203:狼と尻尾
誓約褒章のデザイン「日章旗じゃなくて旭日旗では?」とのご指摘、ごもっとも。
上記修正しました。
ギルドマスターのエクラさんが襲われかけたのを見て、ブローニング・ハイパワーを引き抜きかける。そんな俺の手を、ミルリルが押さえる。
「わふん♪」
「モフ?」
当のエクラさんは動じることなく、モフの巨体をガッシリとホールドして首筋をワチャワチャと撫で回している。なんだ、知り合いか。ラファンで、モフがそんなようなことを(ミルリルに)伝えてたような気がする。
「もしかして、この白雪狼、アンタたちが世話してんのかい?」
「世話してる、というか、されてるというか」
「わふ」
「“狭間の荒野”、とかいったかのう、王国と共和国の国境付近で会ったんじゃ。なんやらいう盗賊に襲われたところを助けてもらって、それ以来の付き合いじゃ」
「わふん」
「ほう?」
あ、さすがに魔女だけあって、妖獣と平気でコミュニケートしてはる。何をどう聞いてんだか知らんけど。
「それじゃ、まだ生き残りがいたわけだ。お前の母親の、敵討ちをしてくれたってとこかね」
「わふ」
「……へえ、えらい買ってるもんだ」
おうふ、このひともミルリルみたく妖獣と完全に“会話”してるな。母親ってのが何のことやらわからんが、賢くて優しいモフのことだから悪いことにはなるまい。
「ターキフ、“飛んでる白くて丸いの”って何だい」
「ちょ、モフー!?」
リンコの飛行船で運んでもらったことは説明が面倒臭いし騒ぎになりそうだから伏せておこうと思ってたのに……とは、思ったものの。
「うむ、いまさらじゃの」
ミルリルさんにいわれて思い直す。来た当初ならともかく、この期に及んで飛行船くらい大した問題ではない気がしてきた。
「“白くて丸いの”は、ケースマイアンで開発した空飛ぶ船です。共和国まで、それの試験飛行に乗せてもらってきました」
馬鹿正直に話すとは思わなかったのか、エクラさんは一瞬、少しだけ目を見開く。その目がかすかに探るような光を帯びた。
「ああ、戦争に使えるようなものじゃないですよ。せいぜい十人程度を運ぶのが精一杯です」
「高度差が戦術的・戦略的な絶対的優位になることくらい、理解できないとはいわせないよ」
「それはそうですが、戦場に出すには色々と脆いんです。平時の、ある程度の安全が確保されたところでしか運用できません」
「……その白い丸いなにやらが、浮くための機能かい。そこが攻撃に弱いってわけだね?」
そりゃそういう結論になるわな。戦闘行動に利用する気はないから、別にいいけど。
「そうです。いずれ共和国との友好関係が確立されたら、時期を見て定期航路の開設を提案しようかと思っていますが」
「商人みたいなことをいうね」
「だから、わたしは商人ですよ?」
「わふ」
魔女は呆れ顔でモフを見て、また俺を見る。
「戦闘はお嬢ちゃんが担当で、交渉と補給がターキフの担当か。上手く連携が取れているようだね」
「うむ。以心伝心じゃ。わらわたちは、ふたりでひとつじゃからの」
全力の直球で惚気られて、エクラさんは苦笑いするしかない。まあ、鉄火場の交渉というか啖呵は最近、ミルさんに持ってかれっぱなしですがね。
魔女は視線を緩めて、小さく吐息を漏らす。
「白雪狼に気に入られたってんじゃ、信用するしかないね。魔王陛下に妃陛下、サルズじゃ穏やかに頼むよ」
「無論じゃ。ここからが本当の休暇じゃからのう」
ホントか? 本当に穏やかなバカンスライフが待ってるのか? 自分でいうのもなんだけど、荒事が向こうからやってくる未来しか見えんのだが。
「では、わたしたちはこれで失礼します」
「わふん」
俺とミルリルが退出するのに、モフも尻尾を振ってついてくる。俺は気になって振り返った。
「モフ……この白雪狼とは知り合って長いんですか?」
「ああ。そいつの親が皇国軍に殺されてね。乳飲み子の頃に巣から拾ってきたのさ。乳飲み子っていっても乳を飲むわけじゃないんでね」
なるほど、モフが生き延びるための魔力を供給してたってわけだ。優しいところもあるんだな、このひと。
「それで、その皇国軍はどうしたんじゃ?」
……って、ミルリルさん⁉︎ そういう踏んじゃダメな虎の尾をナチュラルにストンピングするのやめてくれないですかね⁉︎
エクラさんは、ソファに背を預けて首を傾げる。
「ああ、アンタたちは雪景色しか見てないから、わからんかもしれないけどねえ。“狭間の荒野”に、湖があんだろ」
湖? 何の話だ。そこに沈めたのか?
