197:魔王と密談
数カ所「皇国」と書くべきところ「共和国」になってました。ご指摘いただき修正。
翌朝、議事堂内の客室で目覚めた俺たちは、共和国の文官から評議会理事長との面会を求められた。
承諾して文官が退室した後、ミルリルに同行を頼む。護衛が必要とは思わないが、ケースマイアンの長としての決断が求められるのであれば、彼女にも同席してもらいたい。
「構わんのじゃ。この期に及んで敵対してくるほど愚かだとも思えんがのう」
「ひとつ引っ掛かっていることがある。マッキン領主の家族を殺したのが、あいつらの意思だとしたら……」
「殺すか? そう決めたのであれば反対はせんがの。今回の件はともかく、父親や兄を暗殺した件にも関わっておったとしたら、あの男、少し若くないかのう?」
守旧派勢力の長、というのが代替わりするものだとしたら、責任の所在を確認してからの方がいいかもしれない。
身支度を済ませた俺たちは、昨日の会議室に向かう。途中の廊下で手持ち無沙汰な“吶喊”の連中を見つけた。ドアの前にマケイン。ルイとコロンが廊下の端に控えている。
「ええと……ここがマッキン領主の部屋?」
「ああ。ティグは室内だ。領主に用なら取り次ぐぞ」
「いや、別件だ。そのまま護衛を頼む。昼前には出発する予定だ」
「キャスマイアを通って、ラファンに着くのは夜かのう」
「……何事もなければ、な」
「「「うへぇ」」」
聞こえていた全員が、思わず嫌な顔をする。自分でいっておいてなんだが、俺もそんな事態は勘弁してもらいたい。
荒事はもうお腹いっぱいです。武器弾薬の補給に問題はないけど、モチベーションが保たない。仕事とはいえ共和国の内部事情。知り合いが増えて思い入れがないとはいわんまでも、所詮は他人事なのだ。
「こちらです」
先に向かっていた文官が会議室前のドアを示す。
「会議室ではないのか」
「理事長が、こちらの方がよろしいかと」
ミルリルさんとふたり、ドアの前でさりげなく襟元を正す振りをして、ショルダーホルスターの拳銃を確認する。
威圧的過ぎるUZIとM79は俺が預かっている。たすき掛けにしていた弾帯も、極地用リボルバーもだ。手持ちの武器はM1911コピーとブローニング・ハイパワーだけ。
「二十七発もあれば危機など訪れまい」
「そう願いたいね」
文官がノックをして、俺たちを部屋に通す。内部は落ち着いた雰囲気の執務室だ。俺の感覚でいうと二十畳ほど。奥の窓際にこちら向きのデスクがあり、手前に向かい合わせのソファが二脚とローテーブル。
前いた世界でもよく見た光景だ。どこの世界も考えることは大きく変わらないのかもしれない。
窓際に位置して精神的優位性を示す、などということもなく、理事長は自ら部屋の隅でお茶の用意をしていた。
「ああ、おはようございます。ご足労いただき恐縮です、魔王陛下、妃陛下」
お茶の用意を代わろうとした文官を手で制して下がらせる。トレイにカップとポットを乗せて、ソファを勧めてきた。
「ここは、理事長の私室ですか」
「ええ。正確には、わたしが会議前に同僚たちと詳細を詰める部屋ですね」
「保守派の密談室、というわけじゃな」
いきなり放ったミルリルさんのジャブにも動じず、理事長は苦笑しながら首を振る。なるほど、もう状況を受け入れていたか。
「そんなようなものです。各派閥も同じような部屋を持って、同じように意見をまとめているのですよ」
「それで、何の用じゃ?」
「まずは、ご説明を。昨日陛下に処分された二名以外にも、保守思想に凝り固まった者はいます。というよりも、“怒れる海妖大蛸”を煙たく思わない者の方が少ない。わたしもそのひとりです」
「何でも正直にいえば許されるというものではないぞ?」
「ええ。ですが事実を隠すのも問題でしょう。彼の進める革新は、良し悪しはともかく、いささか王国との繋がりを濃くし過ぎた。しかも当時の王国はまだ愚王が健在でしたから、なおのことです。我々は、南領の発展を妬むというよりも、準敵対国であった王国からの干渉と報復を恐れたのです」
