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【完結&書籍化】スキル『市場』で異世界から繋がったのは地球のブラックマーケットでした  作者: 石和¥
5:魔王の冬休み

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210/422

210:ミート・ザ・ミート

 裏手にある解体倉庫のなかで、俺たちは死体の山に囲まれていた。唯一の救いは、それが人間でなかったことくらいか。いや、収納のなかには人間の死体もあるんだけどね。

「これで全部です」

「……了解じゃ、さっさと済ますかのう」

 解体所のボスはドワーフのターメイさん。革鎧のような怪我防止用の解体装束(正式名称不明)に防水の前掛けを着け、サイズの違う肉切り包丁をズラッと腰に下げた姿は、デフォルメされたサムライのようだ。

「ここは寒いじゃろ。嬢ちゃんは向こうで待っておっても良いぞ」

「大丈夫じゃ。わらわは、そんなにヤワではないのでのう」

 フンスと薄い胸を張るミルリルさんを見て、同族の逞しさを見たターメイさんは満足げに頷く。

 正直、俺はちょっと寒い。

 解体作業用のスペースには暖房もあるそうだけど、ストックを保存しておく倉庫部分は腐敗防止のため魔道具で温度調整がされ、年間通して凍結しない程度の低温に保たれているのだとか。そのせいか臭気もあまりない。

「……っと、ゴブリンが二十七に、有角兎(ホーンラビット)が、百三十四。洞窟群狼(ケイブウルフ)が、七十六。大岩熊(ロックベア)が五。巨鬼(オグル)が三……と。しっかし、えらい量じゃな。狩るのも凄いが、こんだけの数を持ち運ぶ能力が信じられん」

「そこは、企業秘密ということで」

「心配せんでも、詮索などせんわ。冒険者っちゅうのは、多かれ少なかれ秘密を持ってるもんじゃからの。まあ、それはいいんじゃが……こいつは何なんじゃ?」

 ターメイさんが指したのは、双頭の洞窟群狼(ケイブウルフ)ぽい大型種。

「さあ。冒険者たちが襲われてたんで、倒しはしましたが何なのかは知りません」

 ベテラン解体職人さんも名前を知らない見たこともない、となると突然変異かなんかなのかも。ターメイさんもあれこれ推測してはいるが、いまのところ正体は不明。それが二体。

「まあ、ええか。討伐難易度と商品価値で考えるだけじゃ」

 買い取り価格については、同系種をベースに稀少性で色を付け、さらに(アイヴァンさんの指示により)特別手当を加算してくれた。

「ご苦労さん。こんだけの素材を仕入れられたとなれば、サルズの市場はしばらく肉には困らんの。大手柄じゃ、また頼むぞ」

「はい、またお世話になります」

 俺たちは解体倉庫で素材買い取りの伝票を受け取って、またギルド内の事務カウンターに戻る。

「……え? 二百五十近い数を、おふたりで?」

「そうじゃ。兎は少しばかり、お裾分けしたがのう」

「ということは、二百五十以上あったわけですね。すごい……」

 ほとんどは有角兎(ホーンラビット)だけどね。あとチワワ狼。

「すみません。これだけの数になると、清算には少しお時間をいただきますが」

 それを聞いて、俺とミルリルは目を見合わせて頷く。

「だったら、明日にしてくれんか。そう急がんのでな。もう疲れたし、宿に帰るのじゃ」

「わかりました。では、支払い手続きは明日までに行っておきます」

「よろしく頼むのじゃ」

 ミルリルさんは外で待っていてくれたモフに乗って、ぷらぷらと“狼の尻尾亭”に戻る。思ったよりすんなり済んだようだが、あの数がダンジョンから溢れ出してきたら、サルズの町も危なかったんだろうな。三階層より下には、まだ多くの獣や魔獣がいる。二百五十近い数を駆除することで、ダンジョン内に充満する魔力量が下がって危険性が低下することになった、はず。これで無理ならまた討伐に出向くことになるだろうけど、それも明日以降だ。

 今日は、ゆっくりしよう。


◇ ◇


「ただいま戻りましたー」

「あらターキフさんミルちゃん、お帰りなさい。ずいぶん早かったんだねえ?」

 “狼の尻尾亭”に戻った俺は、女将さんの反応に首を傾げる。夕暮れには少し早いくらいの時間。こっちの人たちは暗くなったら城壁の外には出ないので、帰宅時間としては普通だと思うけどな。

