208:ダンジョンごはん
「おい、無事か。怪我は?」
双頭狼たちの死体を収納して冒険者に声を掛けると、固まっていた三人がノロノロと動き出す。
「……あ、ああ。大丈夫だ。あいつらも……」
倒れている四人を指して、リーダー格らしい大剣装備の大男がいう。
「魔力切れで、動けないだけだ」
「……ま、まだ、……動けるわい」
隣で俯せに突っ伏していた若い男性が、顔を上げて周囲を見渡す。モジャモジャ頭で小柄な体躯、お爺ちゃんみたいな(あるいは、ミルリルさんみたいな)喋り方といい、おそらくドワーフだろう。
「アルマン、無理すんな。寝てろ」
「……いや、……リーダーの、責任……が」
アルマンとかいうドワーフは必死に周囲を警戒するが、意識が朦朧としているらしく目が飛んでいる。
「ミル、近くに魔獣は」
「おらんのう。ずっと奥に気配はするが、おそらく下の階層じゃ」
「ありがとう、おかげで助かった」
大男が握手を求めて手を伸ばしてくる。直前で膝がカクンと砕けてヘタリ込んだ。いままでは剣に縋って、ようやく立っていたのだろう。握手しながら、恥ずかしそうに笑う。
「すまん、俺は三級パーティ“酒神”のケイン。そこのドワーフが四級パーティ“金床”のアルマンだ」
「俺はターキフ、こっちはミルだ。アイヴァンの依頼で救助に来た」
ドワーフのアルマンが、身を起こして俺を見る。
「なあ、ここから脱出した奴らは、どうなった。四級冒険者の二人で、助けを呼びにサルズへ向かったんじゃ」
「それは、似合わんヒゲの若いのかのう?」
「それだ」
よく覚えてますねミルリルさん。俺はろくに顔を見てもいない。
「そやつらなら無事じゃ。ギルドの前でハナを垂らしながら、必死に救援を訴えておったわ。おぬしらの状況も救援要請も、そやつらの情報によるもんじゃろ。わらわたちは、アイヴァンからの伝聞でしか知らんがの」
「……ああ、そうか。あいつら、ちゃんと逃げられたか」
「よう頑張ったのう。動けるのは、三人だけか?」
「いまはな。少し休ませてもらえれば、魔力切れの奴らも歩くくらいはできる。戦闘に耐えられるようになるまでには、半日ほど掛かりそうだけどな」
この世界で魔力切れの対処法って、休む以外にないのかね。そういやポーションとか、こっち来てから聞いた覚えないな。
「回復剤なんて、持ってないのか」
「ああ。回復ポーションは使い切ったし、魔力回復ポーションは高価過ぎて三級冒険者には買えない」
なるほど、あるにはあるのね。
当然ながら、俺はそんなもん持ってない。見たことないし、奪った物資のなかにもなかったし、サイモンから買えるわけもないしな。
とりあえず全員無事なら、急ぐことはないか。ミルリルさんが俺を見て頷く。
「ふむ。では……飯にしようかのう?」
「「「は⁉︎」」」
冒険者たちは怪訝そうに俺たちを見る。そらまあ、魔獣の巣窟で、いきなりいわれたら驚くかもな。
「安心せい、魔獣は来るときにあらかた倒しておる。お仲間がそんなんでは動けんし、腹が減っては戦えまい。魔力を含んだ食い物だと、回復も早いはずじゃ」
「……もしかして、殺した魔獣を、焼くのか? ここで?」
「それも悪くないけど、調理済みの物がある」
なんか料理番組みたいなセリフとともに、俺は収納ストックの大鍋入りシチューを出す。段ボール箱で簡易テーブルを作って、大きな深皿と食器を並べた。次々に物資が現れる光景に驚いているようだが、冒険者としてのマナーなのか能力に対して突っ込んでは来ない。
「ああ、ターキフ。おぬしの的じゃ」
迷い出てきた有角兎の群れをスタームルガー(Mk2の方)で仕留めると、食卓の準備をしながら収納する。
「……え? そんな、片手間みたいにサクサクと……」
有角兎の群れは、全部で七体。二階層では初めて見た。深い方が外的魔力が濃いのか、一階層のものより体格が少し大きい。既に収納に兎は何十体いるのか知らんが、よく見ればそこそこ美味そうな生き物だ。解体する手間を考えると、いま食う気にはならないけどな。
