194:首魁
通りの両側に並んだ叛乱軍のど真ん中まで進んで、俺はグリフォンを停止させる。議事堂の正門を守っていた皇国軍兵士が、ホバークラフトの回頭に合わせて通過できるだけの隙間を開ける。見たこともない巨大な乗り物が轟音と暴風を上げているというのに、彼らには怯む様子がなかった。
「これは、ミルの意見が正しいのかもしれないな」
「死兵? こいつら全員、死ぬ覚悟を決めたっていうのか?」
運転席の後ろで、ルイが呆れた声を漏らす。車内で領主を守る“吶喊”も、サイドデッキで武器を構えるキャスマイア衛兵隊も、それぞれ突発事態に備えて警戒を強める。
「あー、魔王。悪いがこちらからの攻撃は、少し待ってくれ。まずは、評議会理事九名の安全を確認したい。降伏の条件を協議するために呼ばれた……可能性も、あるしな」
マッキン領主は、自分でも信じていないような声音で頼んできた。
「可能性だけなら、なんだってありますがね」
問題は、叛乱軍側にそれを行う意味がないことだ。共和国の法によれば、外患誘致は問答無用で死罪。侵犯した側も引き込んだ側も、公開の場で斬首刑。詳しく聞いてはいないが、前近代の司法と考えれば係累を巻き込む可能性もある。
「気休めは止めよ、マッキン殿。いっぺん刃を向けた者が、和平など望むわけがなかろう。仮に降伏の条件を出すにしても、兵の七割を喪ってからでは勝者に鼻で笑われるのがオチじゃ。そんなことは、あやつらもわかっておる。おおかた最後の悪足掻きをするつもりじゃ」
死なば諸共、ってやつか。そりゃまあ、そうだろうな。以前に聞いた話を総合するに、皇国軍将軍派残党が生きて皇国に帰ったところで、家族ごと皆殺しにされるだけだ。
さらに根本的な問題として、戦闘停止や降伏の合意は為政者同士で行うものだ。いまやテロリストでしかない彼らにそれを行う権限はない。人道的配慮で超法規的措置、などというお優しい世界とも思えん。
「あやつらに出来る唯一最上の選択は、何もかも捨てて逃げることだったんじゃ。しかし……もう遅過ぎるのう」
ミルリルは、低い声で笑った。
「既に、我らの間合いに入っておる」
「衛兵隊、つかまって」
「「「「応!」」」
俺は正門を通過したところでホバークラフトを転回、屋根の銃架にあるMAG汎用機関銃を通りに向ける。巨大な推進用ローターが回っているので、後方は死角になるのだ。包囲を詰めようとでもしたのか、通りにいた兵たちは隊列が歪んでいた。
「死にたい奴だけ、前に出よ!」
殺意を込めたミルリルの眼光とMAGの銃口を前に、兵たちは足を止めて固まる。
「降車」
グリフォンのハッチを開けて降りると、真横に立った黒外套の男が憤怒の表情で俺たちを睨み付けていた。野戦指揮官なのか、戦闘服のようなものを着た部下たちとは違う礼服に似たものを身に着けている。階級章や略章はなく外套の色も形も同じなので、兵と指揮官は近付かないと見分けが付かない。元々そういう思想なのか、侵略に向けて指揮系統を隠蔽するためにそうしたのかはわからんけどな。
「出迎えご苦労、敗残兵の諸君」
「……貴様ッ」
俺は軽機関銃に四十発入りの延長弾倉を装着し、これ見よがしにボルトを引く。俺たちの武器がどういうものか、どこまで認識しているのかは知らんが、男は憎々しげな表情のまま動こうとはしない。
ジリジリと接近しかけた兵たちの足元に、ミルリルが銃座から警告の銃弾を撃ち込む。
「キャスマイア常任理事の使者として赴いた南領主殿はともかく、わらわたちが叛徒に情けを掛けるとでも思うたか。貴様らを皆殺しにするのは容易いがのう、ひとまず話を聞いてやろうというのはこちらの温情じゃ。それを無碍にするというなら、次からは骸に変えるまでじゃ」
野戦指揮官が手を上げると、兵たちは再び通りに戻って整列する。とりあえずは手を引いたが、諦めたわけではないようだ。
「……このままでは終わらんぞ」
案の定、相手はボソリと吐き捨てる。
「まだ気付いておらんとは、おめでたいのう。貴様らは、とっくに終わっておるのじゃ」
銃座から車外に飛び降りたミルリルが、ひらひらと手を振って男に近付く。その動きがリラックスしたものに見えたのか、背後で兵のひとりが無言のまま突進してきた。
柔らかな動きのまま彼女の手がUZIを構え、振り向きざまに兵の目玉を撃ち抜く。
「己が胸に問うてみよ。ケースマイアンに向かった皇国軍将兵のうち、何人が戻ったか。どれほどの武器や兵器や補給物資が回収されたか。ハーグワイでも同じじゃ。愚か者どもの後を追いたければ、構わぬ。いつでも向かってくるが良い。……こやつのようにのう?」
うっすらと笑みを浮かべて、死体に顎をしゃくるミルリル。野戦指揮官は歯を食いしばって屈辱に耐える。
「お待たせいたしました」
先程、使者として現れた文官らしき男が、俺たちのところにやってきた。道中に姿はなかったはずだが、どうやって移動したのかは不明。周囲に馬は見えないし、当人に息を切らした様子もない。案外こいつも、特殊能力者なのかもしれない。
