196:磨り潰された狗と目覚めた王
「“吶喊”! キャスマイア衛兵隊と、この部屋で理事たちの護衛を頼む」
「「「了解」」」
「前衛は……ミルなら要らんか」
「すまんルイ、室内だと射線を塞いでしまうんじゃ」
「副長」
俺はキャスマイア衛兵の指揮官を部屋の端に呼ぶ。
「さきほど何度も釘を刺してもらったので、動かないとは思いますが……」
「理事か」
頷く。当初、叛乱の主因と考えられていたのは評議会内部の守旧派勢力。それは多数派であると聞いていたのだが、跳ねたのは九名中二名のみ。潜在的な敵対者を抱えるくらいなら膿を出し切ってしまいたい。
「俺たちが外に出た後、彼らに隙を見せることは可能ですか」
副長は呆れ顔で首を振る。
「やってみるが、あんまり期待するな。嬢ちゃんの殺気威嚇が効き過ぎた」
俺たちは会議室から出て、ティグとルイに声を掛ける。前衛らしく部屋の前でドアを守っている彼らは、えらく意気込んでいる。
「ここは任せろ、あたしたちが誰ひとり通さねえ!」
「頼むのじゃ。とはいえ……」
くすりと、ミルリルが笑う。
「誰も来んかも知れんがのう」
二階の奥にある会議室から出ると、短い廊下の後で回廊状になった通路の中央部が吹き抜けになっている。正面玄関から突入してきた叛乱軍部隊が左右ふたつの階段に分かれて、こちらに駆け上がってくるのが見えた。
その数……あれ?
「三百、といったところかのう。どこから湧いてきたやら、増えたようじゃ」
「盾持ちと甲冑付きが増えてる。増援があったのか?」
「なに、百やそこらは誤差の範疇じゃ」
ミルリルがアイコンタクトで左手を担当すると伝えてきた。俺は頷いて軽機関銃に七十五発入りのドラムマガジンを装着、右手側の敵を担当する。
ぽふん、とくぐもった音を立ててグレネードランチャーが40ミリ擲弾を打ち出す。連続して発射された二発が正面玄関前の左右に着弾、後続部隊が構築途中だった射座を弓兵たちごと吹き飛ばす。悲鳴と怒号と血飛沫と肉片が飛び散って、呻き声と助けを呼ぶ声に変わる。甲冑付きだと、楽には死ねないのだ。
惨劇を振り返ったのか、先頭集団のなかに怯む者が出ていた。怒涛の勢いに押されてドヤされるが、それでも留まろうとして流れが階段で詰まる。増援というより敗残兵を掻き集めてきたのか、明らかに士気と練度の低い兵が混じっている。
「酷いもんじゃのう」
M79からグレネードをさらに二発、混み合った階段の踊り場に落とすと吹き飛ばされた兵たちが階下に転げ落ちて動かなくなる。それでも進んでくるのは黒衣を纏った皇国軍兵士が多かった。さすがに死を覚悟した兵はブレないのだなと感心させられる。
UZIからの銃撃が始まると、その旺盛な士気も勢いも無関係にバタバタと刈り取られて行く。どのみち死ぬことは決まっていたのだろうが、何も他国で……
「ターキフ!」
「ああ、すまん」
そうだ。戦闘中に考え事なんて、どうかしてる。
右手から突進してくる兵は塔状大楯を構えた東領兵と手槍を抱え込んだ北領兵。練度はバラバラだが先陣を務めるだけあって戦意は高く迷いもない。
俺は軽機関銃を全自動射撃で掃射する。分厚い木材に金属を貼った塔状大楯は7.62ミリ弾の威力をいくぶん弱める程度の効果はあるようだが、止めるまでには至らない。
盾持ちごと貫いて撃ち倒すと、その陰にいた手槍装備の軽歩兵が覚悟を決めて突進してくる。先頭との距離はもう十五メートルほどしかない。先頭集団を倒し切る前に七十五発を撃ち尽くした。弾倉交換を諦めて収納からアサルトライフルを取り出し全自動射撃で弾幕を張る。射手の腕は悪いし銃の精度も低いが、十メートル以下でなら外しようもない。
「おのれぇッ!」
味方の死体を踏み越えて後続が向かってくる。AKMの三十連弾倉も打ち尽くして放り出し、MAC10を全自動射撃で振り回す。サブマシンガンとしても発射レートが高いことで知られるMAC10、三十発の45口径拳銃弾が二秒ほどで撒き散らされる。残る敵は二十やそこらだ。収納からもう一丁のAKMを取り出すと、今度は単発射撃で確実に倒してゆく。
その間にも左手側ではミルリルが弾倉交換をしながら次々と敵を打ち倒している。時折混じる轟音は極地用リボルバーで重装歩兵を仕留める音か。
「ふむ、こちらは片付いたようじゃの」
「こっちは、もうチョイ……よし、終わった」
振り返ると、ミルリルが呆れ顔で俺の背後を指す。
「まだじゃ」
「うぉおおぉッ!」
血塗れの青外套が手槍を抱えて立ち上がり、こちらに向かって突き掛けてくるのが見えた。距離は七メートルほどか。ブローニング・ハイパワーを懐から抜き、念のため二発で胸を撃ち抜く。