「兎の肉は、食べられるんだろ? いっぱいあるから、帰ったらお土産に分けよう」
「いや、こっちは死にかけたのに、遊びに来たみたいな感じでいわれても……」
「なに、おぬしらが無事で居ればこその軽口じゃ。ひとりでも重傷者やら死人が出ておったら、こんな悠長なことはしておられんかったからのう?」
「……それは……そう……なのか?」
「知らん」
パーティのリーダーふたりは共和国とケースマイアンのカルチャーギャップに直面しているようだが、腹ごしらえくらいしとかないと無事に帰れんだろう。俺も小腹が減ったしな。
食卓の準備が済んで、俺は深皿を渡して各自での取り分けを勧める。収納に入っていた大鍋は熱々だし、大皿に盛った平焼きパンは、まだほんのり湯気を立てている。くるる、と近くで小さな唸り声のような音がした。
「さて、食おうかの。そこの女子らも、良かったらどうじゃ?」
「……はあ、いただき、ます」
死んだように転がっていたパーティメンバーのなかで、魔導師と思われるローブをまとった杖持ちと、短弓持ちの女性ふたりがモソモソと起き上がった。
「……ぅ、う」
その横にいた盾持ちの大柄な男性は、苦しげに呻くだけで起き上がれないようだ。軽く調べてみるが、外傷はない。
「おぬしは、飯は食えそうかの?」
「……悪い、俺は……無理だ。水があったら、……もらえないか」
ミネラルウォーターの大判ペットボトルを取り出し、蓋を開けて渡す。
「た、助かる」
息も絶え絶えだった彼は、震える手で受け取ると1.5リッターの水をあっという間に飲み干した。プハーっと幸せそうに息を吐いた後で、ハッと狼狽え始める。
「おい、どうした?」
「あ、ああ……すまん、貴重な手持ちの水を」
「そんなことか。構わないよ、まだ沢山ある。良かったら、みんなもどうぞ」
ダースでシュリンクパックされた500ミリリットルのペットボトルを出すと、全員が歓声を上げて蓋をこじ開け、貪り飲む。
「そんなに喉乾いてたのか。すまん、気付かなかった」
「ターキフにはわからんかもしれんのう。普通は、戦闘となれば口のなかがカラカラになるもんなんじゃ」
いや、俺が普通じゃない感じでいいますけどね。ミルリルさんもでしょ。ほら、一本差し出してみたけど、首を振るし。
「いや、こちらのミスだ。日帰りのつもりで、水の手持ちがなかったんだよ」
リーダーらしい大剣持ちのケインが項垂れる。
「その反省は、次に生かせばよいのじゃ。ほれ、冷める前に食わんか?」
「「「いただきまぁーす!」」」
並んで食べ始めた冒険者たちは、すぐにガフガフとがっつき出す。美味さに感動したらしく何かいいかけるが、食べる方は止まらず互いにムームーと唸り声を上げるだけだ。渇きが癒えて復活した盾持ちの男性も、シチューをよそってやると頭を下げて食べ始めた。
「んむ、む!」
次々にお代わりをしては涙目で掻き込み、あるいは自分にも残しておけという意思表示にフスンフスンと鼻を鳴らす。お前らは仔犬か。
「落ち着け、まだ沢山ある。足りなければ、ほら、焼いた肉を挟んだパンあるぞ」
「こ、こんな美味いもん、初めて食った!」
「心に沁みる味……」
「甘酸っぱくて濃い、このソース、美味すぎ!」
「魔力が」
魔導師の女性が、目を見開いて固まる。
「こんなに、回復、して……いや、違う。これ……魔力量自体が……⁉︎」
「ほう、早速、効いたようじゃな」
ミルリルが笑顔で首を傾げる。さすが魔導師、魔力を含んだ食べ物での摂取結果を自覚できるのか。俺なんかだと少しファーッと身体が温かくなる気がする程度なんだが。
「ちょ、なん……ですか、この……肉?」
「地龍じゃ」
「「「ちりゅッ⁉︎」」」
冒険者たちの手が止まる。ああ……うん、そうなるよね。実物を見たことがあるなら、なおさらだ。
「良く味わって、血肉とするが良いぞ。わらわたちでも、なかなか食えん珍味じゃ」
「……珍味、っていうか……」
「そのパンに挟んだのはワイバーンな」
「「「……わ?」」」