「南領主マッキン様、そして魔王ヨシュア様。皇国軍タイアー准将が、なかで御目通りを願いたいとお待ちしております」
俺たちは護衛を引き連れたマッキン領主とともに、議事堂の入り口に向かう。先頭にRPK装備の俺。殿軍には白雪狼のモフを従え愛用のUZIを構えたミルリルだ。
「収納」
振り返った俺は、議事堂前のグリフォンを片付ける。衆目を集めていたホバークラフトの巨体が消えると、叛乱軍の兵たちは息を呑んだ。その能力が自分たちに向かったときどうなるかを理解してくれるといいんだが。
「こちらです」
文官が先導して、議事堂のなかを進む。意外なことに、室内は争った形跡もなければ、人の気配もない。階段を上がって、奥の会議室らしき部屋へ通される。
「失礼ながら、ここでは武器を収めてはいただけませんか」
「そこまで貴様らに気を使う義理は無いのう」
「ミル」
アイコンタクトで譲歩を頼むと、渋々といった顔でUZIとM79を俺に手渡す。護衛たちの剣や手槍もRPKと一緒に収納して、見た目だけは丸腰に見えるようにしてやった。
すぐに使える武器は、ショルダーホルスターに入った拳銃だけだ。ミルリルのM1911コピーと、俺のブローニング・ハイパワー。拳銃は皇国軍には見せたことがないはずなので、防寒衣の上からではわからないのだろう。特に指摘されることはなかった。
これで満足かという顔で見ると、文官が殊勝に頭を下げる。
「感謝します」
収納の能力がある時点で、武装・非武装は儀礼以上の意味もない。ミルリルの七発と予備弾倉の七発、俺の十三発で二十七人まで……いや、俺の場合はせいぜい二発に一人てところか。
「二十人までなら、殺せるかのう?」
さすがミルさん、俺の腕まで読まれてますがな。
重厚そうなドアをノックして、先に立って入った文官が俺たちをなかへと招き入れる。
幅二メートル長さ十五メートルはある巨大なテーブルが据えられていた。手前側には評議会理事というのか、共和国側の代表者らしき初老の男たちが九名。その背後の壁際には、皇国軍と北領の兵士が二十名ほど控えている。しかも面倒なことに全部が甲冑付きだ。
拳銃だけでは、ギリギリ足らんか。まあ、半分も殺せば他の武器を出す時間くらい稼げるだろうと考え直す。
「これはこれは、名高きご両名にご足労いただき申し訳ない」
会議室の奥、上座に座った男が慇懃な口調で話しかけてきた。中肉中背で灰褐色の髪、狡猾そうな眼の他に大した特徴もない中年。窓から差し込む光を背に、優位性を示そうとでもいうのか椅子に背を預けて立ち上がろうともしない。
ミルリルが明らかにイラッとするのが感じられて、早くも危機の予感が高まる。
「申し訳ないのだが、歓迎の用意は……」
「下らん能書きは結構」
こちらの口火を切ったのは、意外にもマッキン領主だった。
「交渉の余地はない。要件を聞く気もない。こちらの要求は無条件降伏、共和国首都ハーグワイおよび評議会理事たちの解放だ。皇国への賠償請求は、貴殿らの死後に行われる」
「それに従うとでも?」
「どうするかは、そちらの問題だ。我々の知ったことではない」
皇国軍兵士が唸り声を上げ、こちらに踏み出そうとして吹き飛ぶ。
一瞬で四名が壁に叩き付けられ、そのまま動かなくなる。そこでようやく、マッキン領主の護衛に着いていたティグとルイが目にも留まらぬ剛腕を振るったのだと気付いた。警告も無し、手加減も無しだ。
「もう交渉決裂かよ」
「だから、交渉する気もねえって領主様がいっただろ。聞いてなかったのか?」
脳筋だけに考えも無しだったようだ。こういうタイプの方が、護衛には向いている。叛乱軍は出鼻を挫かれ、主導権を失った。
「貴様……タイアー、とかいうたかのう?」
叛乱軍の首魁と思われる窓際の男に、ミルリルさんが話しかける。
「いかにも。共和国同胞支援のために派遣された皇国義勇軍を預かっている、ケルベルト・タイアー准将だ」
「皇帝は貴様にそんなものを預けた覚えはないと思うが、まあそれはよかろう。それよりも……ひとつだけ、訊きたいことがあるのじゃ」
室内の空気が、いきなり重苦しく淀む。濃密過ぎる殺気に、兵たちが息を呑んだ。為政者とはいえ民間人でしかない共和国の代表者たちは脂汗を流して蒼褪め、いまにも失神しそうな顔をしている。マッキン領主と護衛たちも覇気に当てられて揺らぎ始めた。ミルリルさん、やり過ぎです。死んでしまいます。味方が。
「……ッぐ、あ」
タイアー准将は必死で冷静さを保ち、ミルリルの殺気に呑まれるまいと抗っているようだが、あまり成功しているようには見えない。震えながら立ち上がって配下に何かを命じかけるが、当の兵たちはタイアーの方を向いてさえいない。
その場にいる全員の目が、いまや声の主へと釘付けにされていた。黒い影をまとい、小さな手を胸元に当てた少女へと。
「貴様らは、同胞の死から何も学ばんかったのか」
静まり返った会議室に、ミルリルの声が響く。いっそ穏やかなまでに淡々としたその声は哀れみに満ち、それが逆に聞く者の心臓を恐怖で鷲掴みにした。
「魔王に弓引く愚か者どもが、どのような末路を辿ったのかを、のう?」