「無力化の確認を最初からやっておかんか。おぬしは、まだ詰めが甘いのじゃ」
「……面目ない」
戻りかけたところで、廊下の陰から顔を覗かせたルイが首を振るのが見えた。
「やっぱり、みんな倒しちまったのか」
「うむ、がんばったのじゃ」
「良くやった、といいたいとこだけどな。あたしたち、ほとんど働いてないじゃねえか。カネもらうのに肩身狭いんだよな」
俺とミルリルは笑いながら顔を見合わせる。
「何をいうておる。それで良いんじゃ。おぬしらは護衛じゃからの。よう働く事態というのは、守るべき者が危機に陥っているということじゃ」
「ああ……その理屈も、頭じゃわかるけどな」
気持ちが納得しないか。そうかもしれんけど、さすがに彼らの心情を汲んで敵を流す気にはなれん。
死体を装備ごと収納して会議室に戻ると、“吶喊”に守られたマッキン領主が苦笑しながら俺たちを出迎えた。
「早いな。魔王夫妻に掛かれば、叛乱軍の残党など鎧袖一触といったところか」
「そうでもなかったのう。増援が入って三百ほどはおったのでな」
「増援?」
「議事堂に入る前に見た兵たちは皇国軍が中心でしたが、突入してきた時点で北領と東領の兵が増えていました。首都に配置していた兵を引き上げて、最後の戦いに投入したんでしょう」
「なるほど。しかし魔王たちのお陰で、共和国を狙う敵勢力は、しばらく現れんだろう」
マッキン領主の言葉に、俺は曖昧に頷く。こちらは現状の敵対者を排除しただけだ。正直なところ、彼らの敵がどこのどいつで、あとどれだけ残っているかなど把握していない。
キャスマイア衛兵隊の副長さんに近付き、小声で状況を確認する。
「動きは?」
「ないな。けっこう背中を見せてやったんだが。保守派の重鎮である理事長が動かん。南部領・魔王連合相手に勝ち目がないと悟って、事態の収拾に入ったのかもしれん」
「できれば、しばらく監視したいところですが」
それは好都合だといって、副長は皆が囲んでいた大テーブルに俺を連れてゆく。
「俺たちはしばらくこちらに残ることになった。おかしな動きがあったら南領主経由で知らせる。その代わりに、キャスマイアに伝言を頼めないか」
副長から、巻物状になった書類を預かった。急遽作成された転属命令と配置転換の公式文書なのだそうな。社内の辞令みたいなもんか。
「これは、誰に決定権があるんですか」
「わたしです、魔王陛下」
「理事長」
ハーグワイ共和国評議会理事長、ケル・メルロー。意外なことに、彼は評議会理事のなかでは比較的若くて細身の男だった。貫禄はさほどないが、身に纏う覇気は強く目の奥に探るような光がある。なんというか、大手商社マンにいそうな感じ。
これが、保守派の重鎮か。南部領を潰そうとした守旧勢力のトップと考えれば、潜在的な敵対者と考えておいた方が良い。
「首都防衛の任に就いていた中央領の衛兵はかなりの被害を受けています。死傷者の確認もこれからですが、再編するまでにはしばらく掛かりそうですから、キャスマイアの精鋭を借り出すことにしたんです」
理事長からの説明を受けて、俺は連絡係を引き受ける。大した問題ではない。どのみち帰り道だしな。
「魔王、すぐ戻るのか?」
マッキン領主が、椅子を勧めてきた。俺はまずミルリルを座らせ、自分も隣の椅子を引いて腰掛ける。
さすがに、疲れた。なんだかんだで五百キロ近くを運転し続け、あっちこっちで戦い続けて、もう丸二日になるか。モフに疲れを吸い取ってもらったから、なんとか動き続けていられたのだ。そんな荒技をいつまでも続けられるわけもない。
「出発は、明日の朝にしましょうか」
「部屋を用意させています。こちらへ」
「わふ」
案内され立ち上がった俺は、モフの背中に寄り掛かる。ミルリルがさりげなく腰に手を回して、支えてくれた。
「……どうしたんじゃ、おぬし」
「どうって、なにが?」
「おかしな顔をしておる」
ミルさん、ひでえな。疲れてるってことかな。徹夜続きの中年男がどんだけくたびれて見窄らしいかなんて、社畜時代に何度もトイレの鏡で見てきたからな。
「そうではないぞ」
また心を読んだのか、顔に書いてあるのか。ミルリルは俺の顔を見て、不思議そうに首を傾げる。
「おぬしは、王の顔をしておる。成すべきことを成し、やるべきことをやり遂げた、男の顔じゃ。しかし、不思議なのはな……」
うん。なんとなく、俺もそれは感じた。大好きな女の子から“良い顔になった”といわれたら、そりゃ嬉しいけどさ。
「なぜ、いまなのじゃ?」




