198:帰路へ
「お世話になりました、魔王陛下、妃陛下」
首都を出る俺たちの見送りに、評議会理事と中央領の衛兵隊が、議事堂の前まで出てきてくれた。衛兵の犠牲者数は当初懸念していたよりも少なかったらしく、議事堂周辺の防衛に当たるだけでも百人近い。首都全体では三百人ほどが現役復帰できそうだという。
評議会理事から聞いた話では、“魔導学術特区”から派遣された治癒魔導師が昼夜を徹して負傷者の回復に当たったことが大きな助けになってくれたそうだ。“吶喊”のハーフエルフ、エイノさんもそこに加わったのだが、例の名前も知らない跳ねっ返りのちびっこエルフも負傷者救護に大活躍していたらしい。
「“魔王にはいうな”、って釘を刺されましたけど」
エイノさんはアッサリとバラしちゃってるね。つうか、なんだそれ。ツンデレか。善行が恥ずかしいお年頃か。そのうち遊びに行って突っつき回してやろう。うん。
「両陛下であれば問題ないとは思いますが、道中お気を付けて」
理事長が慇懃な笑顔を浮かべて挨拶に立つ。“慇懃無礼”でセットになって覚えるので誤解しがちだが“慇懃”という言葉には本来、“無礼”の要素は含まない。けどこの人の場合、五パーセントほどの作為的要素が混じっているように見える。
「またお会いできる時を楽しみにしております」
「うむ、それが戦場でなければ良いがのう」
「ご冗談を」
うはははは、と声を合わせて笑うふたり。目が笑ってないのが怖いんですが、ミルリルさん、いつからそんな政治家みたいなタイプになっちゃったんですか。最初からか。
ケースマイアンでも交渉ごとでは俺のサポートに回ってくれてたもんな。魔王が政治的に頼りないから負担を掛けているのかもしれないと反省する。
首都奪還のお礼だと箱入り金貨をゴッソリもらったが、ええ加減もう扱いきれん量になってるな。
また買い物に消費するか、とは思ったものの既に欲しい物はそう多くない。そもそもの問題として、この世界の金を循環から引き剥がしてサイモンのところにばかり大量流出させ続けていると世界経済が崩壊しかねないのではないだろうか。知ったこっちゃねえとガン無視する手もあるが、サイモンのいる方の世界の金相場にも影響が出るだろうし。物には限度があるんだろうけど、その限度が読めん。
「一件落着といったところであろうが、何を悩んでおるのじゃ?」
「……ああ、うん。トラブルじゃないんだ。ちょっと気になっていることがあるだけでね」
首都ハーグワイを後にしたホバークラフトは、雪景色の平原を疾走する。最初の目的地キャスマイアまでは二百哩、約三百二十キロほどだ。
前席には俺とミルリル、後部客室部分には“吶喊”、それと白雪狼のモフ。キャスマイア衛兵隊の十六名が首都に残ったため、車内はえらく閑散として見える。
「……ほう?」
操縦席の後ろに立ったマッキン領主は、俺の説明を聞いて意外そうな顔をした。もしかして俺が敵を吹き飛ばすだけの脳筋とか考えてたんじゃないだろうな。失敬な。
事前にミルリルさんと話したところでは結論が出ず、マッキン領主に意見を聞くのはどうかということになったのだ。もちろん異世界転移の部分は海外貿易に例えて濁すのだが。
「ああ見えてマッキン殿も領主としてはそれなりに有能なのであろう? なに、解決策が聞けんでも良いのじゃ、こういうのは堂々巡りの考えに新しい見方を加えるだけでも、後の思い付きのきっかけになるものじゃ」
ミルリルさんってば、冷静な判断ではあるけど失礼だな。というところで先ほどの話に戻る。
マッキン領主は俺を見て、ふと首を傾げる。
「魔王、もしかしてそれは王国を潰したときのことをいってるのか?」
小利口な小太りは嫌いだよ。いま俺が必要としてる勘の良さは、そこじゃないんだけど。
「潰してないですよ。それは王国南部貴族たちの政策によるものですから。俺は関与してないです」
少なくとも直接は。いや、結果的には王都が経済破綻に至ったかなり大きなファクターになったことは否定せんけど。そんなん戦場に首都圏の経済が傾くほどの金貨(と商業資産)を持ち込む阿呆が悪い。
「大量の金貨が流出すると商業が回らなくなる、か。為政者や商人でもそれを認識できるものは少ないだろう。あまり想定に意味がない状況だからな。その考え方はどこで学んだ?」
元いた世界の話になるので、肩を竦めて話したくないことを示す。
「貴殿は、どうにもちぐはぐだな。知識も才能も持てる力も高いが、それに見合った経験を感じない。先ほどの話も、頭で知っているだけで実地に学んでいないようだ」
「意見を伺いたいのは、わたしについてではないんですがね」
「貨幣流出を、実際やってみればいいんじゃないか。おそらく影響はない」
「え?」
「もちろん、継続的に何万枚もの金貨が流出し続ければ、いずれ何らかの影響は出るだろうがな。南部領でも中央領でも、貴殿らに渡したのは“箱入り”と称される褒章用の新造金貨だ。共和国だけではなく、王国でも皇国でも同じように、商圏で回っている貨幣とは分けて用意してある」
流出を想定した金貨? そういや王国でも似たような説明を受けた気はする。金鉱山も造幣廠も押さえたから気にせず持って行け、的な。
「金貨の流出で問題が起きるとしたら、多国間貿易を国の根幹に据えていた場合。もしくは魔王と敵対した場合だが、想定としてあまり意味がないな。どちらも、すぐに商業の問題ではなくなる」
要するに、金の動きを把握できてさえいれば対処は可能、というか逆に大量流出を把握できないという状況自体が有り得ないのだろう。それはそうかもしれない。俺がいうのもなんだが。
「そりゃ懐が潤った分を南領で大量に落としてくれれば、領主としては助かる。しかし、そういうのは足し引きどちらも多過ぎるのは毒になるもんだ。矛盾してるがな」
昼を回った頃、遥か彼方にキャスマイアが見えてきた。




