206:迷宮オブラブ
小一時間ほどティータイムを楽しみ、俺たちは商業ギルドを後にした。とりあえずは挨拶、具体的な話は春以降ということで基本合意した。
「おぬしの伝手を使わんあたりには、感心させられたのう。わらわたちよりも広くものを見ておる」
「そんな大層な話じゃないよ。なんでも自分でやろうとする時点で、人の上に立つ人間として間違ってるって、教えられたからさ」
「ぬ?」
のじゃロリさんは、怪訝そうに自分の鼻を指す。
「そうだよ、ミルリルからだよ。何度か怒られただろ?」
「おう、そうじゃ。他の者にできる仕事なら、任せて育てるのも魔王としての務めぞ?」
「うん。それで、本音は?」
「ヨシュアは、わらわのものだからの。できるものなら、ずーっと独り占めするのじゃ」
ミルリルさんは、嬉しそうに手を繋いでくる。かわええ。
「おい、大変だ!」
「誰か、手を貸してくれ!」
ああ、うん。またこのパターンですか。なんか良い雰囲気になるたんびにトラブルが発生するって、もう勘弁してもらいたいんですけど。寸止め系ラブコメ並みに邪魔が入るんで、身構える癖がついちゃってるし。
冒険者と思われる男性数人が冒険者ギルド前で助けを求めていますが、いま魔王はオフですので、すみませんがスルーします。サルズの町の騒動は頼りになる衛兵隊のアイヴァンさんたちか、最強魔女のエクラさんあたりが解決してくれると思いますので……
「おお、ターキフ良いところに!」
……って噂をすればアイヴァンさん。なんですかそのガッツリと肩を掴んで逃がさないぞな感じのポーズは。働かないですよ、せっかくサルズに戻ってきたばっかりなのに。
「いや、すみませんが休暇中で」
「知ってる」
「いやいやいや、どこ連れてくんですか。わたしたちホラ、見ての通りラブラブデートの真っ最中……」
「ダンジョンで魔獣の大量発生だ」
「話を聞きましょう」
◇ ◇
ダンジョン。ああ、魅惑の響き。
連れてこられた衛兵詰所で、俺はウキウキしながら話を聞いていた。ケースマイアンで話しても“なんすかそれ”みたいなリアクションでガックリきてたんだけど、サルズにはあるのね。あるよな。ダンジョンないなら、ぶっちゃけ冒険者ギルド要らんもん。肉とか毛皮とか魔珠とか、買い取ってくれたりするんだろうな。うわー、夢が広がるわー。
「……ターキフ、なんでそんなにキラキラした目でアイヴァンを見ておるのじゃ」
「ミルさん誤解を招く表現はやめてください。アイヴァンさんを見てるんじゃないです。ダンジョンですよダンジョン!」
「だんぞん? 美味いのか」
「定番のボケをありがとうございます。というか食い物ではないです。魔獣がみっしり詰まった松花堂弁当みたいなアミューズメントパークですよ」
「また微塵もわからん単語を並べよって……要はあれか、管理された狩り場じゃな?」
うん、なんやかんやいうて通じてるね。なんか釣り堀みたいな表現なのが気になるけど。
「おい、ダンジョンはそんな生易しいもんじゃねえ。……まあ、お前らには遊び場かもしれんけど、普通は命懸けで挑む試練の場だ」
「ほう。それで、魔獣がなんやらというたが、何があったんじゃ」
セムベックさんが机の上に地図を広げる。簡単な地名と集落の位置、等高線が書き込まれただけのザックリしたものだが領内の位置関係は理解できた。
「ここだ。お前らが通って来た“狭間の荒野”の東寄り、“魔女の湖”から北に上がった先に、中規模のダンジョン、通称“サルズのダンジョン”がある」
“狭間の荒野”というのは王国と共和国の国境付近に広がる無人の緩衝地帯。だけど、それは国対国で見た話であって、自然環境としては“暗黒の森”と同じような野生動物と魔獣の生息域だ。