「それで、南領の頭を挿げ替えようとしたのじゃな?」
「否定はしません。ですが、法治国家として取るべき方法というものはある。皇国軍を引き込むなど愚の骨頂。それでは王国の代わりに皇国の、それも反主流派の傀儡になることが明白なのに受け入れられるはずがない」
「それで、あの二名を切り捨てた」
「交渉が決裂して、離反者の手引きで侵攻が始まったのです。あと数日、マッキン殿と魔王陛下たちの到着が遅ければ、処分されていたのは我々の方でした」
「それを信じろとでもいうのですか」
「判断は、お任せします。ですが、わたしが理事長を務めている限り、共和国政権は、現時点で魔王領ケースマイアンにも、南領にも敵対の意思はないということだけはお伝えしておきます」
「理事長。……メルロー、とかいうたかのう?」
「はい」
「光尾族を放ったのは、おぬしらか」
黙って見返してくる理事長の目には、少し逡巡の色があった。
「はい。王国への内通を糾弾し、話し合いは決裂したため南領主の排除を決定。先代、先々代の南領主を粛清したのは評議会の統一意思です」
「嘘はいうてないにしても、質問に答えてはおらんな。それはおぬしらかと訊いておる」
「わたし個人は当時、末端の理事ですらありませんでしたが、我が共和国評議会の意思決定であったことに変わりはありません。先代の罪は知らぬ存ぜぬ、というのは詭弁です」
ミルリルが呆れ顔でこちらを見る。いや、俺に振られても知りませんがな。少なくともケースマイアン流の法治では、親の罪を子に課しはしないのだろう。俺の、というか日本人の考え方でもそうだ。
「暗殺命令の解除は、考えなかったのですか」
「光尾族は、依頼した当事者からしか命令の変更を受け付けません。当事者は……死にましたから」
「殺した?」
「刑死しました。国益の簒奪と皇国への内通で」
「度し難いのう……」
ノックの音がした。俺とミルリルは打ち合わせたかのように、そっとソファに背を預ける。ショルダーホルスターから拳銃を抜きやすいようにしたのだ。射線を遮らないように、お互い逆側に身体を傾けている。目を合わせて苦笑した。
「どうぞ」
返答を待たずに入ってきたのはマッキン領主。後ろにティグとルイを従えている。顔を見る限り、問題が起きたというわけではなさそうだ。
話の腰を折られる度に新たなトラブルの発生かと身構えるのが癖になってしまった。
「理事長、魔王を返してもらいにきたぞ」
「取りはしませんよ。お話をしていただけです」
「いいや、信用できるか。こいつらは我が南領が誇る冒険者にして商人なんだからな。引き抜きは断る」
「マッキン殿、わらわたちは貴殿の部下ではないぞ?」
「なんだよ、いまだけは雇い主だろ。中央領のお偉方のまえでくらい、ちょっとくらい良い顔させろ」
本気でいってんだか無頼を気取って油断させるタイプの政治家なのか知らんけど、豪快に笑うマッキン領主に理事長も苦笑するしかない。
「冒険者、というのはお聞きしましたが商人とは?」
「海路を潰されたキャスマイアに、補給物資を運んでくれた。叛徒による蹂躙を防いだ功労者だぞ。まあ、その前に砲艦を潰してくれたから生き延びられたってのもあるがな」
具体的な商業能力に関しては語る必要はないか。おそらく、共和国政府と直接商取引をすることはないだろうしな。
暇乞いをして立ち上がった俺たちに、理事長がポツリと漏らす。
「南領主が魔王と手を組んで、共和国を滅ぼす。皇国軍の言葉は、ある意味で事実かもしれませんね」
「王国のことをいうておるのであれば、そうかもしれんのう。なに、滅びるのも悪いことばかりではないぞ? 焼け跡が花畑になるのは良くある話じゃ!」
満面の笑みで発せられたミルリルの言葉に、若い理事長はぶん殴られたような顔で怯んだ。




