202:ホームカミング
天候の悪化もなく敵対勢力の襲撃もなく、昼過ぎのまだ明るい時間にサルズの城壁が見えてきた。
「なにやら、前に見た印象より小さい気がするのう」
「色々あったからねえ……ミルリルさんが大きくなったんじゃないの?」
のじゃロリさんは、それを聞いてむふんと満足げに鼻を鳴らす。いえ、人間的にってことですよ。
「ええと……どこで降りるかね」
「このままでも良かろう? どうせ城門におるのはアイヴァンとその手下たちじゃ。わらわたちのことは伝わっておる」
そんなわけねえだろ、とは思いつつも面倒臭くなって東側の城門近くまで乗り付けてしまった。二百メートルほど離れたところでホバークラフトを降りて収納し、詰所から出てきた衛兵に手を振りながら近付く。手を振り返して歩いてくるのは、サルズの衛兵隊副長セムベックさんだ。身構える様子も警戒する素振りもないので、ホバークラフトの話もラファンから伝わっているっぽい。下手するとそれ以上のこともだ。
「おう、ターキフ。大活躍だったらしいな」
「いえ。なかなか大変でしたけど、無事に戻れました」
「“吶喊”の連中は、いないところを見ると領主様に持ってかれたか」
「うむ。一級パーティとして、領府に栄転じゃ。おぬしも望むなら領主に話くらいは通すぞ?」
「ありがたいけど、俺にはサルズくらいがお似合いだよ」
冒険者証を見せて城門を通過、そのまま定宿の“狼の尻尾亭”に戻ろうとしたのだが、そうは問屋が卸さない。セムベックさんが背後から、俺たちに声を掛ける。
「ああ、ターキフ。冒険者ギルドに出頭せよってさ。あの魔女しつこいから、逃げないで素直に行っといた方が良いぞ?」
「仕方ないのう」
「わかりました、そうします」
領府やら首都やらを見た後だと、たしかにサルズの町は小さく見える。しかし、セムベックさんではないが俺も自分にはこのくらいがちょうど良いように思える。
「なにやら、こっちの方が落ち着くのう」
「俺もだ。歩いてる住民ものんびりしてるしな」
そう思ってたときが、あたしにもありました。
「これはこれは、魔王陛下に、妃陛下。わざわざ、ご足労いただき、恐縮だねえ」
え、なにこれ。
久しぶりにサルズの冒険者ギルドに顔を出した途端、受付嬢ハルさんから逃がさんとばかりにガッツリと肩を組まれ、俺とミルリルはそのまま二階のギルドマスター室まで連行されてしまったのだ。
「それで、ふたりはいままで、どこで何をしてたんだい?」
入室直後にソファへと座らされ、慇懃無礼どころか額に青筋立てたお姉さんから憤怒を押し殺した笑顔でナチュラルに詰問されているんですけれども。
このギルマス、エルフらしく美形だけど、ケースマイアンの量産型イケメン連中と違って面構えに風格というかツワモノ感がある。実際、強いんだろうな。
「は、はあ。サルズの冒険者カルモンを故郷に送るついでに、少しばかり領府見物を……それから、色々ありまして、はい」
ギロリと、鋭い眼光が俺を射抜く。殺意も害意も感じないところからして、おそらくこのお姉さんは彼女の基準でいえば“怒りを押し殺している”のだろう。光線でも発しそうな視線で見据えながらも、口調だけは丁寧に語りかけてきた。
「ああ、失礼。自己紹介がまだだったねえ。アタシは、このギルドのギルドマスターを務める“サルズの魔女”だよ」
「……はあ、ご丁寧にどうも」
いや、そんなん、どないリアクションせえっちゅうねん。面と向かって本名より前に恐ろしげな二つ名を出すなや。
「……共和国最強の魔導師エクラさんのご高名は、かねてよりお聞きしておりました。お初にお目に掛かります、わたしは……」
これは、正体もバレてますな。ここは素直にいっとくか。
「王国北部ケースマイアン在住の商人で、タケフ・ヨシアキ。共和国では、ターキフと呼ばれております。こちらは妻のミルリル。ケースマイアンの鍛治王カジネイルの娘です」
「ミルリルじゃ。よろしく頼む」
「……へえ。否定しないのかい?」
「否定?」
「魔王ってことをだよ。まさかアンタが認めるとは思ってなかったんでねえ」
「認めるも何も、周りが勝手に呼んでいることですから。受け入れるしかないと思っております。王国では獣人やエルフやドワーフを魔族と称しているそうなので、その取りまとめ役をしているわたしは魔王扱いなのでしょう。過ぎた名ではありますが」
「そんなわけないだろ」
もそっと、エクラ女史が吐き捨てる。いや、わしにいわれても知らんし。魔王て呼べって、こっちがいうたワケちゃうもん。
「さて、自己紹介はこんなところじゃ。ギルドマスター殿、なんぞ用があるのではなかったかのう?」
「ああ、そうだね。アンタたちが半分更地にしたローゼスは見た。三日掛かったけど、解呪も済ませた。領内に化け物がうろついているとマッキンにねじ込んでやったけど、手を引かされた」