「山間の……大きく拓けた場所なら、通りましたよ。そこだけ植生も起伏もなかったんで、たぶん凍った湖かなんかでしょう。モフと会ったのが、そこです」
「ああ。それが、そのとき皇国軍の陣があった森の跡さ」
おい、怖えぇよ! 森を焼き払うとかじゃなくて湖レベルのクレーター開けやがったのか、こいつ!
「は、はは……御見逸れいたしました。友好的関係を築けるように努力いたします」
這々の体でギルドマスターの部屋を後にした俺たちは、一階のカウンターで受付嬢のハルさんに捕まり冒険者身分証の記載変更と報酬の受け取りを強要される。
「もうカネはもらったのじゃ」
「それは個人的な謝礼でしょう。依頼完遂の事後報告はマッキン様から届いています。ギルドマスターからも盗賊ギルドと土竜義賊団の討伐報酬が事後承認されました」
「はあ」
これは、あれだ。俺たちの首に縄を着けるというゼスチャーだ。受け入れた方が、双方の面子も対外的な事務処理も世間的な評判も、すべて丸く収まる。
「では、受けましょう。ハルさん、お願いします」
「良いのか?」
「俺たちが他人の国で勝手に動いたんじゃないって証明だよ。こうした方が、みんな幸せになれる」
「では、おふたりはこれから一級冒険者ですね」
「は?」
「「「「おおおおおおぉ」」」」
背後で屯していた冒険者たちからどよめきが上がる。やめろ、騒ぐな。だいたい、七級から一級は、さすがにやりすぎだろ。一級の上があるのかどうか知らんけどトップランカーであることは間違いない。
「ちょ、待って……」
「もう手続きは済みましたから、魔道具で共和国内の各ギルドに共有登録が回っています。修正は領府で領主様の承認を得た後、首都ハーグワイでの承認が必要です」
謀ったな、ハルさん!
「だからいうたのじゃ」
のぉおお……目立ちたくないって計画丸潰れじゃないですか! いま必要なのはカネより静かな暮らしなのに!
「ま、まあ、いいかな。冒険者証なんて、ほら、見せびらかして歩くもんでも、ないし?」
「動揺しておるのう」
するわ! 共和国での冬休み計画は、ハナから完全に狂いまくりだよ。これ軌道修正できんのか。
「こちら依頼の成功報酬で……」
ゴシャッと皮袋入りの貨幣がカウンターに置かれる。金貨か銀貨か知らんけど、百枚くらいか。
「こちらは、領主様から預かっていた、誓約褒章です」
「せいやくほーしょう?」
聞いたことのない言葉に、俺とミルリルは首を傾げる。目の前に出されたのは、サバイバルナイフほどの短刀。デザインは質実剛健だが、鞘に旭日旗みたいな模様が入っている。
「あー、これは、あれじゃ。海妖大蛸じゃな」
「はい。領主様に多大な貢献を果たした人に贈られる、“この者には領主が最大限の力を貸す”という徴です」
最大限の貸し、か。律儀な人だ。返してもらうような用が起きないことを祈ろう。
「いま戻ったのじゃ~」
「遅くなりました」
「わふん♪」
久しぶりに戻った“狼の尻尾亭”では女将さんが仕込み中だったらしく、エプロンで手を拭きながら出てきた。数日で戻るつもりが、一週間近い長旅になってしまった。
「あらあらターキフさんミルちゃん、お帰り。話は聞いてたよ」
「へ?」
「二、三日前かねえ、領主様からの使いだってひとが来て、“公務のためしばらく戻れない”ってね。ふたりの宿代は、モフちゃんも含めて領主様持ちになったよ」
それは、まあ太っ腹かつ案外あれで気遣い上手なこと……とは思ったが、女将が差し出してきたのは金貨十枚。
「これは、なんです?」
「だから、お代は領主様から出ることになったんだ。これは返しとくよ」
「領主持ちは、今日までの分であろう?」
「春までだって」
「「え」」
「なんなら、いつまでだっていてもらってくれて結構だよ。領主様の意向もそうだし、うちだって大歓迎だ」
ヤバい。囲い込まれようとしている。敵対してこないのは良いけど、共和国に移住する気はない。
「とりあえず春まで、お願いします」
「任せとくれ」
ちなみに、工賃領主持ちで厩の隣にモフの専用小屋が建てられたのだそうな。ちょこっと見てみたら、三角屋根のいわゆる犬小屋、その豪華版みたいな感じのものだった。クリーム色の壁に赤い屋根。成長後のサイズを基準にしたのか、内部は四畳半くらいある。日本人なら暮らせそうだな。
「わふ♪」
気に入ったらしいモフは、なかに入ると真新しい干し草に寝転がってクルリと丸まった。“狼の尻尾亭”にはピッタリな、最強の番犬である。
“白雪狼”だけどね。