「早くはないと思いますが」

「衛兵隊から、もしかしたら遅くなるかもしれないって伝言があったもんだからね。迷子の冒険者を探すんでダンジョンに入ってたんだろ?」

 それはまあ、その通りだけど。衛兵隊の方では、こんなにあっさり済むとは思っていなかったのか。なんか表現に危機感がないのは、女将を心配させないようにしたのかもしれない。

「はい。魔獣が溢れてるとか聞いてたんですが、行ってみたらそんなでもなかったので。冒険者も見つかって、無事に戻れましたよ」

「良かったよ。ターキフさんたちは強いから、地龍でも出てこない限り危ないことはないとか、聞いてたんだけどね。やっぱり元気に帰ってきてくれてホッとしたよ」

 うん。危険性は少なめに伝えておいてくれて正解だったかもな。俺は収納から、ギルドに卸さなかった有角兎(ホーンラビット)を取り出す。二階層にいた、丸々太って大きい方のやつだ。それを二体分。

「これ、お土産です」

「あら、良い兎だねえ。それも、こんなにたくさん」

「何か一品、お願いできますか。残りは、お好きに使ってください」

「ありがとうね。任せといておくれ。まだ仕込みの途中だから、今日の夕食に間に合うよ」

 女将はふんふんと鼻歌混じりで厨房へと運んでゆく。女将本人とさして変わらんサイズの有角兎(ホーンラビット)を両脇に一体ずつ軽々と抱えるあたり、なかなかの力持ちだ。

「関係ないけど、こっちじゃ兎を一羽二羽とか数えんのかな」

「数えんのう。一体二体、もしくは一頭二頭じゃ。何で鳥扱いなんじゃ?」

「俺のいた国では、何百年か前は獣肉食が禁忌でね。鳥の仲間ということにして(・・・・・・・・)食う口実にしたんだ」

「面白いが、手の込んだ冗談みたいな話じゃのう」

 まあ俺も、そう思いますけどね。

 部屋で荷物を降ろして一休みしていると、女将が食事の時間を告げる。階下に降りると、食堂には客が十人ほど座っていた。テーブルが大小五つにカウンター、というこじんまりした食堂だから、なかなか繁盛している。

「客が増えておるのう。魔王効果じゃ」

「喜んで良いのかわからん」

 奥から巨大なトレイが運ばれてくると、客がザワザワとどよめき始めた。それがカウンターに置かれると全貌が明らかになる。

「今日は、ターキフさんが獲ってきてくれた有角兎(ホーンラビット)だよ。みんな、たっぷり食べておくれ」

 どう調理してくるかと思えば、丸焼きかよ。スゲえな、こんなデカい塊肉をえらい短時間で仕上げられたもんだ。

 ……と思ったら、どうやら部位ごとに別の調理をした後で再びひとつに盛り付けたようだ。揚げ焼き炒めに蒸しなど加熱も違う上に衣や味付けの差異が見えて、さりげなく手が込んでる。

「危ないところじゃ」

「いや、ミルリルさん、何がですのん」

「女将に“夕飯は軽くで良い”というてしまうところだったのじゃ」

「……お腹が減ってないなら、それで良いと思うけど?」

「いや、キチンとした料理として有角兎(ホーンラビット)を食うたことがない。あの女将の腕で仕上げたとなれば、この機会を逃すわけにはいかんであろう?」

 そんなもんですか。たしかに、サンドウィッチの具材とか串焼きでは食べた気はするけど、印象は薄い。龍種を全制覇目前というグルマンが拘泥わるほどの肉とも思えないんだけどな。これからきっと、何度も狩ることになるんだろうしさ。

 お客はウキウキした表情でカウンターの前に並んでいる。漏れ聞こえる話からすると、有角兎(ホーンラビット)はいまが一番、脂と魔力が乗って美味いのだそうな。脂はわかるけど、魔力も旬になると肉に乗るもんなのか。……魔獣だし、そういうもんなんだろうな、うん。

 俺たちも女将からお勧めの部位をあれこれドッサリと切り分けてもらう。ここが腿でここがアバラ肉でこっちが腰肉で、と説明されたが、どれも実に美味そうだ。

 付け合わせには、焼いて垂れ落ちる兎の脂を染み込ませながら焼いたという芋。取り分けてもらっている間に、各テーブルにはお手伝いの女性たちが根菜入りスープとパンを配膳してくれている。

