見せている。雪で視界が塞がれ、何が起きているのかはわからない。
「行くよ」
「いつでも良いぞ」
俺はミルリルを抱えて、モフごと転移で詰所の前まで飛ぶ。閉じられた城門の上で、エクラさんが衛兵と冒険者を従えて防衛陣を敷いていた。戦闘には入っていないが、臨戦態勢で身構えている。
短距離転移で城門の上に飛ぶ。城壁の外、開けた雪原の上にちらほらと、人影が見えた。数は次第に増えて、こちらに向かってくる。
「敵襲ですか」
「おお、魔王陛下。どうだろうな、少し様子がおかしい」
エクラさんは杖もなく腕を組んだまま、憮然として人影を見据えている。非常事態なせいか、俺たちを警戒する慇懃無礼な態度は鳴りを潜めている。
「アイヴァンさんたちは、領境を抜かれたということですか」
負傷もしくは死亡という最悪の想定をして、俺は頭のなかで衛兵討伐部隊の救出計画を立てる。
「アイヴァンの小坊主は、ああ見えて腕は立つ。あの程度の敵に遅れは取るまいよ。抜かれたというよりも、逃げられたんだろうね。あれは北領主の兵じゃない」
たしか北領は、赤地の外套に黄色のセイレーン印だったか。私兵もそれを着ているのかは知らんけど、どんどん増えてくる兵士は、揃って濃い暗緑色の外套だ。
「緑地の外套に、白の……なんじゃ、あれは」
こちらに向いた兵たちの背中は見えない。はためいた外套に妙な印があるのはわかるが、俺の視力で判別はできない。
「……白雪狼さ。不名誉な記号にされたアンタにゃ腹に据えかねるもんもあるだろうけどね」
「……わふ」
不満そうに唸るモフを宥めるように撫でて、エクラさんは俺に目を向けた。不名誉な記号、か。賢く勇敢で誇り高い白雪狼を旗印にした、あいつらは……
「あれは、西領の敗残兵だよ」