「ダンジョン内の魔獣が増え過ぎて食い合い、魔力過多で凶暴化している。討伐に入った冒険者が内部で孤立しているそうだ。脱出してきた四級冒険者が助けを求めている」
「内部に残っているのは何人です?」
「脱出を支援した三級パーティ四名と四級パーティ三名、計七名だ」
「凶暴化といわれましたが、ダンジョン内部って周辺とは魔獣の種類が違うんですか」
「種類は、そう変わらん。ただ、自然の魔力が吹き溜まってできるのがダンジョンだからな。内部は魔獣の成長速度や繁殖力、凶暴性が高い。内包する魔珠もデカい。冒険者稼業には美味しい狩場だったんだがな」
「過去形?」
「ああ。いままでは冒険者が入れ替わり立ち替わりで入って魔獣の数を調整していたんだが、最近になって冒険者ゴソッと減っただろうが」
「……ああ、はい。俺たちのせいじゃないですけど」
「それには異論もあるが、とりあえず措いといて、だ。このまま放置すれば魔物が溢れてサルズの危機だ。となると衛兵隊を差し向けるのが筋なんだろうが、いまはちょっと拙い」
アイヴァンさんの視線を辿って詰所の外を見ると、城門前に集合した衛兵隊の皆さんは軽甲冑に手槍に弓で騎馬。というのはこれ、ダンジョンではなく平野部での戦闘を想定してる?
「もしかして、皆さんダンジョンに行くわけではないんですか?」
「半分は“魔女”と連携して町の防衛、半分は俺と領境に向かって叛徒の討伐だ。もちろん、途中でダンジョンを経由するし、魔獣がいたら仕留めるがな」
「領境って、東領との?」
「いや、西だ。北領主が……評議会に更迭されたから元北領主だが、その女狐が私兵を挙げて西領に侵攻した。中央領に近い西領の東側を占拠して、南下が予想されている」
「……なんでまた、そんなことに」
「叛乱に乗らなかった西領主を裏切り者と糾弾しているらしいが、そういう能書きに意味はねえ。要は、死罪確定になった馬鹿どもの、最後の悪足掻きだ」
ええと。また盛りだくさんでイマイチ頭に入ってこないけど、俺たちはその北領女狐狩りには参加しなくて良いから、ダンジョンから溢れた魔獣を駆除して欲しいってことね?
「伝令によれば北領の敗残兵たちが西領と南領との領境に到達するのは明後日、となると俺たち衛兵隊がダンジョン周辺に留まれるのは明日の昼までだ」
「うむ。そこからは、お任せというわけじゃな」
アイヴァンさんは、苦渋の表情で頭を下げる。
「すまん。冒険者ギルドに依頼は出したが、腕の立つ奴は根こそぎ領主に持ってかれて、ほとんど残っていない。二級の冒険者は何人かいるが負傷者と引退した高齢者だ。三級以下では二重遭難の可能性もある」
「そこでたまたま、わらわたち一級冒険者を見つけたわけじゃな」
「そう嫌味をいうな。魔女に推薦したのは俺たちだが、実力相応だろうが。討伐報酬は弾むし、魔獣の素材買取にも色をつける。悪いが、ふたりで力を合わせて乗り切ってもらえんか」
ミルリルは満足げに笑い、俺も彼女に頷く。決まりだな。これはラブラブハンティング……
「笑わすでない。ターキフとわらわは、力を合わせたりなどせん!」
え? 急に何をいい出した、この子。アイヴァンさんもセムベックさんも、いきなりの発言にキョトンとしている。
「わらわたちは最初から、ふたりでひとつじゃ!」
ドヤァ、とばかりに満面の笑みでいわれると、アイヴァンさんもリアクションに困るだろう。俺だってそうだ。こんな状況にもかかわらず激しく照れる。嫌だろ、顔真っ赤でモジモジしてる中年とか、ほとんど不審者じゃん。ほっとけ。
「あ……ああ、うん。……そうだな。……よろしく、頼む」
アイヴァンさんセムベックさん、その生暖かい目はやめてください。わかってるから。ちゃんとやりますから。はい。