シチューに夢中だった何人かも、それを聞くとワイバーンのサンドウィッチに手を伸ばす。未知の食材だとわかって、みんな宙を見ながらモムモムと改めて味わい始めるのがちょっと面白い。
リーダーのケインが、そこでハッと何かに気付く。
「いや待て、こんなもん出されても俺たちには払えんぞ。……いや、そもそもカネで買える代物なのかも知らんが」
「もう食っちまったもんはしょうがねえだろ。カラダで払うさ。そんくらいの価値は、十分にある」
腹を括った様子でガツガツ食うアルマンを見て、ドワーフ娘が笑う。
「心配せんでも、カネなど取らん。体も要らんぞ。おぬしらが立派な行いをした、これは褒美じゃ」
「褒美?」
「うむ、魔王陛下からのな!」
ジャーン、って感じで手をヒラヒラさせて俺を指すミルリルさん。やめてください、こちとら見た目は量産型のオッサンなんですから。
「「「まッ」」」
ほら。冒険者たちは口を開けて固まったまま、石像のようになってしまった。
◇ ◇
なんだかんだで、二十人前はありそうだった大鍋いっぱいのシチューはほとんど空になった。男性陣はまだ食い足りなさそうだったので鍋の底に残ったものにちょびっと水を差し、“狼の尻尾亭”で炊いてもらっておいた麦飯を足して、オジヤを作る。火を起こすのは面倒なので、ラファン行きの前にサイモンから調達して使ってなかったホワイトガソリンの行軍用ストーブを使った。もう具は残っていなかったので、追加としてワイバーンの肉団子を浮かべ、以前ミーニャが摘んでくれた滋養強壮効果のある香草を散らす。
「あああ……これも美味ぇえ……!」
「すごい……身体が、歓喜の叫びを上げている気がする」
「この丸いの、すごい美味しい」
「く、悔しい、もう……食べられない……」
「ああ、甘い物もあるけど」
「「「食べます!」」」
やっぱ女性陣、そこは別腹なのね。
焼き菓子とチョコを大皿に盛り、香草茶をカップで配る。ケースマイアンでエルフが摘んだハーブ。たしか疲労回復と安息効果があるとか聞いた。
「……甘い……すごーく甘い……」
共和国では甘味が貴重なようで、女性陣のみならず男性陣まで幸せそうに菓子を味わっていた。
「はふぅ、しあわせ……」
「同感、だけど食い過ぎた。苦しい……」
食事を終える頃には、みんな魔力も体力も回復したようだが今度はお腹がいっぱいで動けず。いまから急いで脱出する必要もないかと、しばし食後の休憩を取ることになった。
彼らは三級パーティ四名と四級パーティ三名の、計七名。冒険者の流出やら廃業やらが進んだ現在のサルズでは、腕利きといってもいいのだろう。見た感じだいたい二十代だけど、みんな鍛えられていて熱意のある目をしている。オッサンからすると、微笑ましい。
俺の目、もう濁ってるしな。
「あの……魔王、陛下? 助けていただいたのはありがたいのですが、こんなど田舎で何をされていたんですか」
魔導師の女性が、おずおずと話し掛けてくる。
「ああ、ターキフと呼んでくれるかな。いま魔王業は、お休み中なんで」
「はあ……ていうか、魔王って、休んだりできるもんなんですか?」
「うむ。頼りになる仲間や部下がおるからのう。冬の休暇をもらったので、いまは共和国で商人を兼ねた冒険者業をしているのじゃ」
「……商人? 休暇で、冒険者……魔王なのに?」
話を聞いた魔導師の女性はますます首を傾げ、ふと気付いて隣にいたミルリルを見る。
「それで、あなたは、どういった……? 見たところ、ドワーフ、ですよね?」
「妻じゃ」
「「「え」」」
「わらわは魔王妃にしてドワーフ、とはいえターキフは魔王なのに人間じゃ。魔王領ケースマイアンでは、あまり種族は気にせんでのう」
「……は、はあ」
冒険者たちの顔には、“そういう問題か?”と書いてる。とはいえ反論するほど国外事情に詳しくはないようで、それぞれに目を白黒させつつ現実として受け入れることにしたようだ。
ケースマイアンの、魔王。彼らがその意味を知って血の気が引くことになったのは、ずいぶん後のことであるとか、ないとか。