「それは、お手数お掛けしました。すみません、わたしは呪いとかについて詳しくないので、お答えできかねます」
「……そっちは、どうでも良いんだよ。町を吹き飛ばした方だ。あれは何だい」
さて、来やがったぞ。
「それは、その……特殊な魔道具、みたいなものですね」
「魔力の反応はなかったじゃないか。だいたいローゼスの町を汚染した呪いは、古い安物の術式巻物だ。文言の痕跡からして皇国の系譜だから、あれはアンタの持ちもんじゃないね。アンタのは、ただ吹き飛ばしたアレだけだ」
ヤバい。魔女は予想以上に優秀なようだ。グイグイ来られると致命的なボロを出してしまう未来しか見えん。その結果がどうなるかはわからんが……
「ですから、“みたいなもの”と申し上げました。魔力反応のない……魔道具に、似たものなのです。詳細については、商売上の秘密なのでお話しできません」
「ああ。最大の問題は、そこだよ」
そこって、どこだよ。やめろ、カマかけんの。あっちこっち身に覚えあることばっかりだから、こっちは地雷原でスキップさせられてる気分なんだよ。
「アンタの、その商売だ。何を、どこまで、どう商うつもりなのか、だよ。購った奴らの末路を見る限り、それを共和国で手広くやられるとなると、黙って見てるわけにはいかないね」
「どうするのじゃ。殺すか?」
魔女の視線を真っ直ぐに受け止め、ミルリルさんが笑う。
「そもそも、おぬしにそれができるかはひとまず措いておくがの。誰が敵で誰が味方か、殺すべきかそうでないかはキチンと見極めておるつもりじゃ。誰にも不満のない対処をしておるとまではいわんがの。そんなものを気にせんとイカンのは為政者くらいじゃ。ギルドマスターというなら、おぬしも似たようなものかのう」
「……ふん。それで?」
「共和国で、わらわたちの身分は“しがない七級冒険者”じゃ。ギルドマスターが糾弾するにも罪状が必要であろう?」
「……まったく、口の減らないやつらだねえ」
いえ、わたしは静かにしておりますので、“ら”じゃないです。基本的にはミルリルさんに同感ですけど。行動原理は気分次第、といわれたら完全否定する気はないですけど、誰彼構わず殺し回っていると思われるのは心外です。
「今回の長期遠征について、後半は南領主マッキン殿からの依頼でした。それについての報告は」
「書面でなら、何度かね。中央領のケル坊からもさ」
ケル坊……評議会理事長のメルローか。どんな方法かは知らんけど、たぶん魔法的な何かだろうな。それを使って、俺たちの移動より早く領府や首都からの報告書類が魔女宛に届いていたのか。それだけでも、どんだけ重要人物かわかるというものだ。
さっきの“世間話”に、首都での荒事は含まれてなかったけどねえ、とお姉さんの目が語っている。そこそこ美形なだけにガン見されるとムッチャ怖いんですけど。
「ええ、色々ありました。はい」
「そうみたいだねえ。北領と東領と皇国の艦隊を潰して、キャスマイアとハーグワイを解放して、シーサーペントの焼肉で宴会して、だ」
「うむ、あれは実に美味かったのじゃ」
ミルさん地雷原でタップダンスすんのはやめてください。エクラさんのデコに青筋浮いてます。
「おまけに、行き掛けの駄賃に盗賊ギルドと土竜も壊滅させて、だからねえ。アタシは、いっぺん訊いてみたかったんだよ」
「わらわたちの目的、かのう?」
「ああ。アイヴァンの小坊主を締め上げたが、どんだけ脅しつけたんだか吐きやしない」
「脅したりはしませんよ。する必要もない。わたしは、妻とふたりで静かな冬の休暇を楽しんでるだけなんですから」
魔女の顔が能面のような無表情になった。馬鹿にされてるとでも思ったのか。なにやら真偽の見極めがなされたらしく、首を振って溜息を吐く。
「それが真実だとして、信じろって方がどうかしてる」
「そこは同感です。ですが少なくとも、そうしようとはしたんです。最初からつまずいて、ずっと忙しいままでしたけどね。ようやくサルズに帰ってきたんですから、明日からはゆっくりしたいと思ってます」
「そうしてもらいたいね」
説得だか尋問だか知らんが目的は果たしたか諦めたかしたらしく、エクラさんはソファに背を預けて俺たちを解放する構えになった。
「ギルドマスター、よろしいですか」
慌ただしい足音がして、ハルさんがノックと同時に声を掛けてきた。ホッとしかけたとき話の腰を折られるこのパターン、嫌な予感しかしない。デカいトラブルが報告されて血と硝煙の殲滅ツアーに駆り出されるんだろ、どうせ。
「いいよ」
ギルマスの許可を得てハルさんがドアを開ける。その一瞬の隙をついて、彼女の後ろに控えていた巨大な影が真っ直ぐにエクラさんに飛び掛かっていった。