 席に着いて食べ始めたところで、周囲のお客さんたちが感嘆の声を上げる。

「……おぉおおッ!」

「これは美味い」

「皮がパリパリして、噛むと肉汁が溢れ出すぞ」

「肉の魔力が濃い。これは良い兎だ」

 すごく美味しい、けど魔力を味で感じることはできん。もしかして魔導師の適性があれば可能なのだろうか。

「ううむ、これは美味いのう。ケースマイアンであれば、こんなやつらが大量に沸くとなったらお祭り騒ぎであろうに」

「それはそうだけど、普通の人間には十分に脅威でしょうよ。俺だって銃がなきゃ逃げるし」

「ふむ、臭みも癖もなく上品な味わいじゃのう。龍種ほどの主張はないが、これはこれで素晴らしい肉じゃ」

 うん。たしかに美味い。王国のものより美味い、というか季節的なものか? もっちりして、ジューシー。あえて似てるものを探すと、鶏肉に近い感じか。もっと脂が乗っていて、肉汁が濃く、繊維が太くて味わいが深い。火加減も抜群で、部位による味と歯応えと香りの違いが楽しい。

 兎肉は兎肉の味なんだろうな。前いた世界で普通のウサギを食ったことないから、比較はできんけど。

「これは……腰肉か。ここが最も魔力の乗りが強いのう。身体の奥にまで沁み渡るようじゃ」

「うん。魔力の話はわからんけど、どれも美味いな」

 そういや俺が仕留めた獣も魔獣も、血抜きやら下処理を何もしてない。時間もなかったし知識としても知らないから、やりようもないんだが。

「さあ、ターキフさん。どんどん食べておくれ」

「ありがとうございます。ここまで美味しい有角兎(ホーンラビット)料理は初めて食べました」

「古い肉なら煮込みや燻製にしても良いんだろうけど、絞めてすぐみたいな新鮮さだったから素材の味を生かすようにしたんだよ」

 絞めてすぐ、というか絞めてないというか。女将に渡してからでも、下処理が間に合ったのかな。

「こっちも試しておくれ。まだ少し若い(・・)んで、明日以降にちゃんと振る舞おうと思ってるんだけどね」

 ミルクパンみたいな小鍋に入ったビーフシチュー的な感じのものが皿の横に盛られる。

「これは……レバーですか?」

「ターキフさんのとこじゃ、“ればぁ”ていうのかい? 肝臓に腎臓、新鮮じゃないと食えない内臓の煮込みだよ。これが物凄く精がつくんだ」

「はあ」

 何を期待してるのか知りませんが、いただきましょう。ひと匙含むと、とろりとした感触。かなり香草が入っているのか、複雑な香りと深く濃い味わいが口いっぱいに広がる。

「うわ……これはすごい」

「美味いだろ? これは強い酒に合うんだよ。いまウチじゃエールと葡萄酒しか扱ってないんだけどね」

「ターキフは、あまり酒を飲まんのじゃな?」

「そんなに好きじゃないんでね。飲むと寝ちゃうし」

 他のお客さんは、エールを飲みながら味わっている。俺と目が合うと、感謝の笑顔で酒杯を掲げてくれた。楽しんでくれて何よりだ。

「美味かったのじゃ……もう入らん」

「うん。意外にも、芋が全てを受け止めて最高の味を出してたな。これ、ケースマイアンでも試したいな」

 昼飯が遅かった上に大量だったせいで食欲はそれほどなかったんだけれども、かなりボリュームのある料理をペロリと食べてしまった。正直、ちょっと苦しい。

「ああ、ごちそうさま女将さん。有角兎(ホーンラビット)、堪能しました」

 礼をいうと、女将は嬉しそうに笑った。俺は部屋に戻る前に、カウンターにボトルを五本ほど並べる。

「ひとつお願いがあるんですが、これを試してみてもらえませんか」

「これは、酒かい?」

「はい、春からウチで生産を考えている酒です。南領に流通させる前段階として、サルズを窓口にしようかと思って。これは、別の場所で作った試作品ですが、お客さんに試してもらって評判を知りたいんです。良かったら、一本は女将さんが飲んでみてください」

「それはありがたいし、お安い御用だけど、出す分のお代はどうするんだい?」

「今夜は、無料で……いや、ダメか」

「そうじゃの。それだと、ここの酒が売れなくなるのじゃ」

 リサーチのためとはいえ、それは商人のやり方ではない。無料で出して顧客を募る手法もあるが、それは自分の店でやるものだ。

「では、女将さんにお任せします。どのくらいの値段ならまた飲もうと思うか、知りたいだけなので」

「わかったよ。任せといておくれ」

「それじゃ」

 今日は色々あったな。幸せにお腹がいっぱいで、急速に眠くなってきた。俺たちは、寄り添い支え合いながら、二階の部屋へと向かった。

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